ロケット計画1 〜挑戦〜

 これは、月ロケット計画の会議の様子である。


「かぐや姫は月に行ったというが、そもそも月とはどこにあるのか」


「どこにあるのかと言われれば空にあるとしか答えようがない。しかし、実際あそこに見えているわけだから、まっすぐ月を目指して進んでいけばいつかはたどり着くのではないか」


「待て待て。向こうに見えるからといって易々と辿り着けるものでもあるまい。まずは月がどこにあり、どのようなものなのかを調べねばならぬ」


「然り。そうなると五人で話し合っていても埒があかない。専門家を呼んでこよう」


 そして専門家である雨域ういき辺泥亜ぺでいあが呼ばれた。


「月(つき、独:Mond、仏:Lune、英:Moon、羅:Luna)は、地球の唯一の衛星(惑星の周りを回る天体)である。太陽系の衛星中で五番目に大きい。地球から見て太陽に次いで明るい。古くは太陽に対して太陰とも、また日輪(=太陽)に対して月輪(がちりん)とも言った」


「なるほど」


 専門家は帰っていった。



 当時、地球が球体であるということはそれなりに広く知られていた。


 例えばキュレネのエラトステネスは紀元前二百年頃、地球が球体であるとの考えに基づいて地球一周の長さを計算しているのである(シエネという都市では、夏至の日の正午に太陽が真上に来る。シエネの井戸では、夏至の日には奥底まで光が差し込むのだ。一方、アレクサンドリアでは夏至の日でも井戸の中に影ができ、底まで光が届かない。このことから、エラトステネスは地球を球体、太陽の光を平行光線と近似し、三角法によって影の長さから地球一周の長さを導出した)。


 地球はどこまでも広がる夜空に浮かぶ球体である。地球と月が同じ天体であるというならば、あの月も夜空に浮かぶ球体であろうことは疑いようもない。


「つまり、我々がいるこの地球も、あの夜空に存在する星の一つであるということか。どうやらそれを西洋では惑星と呼称するらしいぞ」


「そして月は惑星ではなく衛星だと。しかしまあ同じようなものだろう。どちらも星だ」


 こうして、五人は目標を「地球という星を飛び出し、果てしない夜空を抜けて月という星に辿り着く」にグレードアップした。研究開発がいよいよ始まったのだ。


 五人は手始めに、鳥を捕まえて羽根の構造を調べたり、巨大な紙で紙飛行機を作ってみたり、巨大な凧を作ってみたりした。


 しかし、どれもこれも決め手に欠ける。そもそも空高くまで上らねばならぬのに、紙飛行機も凧も滑空することしかできないのだ。また、巨大な鳥の模型を作るために大量の鳩や烏が犠牲になり、そのうち数種はレッド・リストにまで記載され、狩猟が禁じられてしまった。おまけに、苦心して集めた羽毛を貼り付けてみても木の板は木の板のままであった。少しも浮かび上がらない。


 どうやら鳥は羽毛によって空を飛んでいるわけではないらしいかった。


「空を飛ぶとはどういうことだろう」


 思い悩む五人が次に着目したのは、大納言だいなごん大伴御行おおとものみゆきが持ち帰ってきたりゅうあぎとたまである。


「龍のいるという場所を目指して船で漕ぎ出し、とある島に辿り着いた。そこには龍の伝説が色濃く息づいており、「嵐の晩に龍の影を見た」という住民もいた。そこで、その島を拠点にして探し回った。

 幾度かの嵐の晩、稲光に照らされた龍の影を確認した。やはり存在したのだ。だが、天空を自在に駆ける龍はなかなか地表に近づいてくれない。

 そこで龍が好みそうな餌を用意し、海岸に置き、草むらに隠れて長いこと待った。

 やがて嵐とともに龍が近づいてきた。餌を食べようと龍が首を伸ばした瞬間、私は草むらから飛び出し、顎の珠をもぎ取った。するとどうだろう、龍は絶命して落下し、その死骸はあっという間に腐って消えてしまった」


 大納言だいなごん大伴御行おおとものみゆきの語った体験談から五人が導き出した結論は、龍が空を飛べるのはこの珠のおかげなのではないか、つまりこの珠を用いれば空を飛ぶことが可能なのではないか、というものであった。


 五人はただちに制作に取り掛かる。


 人が二人乗れるほど巨大な木の板に龍の顎の珠を取り付けた。そして大納言だいなごん大伴御行おおとものみゆきがそれに乗って「浮け」と念じてみると、なんということだろう! それは確かに地面から浮き上がったのだ。


 五人は大喜びである。もはや月には行けたも同然。そこで、今度は適当な牛車に龍の顎の珠を取り付けた。これで、この牛車は空を飛ぶ乗り物になったのだ。


 この牛車で空高くまで上ることができれば、あとはもう月へと旅立つだけである。「なんだ、案外簡単だったな」「で、誰が空高くまで行ってみるんだ?」「……」五人は議論の末に若い貴族をそそのかし、龍の顎の珠を取り付けた牛車に乗せて操縦させてみた。誰も自分では乗りたがらなかったのである。


 さて、試運転の結果は成功でもあり、失敗でもあった。


 牛車は宙に浮かび上がり、ある高度に達したとき突然にコントロールを失った。偏西風に煽られたのである。パニックになった貴族のデタラメな操縦によって牛車は平等院鳳凰堂に激突大破炎上、この火事により平等院鳳凰堂は焼け落ちた。現在十円玉の裏に残っている姿は、その後に再建されたものなのである。


