第27話 妹の彼氏

「親父とお袋に会うって?」


「そのまんまだよ。お父さんは神奈川、お母さんは東京にいるでしょ。東京観光もかねて行こうと思ってるんだけど」


「ホテルは?」


「恭介のご両親が東京に別荘持ってるんだってさ。そこ借りられるみたい」


「東京に別荘とは一体……」


 恭介君は何者なんだ? 別荘って普通は避暑地とかに持ってるモノじゃないの?


「えーと、僕の親は京都に住んでまして、たまに東京に行くことがあるんですよ」


「なるほど」


 凄いお金持ちだな。


「でも大丈夫なのか? 俺たちが使っちゃって」


「はい、掃除してくれるなら大歓迎だと」


 条件は揃っているけど……、正直気乗りしない。親の顔を見たくないと言えば嘘になるが、進んで見たいわけでも無い。


 何となく親父とお袋が知らない人になってしまったようで少し恐い。俺にとって親が離婚しようが他の人と再婚しようが、あんまり関係無かったはずなのにそれを受け入れられるか分からない。


「律兄、会いに行こうよ」


「分かったよ……」


「あと、茜さんも行きませんか?」


「え、私?」


「私は恭介を親に紹介するつもりだから、律兄もそうすればって思って」


「あー確かになあ……」


 遥がそんなことを言い出したが、確かにそうかもしれない。親父とお袋は離婚したことに関して、少なからず俺たちに申し訳なく思ってる節もあるだろう。


「茜どうする?」


「律さんが良ければ、付いて行きます」


「分かった、ありがとうな」


「いえいえ」


 茜は親に紹介すると言われても、一切動じていない。懐が深いというか、器が大きいというか……。頼りになることは間違いないんだけど、ウダウダ悩んでいた自分が少し恥ずかしくなってきた。


「それで、遥。いつ行くんだ?」


「いつでも」


「いつでもってお前……」


「律兄と茜さんの都合が良い時で大丈夫だよ」


「俺は大丈夫だけど……。茜は?」


「私はいつでも大丈夫ですよ。明日でも」


「じゃあ、決まりー。明日出発しよう」


 遥がサクッと決めてしまう。アポ無しで俺の家に押しかけるあたり、計画性がない気がする。昔っから、行動力はかなりあるけれども。


「で、今日はどこに泊まるんだ?」


「へ? 律兄の家じゃないの?」


「計画性がなさすぎる……」


「律さん大丈夫です、僕がネットカフェとかの目星もつけてたので」


「ごめんな恭介君……。遥は頭良いけどちょっとアレなんだ……」


「大丈夫です。良くあることなんで」


「妹の彼氏と悪口で盛り上がるの止めてくんない」


「あはは……」


 茜が完全に愛想笑いをしてる。その笑い方はかなり久しぶりに見たな。そういえば、初対面のときはこんな感じだったっけ。


「まあ、いいや。俺の家に泊めてやるよ」


「律さんの家に三人は少し狭いでしょう。良かったら遥ちゃんは家に来る?」


「え、いいんですか。茜さんの家はどこですか?」


「隣だよ」


「「隣!?」」  

 

 恭介君と遥が驚いたように声を上げる。やっぱり恋人だからか、タイミングがばっちりで面白い。


「家が隣で恋人になるなんて、お話みたいだね……」


「俺もそう思っている」


「出会いは何だったんですか?」


「うーん、私が律さんにゴキブリの駆除を頼んだのが始まりだったかなあ」


「「ゴキブリ……」」


 またハモってる。そういえば、北海道じゃゴキブリが居ないとか聞いたことあるな。実際はどうなんだか。


「北海道ってゴキブリいるの? 居ないなら羨ましいなー。私ゴキブリ大嫌いだもん」


「へえー茜さんはゴキブリ苦手なんですね」


「遥ちゃんは苦手じゃ無いの?」


「私は虫全般平気ですよ」


「お前一回、ゴキブリを手掴みで捕まえたことあったもんな」


「小さい頃の話でしょ」


 遥は昔から、動物、虫、植物と自然な大好きだったな。だからこそ、恭介君と付き合えているのが不思議でならない。身内贔屓みうちびいきにみても顔だけなら可愛いかもしれないが、素手で虫を掴んだりと奇行が多い。


