第41話 帰省②

未悠みゆさんはそろそろか?」


「うん。あと五分以内で来るって」


 大晦日、一年の最後の日。俺と茜はファミレスで茜の友達の未悠さんが来るのを待っていた。


「そんな緊張せんでも……、何度かやりとりはしているんだろ?」


「そうだけど……。でも実際に会うのは久しぶりだし……」


 ガチガチに緊張している茜というのも珍しい。俺はそんな茜をなだめていると、一人の女性がこちらに向かってくる。この人だろうか。


「やっほー、久しぶり茜。それと彼氏さんも」


「あ、どうも難波律です」


「どうもどうもー、なんで茜は固まってるのさ?」


「ひ、ひしゃしぶり未悠ちゃん」


 噛んだ。今おもっくそ噛んだな。俺が茜のお父さんに挨拶をするときほど、緊張しているのだろうか。まあそれも仕方無いとは思うが。


「そこは噛んじゃダメでしょ。今日は奢ってくれるんだっけ? 何か頼んで良い?」


「う、うん。良いよ」


 未悠さんは茜の様子を気にした風も無く、テキパキと注文をし始めた。なんというか、これまたイメージと違う人だった。

 

 俺は大人しめの人を勝手に想像していたが、目の前の女の子は、明るめの茶髪に緩くかけたパーマ、化粧もしっかりしているギャル系の人だった。コミュ力超高そうな上に明るい人だ。


「いやー、宮崎って無駄に縦に長いからさ、違う市に行くのも意外に時間かかるよね」


「ご、ごめんね。呼び出しちゃって」


「全然! ずっと茜に会いたかったから」


 それ以降会話は続かず、どこかぎこちない雰囲気が流れる。俺はどうすれば良いのだろう? ってか、俺ここにいて良いの? 邪魔になってない? なんてことをグルグルと考えていると、やがて店員が注文したものを持って来てくれた。


 この沈黙はいつまで続くのだろうか、何てことを思った矢先、未悠さんが口を開いた。


「茜、あたしは全然気にしていないよ」


「未悠ちゃん……」


「茜は勝手に責任を感じているかもしれないけど、そんな必要全く無いから。むしろ迷惑。全部あたしの自己責任だからね」


 そう言うと未悠さんはまるで子供をなだめるような、優しい笑みを浮かべる。この人格好良いな……。


「でも未悠ちゃんは、ずっと苦しんでいて……」


「そりゃあね、やられた当時は死にたくなったけどさ。でも、その後は大検も取って今は大学に通えている。誠実な彼氏も出来た。今は幸せだよ」


「でもでも、仮に私がアイツを振らなければ、未悠ちゃんが巻き込まれることだって無かったわけで……」


「どうせ同じ結果だよ。当時のバカなあたしが疑いもせずにホイホイと家に行っちゃうってだけだから。それがちょっと後になるだけ」


「でもさ、もしかしたらそんなことも無くなった可能性も……」


「でもでもうるさいなー。茜は昔のことを気にしすぎ! 今のあたしを見なよ!」


 未悠さんは茜のネガティブな考えをぶった切るように、胸を張る。自分が辛い目にあったのに、茜を立ち直らせようとしている。かっけえ……。


「茜、今のあたしが不幸に見える?」


「……見えない」


「あたしが茜を恨んでいると思う?」


「……思わない」


「じゃあ、それでいいでしょ! この話終わり!」


「わ、分かった……」


 うおお……。茜が気圧されている……。これは珍しいもの見たな。


「あと、律さん……、でしたよね。あなたのお父さんには本当に助けられました。ありがとうございます」


「え、気にしないで下さいよ。俺は何もやってないですから。親父がやっただけなんで」


「でも茜を救ってくれたんでしょう?」


「救ったていうか、救われたっていうか……」


「この子本当に溜め込む癖に取り繕うのだけは無駄に上手いから、苦労したでしょう? そのくせ、人のことばっか気にするし」


「いふぁい、いふぁい、未悠ふぁん頬ひっぱららいでよ」


 未悠さんは茜の頬を引っ張っる。茜がやられる側だというのは、なかなか新鮮で面白い。そんな茜の様子を見て満足したのか、未悠さんは優しげな微笑みを浮かべると、席を立った。


「じゃあ、あたしはそろそろ行くね」


「え? 未悠ちゃんもう行っちゃうの?」


「うん。このあと用事あるからさ。じゃあ律さん茜のことよろしくお願いします。茜もまたね、今度ゆっくり話そ」


「未悠さん今日はありがとうございました、お元気で」


「またね未悠ちゃん」


「うん、またね。あ、勿論結婚式には呼んでね」


 その言葉を言い残すと、未悠さんは店から出て行ってしまった。皆して結婚、結婚って……、宮崎県民にとって付き合うことと結婚することは同値なのだろうか? いや、これは偏見だな。


「お疲れ、茜」


 俺が茜の頭を撫でると、茜は俺の方に体重を預けてくる。シャンプーの香りがくすぐったい。


「あれで良かったのかな……?」


「良かったんだろ。未悠さん元気そうだったぞ。他人の俺から見ても」


「それはそうだけど……、私は未悠ちゃんに対して何も償えなかったな」


「その考えが根本から間違ってんだろ。お前は未悠さんに対して何もやっていないし、未悠さんも茜から何もされていない。未悠さん言ってたろ?」


「問題は解決してないよね……」


「解消はしただろ。良いんだよ、このままで。掘り返すのも何だし。とにかく茜と未悠さんは友達のまま。今日そのわだかまりも無くなった。これでいいだろ」


「……分かった。未悠ちゃんは気にするなって言ってたもんね。私も気にするのやめるよ」


 その後、俺と茜はファミレスから出て茜の家へと歩き出した。宮崎は、地図的には南の方にあるが思ったよりも寒い。手袋しておけば良かったな。茜も同じように手をこすり合わせて寒さをしのいでいた。


 俺は何も言わずに手を差し出すと、それに気付いた茜がギュッと握りしめてくれる。繋いだ手からはジンワリと体温が伝わってきて温かい。


 あと十時間もしないうちに年が明ける。茜とはこれから何回も一緒に年を越すことになるのだろう。


 茜の家に帰ると、お姉さんのかえでさんが既に帰ってきていた。楓さんにも式はいつだとか、子供は作る予定があるのかだとか、散々突っ込まれた。南正覚家はかなりテンションの高い遺伝子があるようだ。逆に茜はどうしてこうなったのか知りたい。


 結局、一月二日まで茜の実家にお世話になり、その後は仙台へと帰った。この四日間で非常に疲れたが、悪い気は全然しなかった。むしろ俺の家には無い、独特の温かさが感じられた。


 そうして茜の実家への帰省という一大イベントは幕を閉じた。











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