「操縦者の安全を確保しなければならない」


 焼け跡から龍の顎の珠と哀れな貴族の遺骨を掘り出した五人は、再び問題に直面した。


「とりあえず頑丈にしよう」


 五人は牛車を木材と石材とを組み合わせてガチガチに補強した。これでどんな衝撃にも耐えられるはずである。試しに中納言石上麻呂ちゅうなごんいそかみのまろが至近距離から十七ポンド(二貫と五十六匁)対戦車砲をぶっ放してみたら、牛車は粉々に消し飛んだ。


「仕方ない。別の材料を使うのだ」


 今度は石材と金棒を組み合わせたものを用いることにした。石材だけでは粉々になってしまう。ならば石材の中に金属の棒で補強を入れておけば、簡単には壊れないのではないかということだ。現在でいうところの鉄筋コンクリートである。


 そして鉄筋コンクリート製の牛車が完成した。いかにも頑丈そうな見た目である。もはや牛車には見えなくなりつつある。


「今度は大丈夫だろう」石上が至近距離から03式中距離地対空誘導弾をぶっ放すと、牛車は跡形もなく消し飛んだ。


 四人は石上に殴りかかった。


「作った牛車全部壊すやつがあるか」「お前ミサイル撃ちたいだけだろ」「頭の中に石でも詰まってんのか」「舐めた後のアイスの蓋の裏みたいな顔しやがって」


 こうして石上による耐久テストは廃止され、開発は順調に進むかに思えた。


 しかし、また別の問題が浮上した。鉄筋コンクリート製の牛車を再度建造し、龍の顎の珠を取り付けてみたはいいものの、なぜか浮かせることができない。どうやら重すぎるらしいのである。「しかし、軽くするためには木材で作らねば」「そうなると脆くなるぞ」「まだこの時代に炭素繊維とか強化プラスチックは存在しないしなあ」鉄筋コンクリートを作っておいて今更何を言っているのだろうか。


 行き詰まった五人は、一旦休憩することにした。


「あずきバーでも食うか」「せやな」


 五人は無言であずきバーを食べる。このアイスは非常に硬いので、とても喋りながら食べることなどできないのである。全員が顎を酷使しながらあずきバーを食べ終わったとき、石作皇子いしつくりのみこがぼそりと呟いた。


「これで牛車を作ったら頑丈そうだな」


 他の四人は一笑に付した。


「アイスで作った牛車か。ベトベトになりそうだ」「メルヘンチックな発想だな」「お菓子の家にでも住んでろ」「魔女に喰われてしまえ」


 石作は歯噛みして悔しがった。


「そこまで言わなくてもいいだろう! このアイスで牛車を作るわけじゃなくて、このアイスがどうしてこんなに硬いのかのメカニズムがわかれば牛車の製作に活かせると思っただけだ! 詫びれ! 傷ついた僕の心に謝れ!」


 他の四人は納得し、石作に非礼を詫びた。そして、あずきバーと普通の氷との違いを調べ始めた。


 小豆や砂糖を始めとして、塩、砂、和紙、その他諸々を水に混ぜて凍らせる。石上が強度テストをやりたそうにうずうずしていたので、他の四人は石上を縛り上げてついでに凍らせた。そして、それぞれの氷について強度を確かめてみたのだ。


 するとどうだろう。和紙を混ぜて凍らせた氷のみ、異常なほどの強度を誇るではないか。おまけに他の氷よりも溶けにくいし、軽く、加工しやすい。なんとも素晴らしい材料である。なお、一番脆くて使い物にならなかったのは石上を混ぜた氷である。


 さて、実はこの材料には名前が付いている。「パイクリート」というのがそれだ。第二次世界対戦中、巨大空母を作るための候補材料としてイギリスのジェフリー・パイク博士によって考案された。木材のパルプ(おがくずや紙等)と水を混ぜ合わせて凍らせた複合材料であり、高強度と高靭性を併せ持ち、さらに普通の氷よりも熱伝導率が低いので溶けにくい。


 五人は偶然、千年も後に発明されるはずの材料に辿り着いていたのだ。


 こうしてパイクリートを用いた牛車が建造された。内部はひんやりとして快適である。寒いぐらいだ。というか、寒い。


「これならば大丈夫なはずだ」


 そして再び若い貴族を金で釣り、牛車を打ち上げてみた。


 しかし、今度はいつまで経っても戻ってこない。まさか勝手にどこかへ行ってしまったのでは……と五人が不安になり始めたとき、龍の顎の珠と操縦者の骨だけが天からパラパラと落ちてきた。


「これは一体どうしたことだ」


 五人はその破片を詳細に調べた。すると、破片に灰が付着していることに気付いた。龍の顎の珠表面にも、よく見れば高温に晒された跡が見える。そう、牛車も操縦者も炎に包まれて灰になってしまっていたのだ。


 大気圏突入時の断熱圧縮による温度上昇で(制作部注:よく勘違いされるのですが空気との摩擦熱で燃えているわけではありません)燃え尽きていることなど、熱工学の知見を持たぬ五人は知る由もない。ただ、「空高く昇ると炎に包まれるらしい」ということしかわからないのである。これではどうしようもない。強度と軽さを併せ持つパイクリートも溶けてしまっては話にならない。


 五人の心が折れそうになったとき、右大臣うだいじん阿倍御主人あべのみうしが叫んだ。


「火鼠の皮衣!」


 そう、火鼠の皮衣とは決して燃えない布である。つまりこれを牛車の周囲に貼り付けてしまえば、燃えずに済むのではないか。耐熱性をプラスしてしまえば、もはやパイクリートに弱点はなくなる!


 五人はただちに火鼠の皮衣を牛車に貼り付け、再び貴族を金で雇って打ち上げてみた。すると今度は、焦げ目さえも付いていない牛車が天から降りてきたではないか。


「やったぞ! 大成功だ!」


 歓喜に沸く五人が牛車の扉を開けると、中では操縦者が白眼を剥いて息絶えていた。


 新たな課題への直面であった。

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