「恭介君は遥のどこが良いと思ったの?」


「ちょっと、妹の前でそういうこと聞く?」


「別にいいだろ、でどう思ったの?」


「そうですね……、きっかけはニワトリの解体ですね」


「ん? 今なんて?」


 ニワトリの解体? 恋愛の始まり方としては有り得ない単語が聞こえた気がするんだが……。


「僕がニワトリの解体で四苦八苦してたら、遥がやって来て手伝ってくれたんですよ」


「男女逆じゃね?」


「ですね。遥があっという間に捌いていったので、格好良いなあって思いまして」


「良かったな遥、お前の奇行が役に立つ日がくるとは」


「うるさい。ニワトリの解体は奇行じゃないでしょ」


「鶏と言えば、お前ら晩飯食っていく?」


 鶏、鶏言ってると腹減ってきたな。気が付くと五時過ぎ、軽く腹が減ってきた。買い出ししないと四人分も作れないしな。


「食べたい。久しぶりの律兄のご飯」


「お邪魔でなければ僕も頂きたいです。遥から料理が上手いって聞いていて……」


「あいよ。食べたいものある?」


「チキン南蛮食べたいです!」


「いや……、茜……。お前が答えんのかい……」


「宮崎帰ったときに食べたんですけど、コレジャナイ感が凄くて……」


「分かった。恭介君と遥もそれで良い?」


「ぜひ!」「それが良い!」


 茜は相変わらず食い意地が張っているな。まあ、恭介君と遥も『それだ!』みたいな顔をしていたし、別に良いのか。とりあえず、スーパー行って鶏モモか鶏ムネを買いに行かないと……。


「買い物行くけど何か欲しいものあるか?」


「アイス食べたい」


「分かった」


「あ、律さん僕も行きますよ」


「じゃあ、お願い恭介君。茜と遥は留守番しててくれ。火と包丁は使うなよ。

あとエアコン付けてるから、窓も開けるなよ」


「「お母さんみたい……」」


 二人でしっかりハモる茜と遥は無視して、家を出る。エコバッグも忘れずに。妹の彼氏と買い物に行くなんて変な感じだが……。


「じゃあ、行こうか恭介君」


「はい。あと、あの……急に押しかけてすみませんでした……」


「ん? 全然良いよ。遥が強引に連れて行ったんだろ?」


「そうなんですよね……。一昨日急に言い出して、昨日出発しました」


「何て言ってたんだ?」


「東京観光がてら親に挨拶しに行こうって。そして、函館に着いた辺りで律さんの家に寄るからって。昨日の事でしたね」


「相変わらず急だな」


「慣れてますよ」


 恭介君は苦笑いをして答えた。日頃から俺の妹が迷惑をかけているのだろう……。すごく申し訳ないと感じてくる。


「こういう事聞くのもアレだけど、遥のどこが良いんだ?」


「うーん、芯があるとこですかねえ……。相手が誰でも物怖じせずにズバッと言いますし……」


「俺は昔それでヒヤヒヤさせられたがな……」


「遥には僕から告白したんですよ」


「へーえ! 恭介君から」


「僕が告白した時点じゃ、僕のことを何とも思ってなかったらしいですけど」


「なんかごめんな……」


 兄妹は似たもの同士ってところだろうか。数日前の俺と全く一緒だ……。自分の気持ちに疎いのか、相手を意識してないというか……。


「いや良いんです。遥が自分の気持ちに自覚してからが面白かったんで」


「どういうこと?」


「僕が告白した時点でオーケーは貰ってたんですけど、その後ですね。ある日突然ドギマギしてるっていうか、よそよそしいというか。今まで手が触れたりしても、全く気にしてなかったのに、急に気にしだして」


 何てことだろう、俺と遥はドッペルゲンガーばりに恋愛の仕方が似ていた。そして、恭介君はおそらくSだ。茜とは案外相性が良いのかもしれない。


「あ、ごめんなさい。話し過ぎましたね……」


「いや全然。面白かったよ」


 俺と遥がこんなに似ているとは知らなかった……。新たな発見をしたもんだ。茜と出会ってから発見の連続だったが、こういう発見の仕方もあるんだな。


 空を見上げると夏には珍しく、雲一つ無く真っ青に澄み渡っていた。茜と出会った梅雨はいつの間にか明けていたようだ。そんなことは知っていたはずなのに、今改めて実感する。


 恋愛が恐くなっていた自分にも可愛いカノジョが出来た。茜と出会ったのが六月、今は八月だ。当たり前のように季節は巡る。


 ……親父、お袋。俺と遥は好きな人が出来たよ。アンタ等がどうして離婚したのかなんて俺たちには全く分からない。けど、親父とお袋にも付き合い始めの時期があったはずだ。


 俺と遥は明日それを聞きに行く。離婚の理由を。


 俺たちが同じ轍を踏まないように。大切な人を手放さないように。俺が茜を決して放さないように。


 


  










 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る