第3話 夕ご飯

「え、いいんですか?」


「うん。一人だと作りすぎるから折角だし」


「じゃあ、ご相伴にあずかります」


 難しい言葉知ってるなあ。大学一年でそんな言葉使う人見たこと無いぞ。南正覚みなみしょうがくさん文学部とか言っていたっけ。


 そんな事を思いつつ、頭の中で献立を組み立てる。……よし、決まった。となると、タケノコの水煮と豚ロースが足りないな。買ってくるか。


「南正覚さん嫌いな物はない?」


「何でも好きですよ?」


「よし。ちょっくらスーパー行ってくるね」


「あ、私も行きます」


「え?いいよいいよ別に」


「でも、お酒……」


「いや、貰った野菜だけで十分だよ?」


「それだと私の気が済まないので!」


「そ、そう。じゃあ、お願い」


 そんなこんなで何故か一緒にスーパーに行くことになってしまった。なんか、懐かしいな。妹ともよく一緒にスーパーに買い物したりしたっけ。


 ということで本日二回目のスーパー。俺は目的のものをさっさとカゴに入れて、現在酒コーナーにいる。


難波なんばさん、お酒何買いますか?」


「んー……、じゃあ、ドライと黒い星と一番搾りの奴。あと水曜のネコちゃん」


 俺はそういって、カゴに四缶ほど入れていく。選ぶ段階から楽しくなるからビールって偉大。エビスはやめておこう……。お前はまだ早い。


「ビールだけでこんなにあるんですね」


「酒は沢山あるよ。あんまり違いは分からなんけど」


「苦くないですか? ビールって」


「苦味がうまいんだよ」


「なんかオジさんみたいですね」


「俺と君、一歳しか変わらないからね?」


 後輩女子におっさん扱いされると普通にショックだな……。目的のブツも買ったので会計に向かう。レジは意外に空いていたので、すぐ通された。


『千八百五十二円でございます』


「難波さん私全部出します」


「え、ビール代だけでいいよ」


「いや、それだと本当に申し訳ないんで! 出しますねっ!」


 南正覚みなみしょうがくさんはそう言うと、素早く二千円を出してしまった。会計が終わりエコバッグに購入したものを入れていく。


「後で払うよ」


「いやいやいや。大丈夫です。本当はもっと私がお金出していいぐらいなんですよ」


「うーん、分かった。じゃ、せめて美味しいもの作るよ」


「はいっ、お願いします」


 南正覚さんはそう言うとニカッと笑った。ちょっと八重歯が出てて可愛らしい。カノジョと別れて以降、女子の笑顔なんて間近で見ていなかったな……。


「ただいま」


「お邪魔します」


 家に帰ると、微妙に蒸し暑かったので冷房を入れる。普段は我慢するが、まあ今日くらいはいいだろう。荷物をキッチン台におき、ビールは冷やしておく。帰り際、荷物の奪い合いがあったが、流石に男だからと、俺が持った。


「適当に座ってて」


「お手伝いしますよ?」


「南正覚さんキッチン立ったことある?」


「ウッ……」


「だからさ、テレビでも見てくつろいでてよ」


「分かりました……」


 ちょっと厳しい言い方だっただろうが、キッチンの締め出しに成功。料理したこと無い人をキッチンに立たせるのはちょっと恐い。申し訳ないけども。


 俺はまず、米を研いで炊飯器にセットし早炊きに設定。炊き上がるのは二十八分後なので、手早く作ってしまおう。まず、貰ったピーマンとキュウリを洗う。ピーマンは半割りにした後種をとり、千切りに。キュウリは叩いて乱切りにする。


 ビニール袋にキュウリを入れてゴマ油、豆板醤、醤油、ニンニクチューブ、砂糖を適量入れる。ふと、横を見ると気になったのか南正覚さんがジーッと俺の手元を見ていた。


「どうしたの?」


「ちょっと気になりまして……」


「手空いてる?」


「はい、何なりとお申し付け下さい」


「さっき言った手前悪いんだけど、手を洗ったらキュウリ入れたビニール袋もんでくれない?」


「了解です!」


 折角なので手伝ってもらった。包丁と火に触れさせなければ大丈夫だろう。これで俺は次の作業にいける。


 タケノコの水煮、豚ロースも千切り。レタスは大きめの一口大にちぎっておく。小鍋に水を四百cc入れて火にかける。豚は大きめのフライパンにいれ、醤油と酒をいれ、片栗粉をまぶし箸で揉み込んだ後、点火。


「ほえー、何作るんですか?」


「作ってからのお楽しみ。ビニール袋の中身はこのガラスボールに入れて」


「分かりました」


 俺はガラスボールを南正覚みなみしょうがくさんに渡す。豚肉が炒まったので、ピーマンとタケノコを入れ、オイスターソースと塩こしょう、ウェイパァーを投入し、強火で炒める。カーッ、腹が減る匂いだ。


「うわあ、すごい良い匂いがしますー」


「それは良かった」


「めっちゃお腹減りました!」


 野菜がしんなりしてきたので、火を止め大皿に盛り付ける。続いてスープ用のお湯が沸いたので、固形チキンコンソメを一つとちぎったレタスを入れる。レタスはシャキシャキが好きなのである程度のところで火を止め、お椀につぎ分ける。


 後は木綿豆腐を小皿に入れて、その上にザーサイ、ゴマ油、醤油をかける。すると、ピピーッと炊飯器が鳴る。ジャストタイミングだ。ご飯も茶碗によそって、後は取り皿やら箸やら準備したら完成だ。


「えぇー! 凄い……。超豪華じゃないですか」


「作りすぎたかもしれんけどね」


「私大食いなんでっ! 大丈夫です!」


「あと、直箸とか大丈夫?」


「私そういうの全然気にしないです」


 良かった。俺はビールを二缶冷蔵庫から出してダイニングテーブルにおく。ダイニングテーブルあってやっぱり良かったな。


南正覚みなみしょうがくさんも飲む?」


「私まだ未成年ですよ?」


「だよね、ごめんごめん。麦茶でいい?」


「はい、ありがとうございます」


「それじゃあ――」


「「いただきまーす」」

 

 今晩のメニューは、チンジャオロース、ピリ辛キュウリ、レタススープ、ザーサイのせ冷や奴、それと白米。まずはチンジャオロースから食べる。うーん、我ながら超美味い。俺は禁断のビール飲み比べをしつつ堪能する。


「何ですかこれ、お母さんのより数倍美味しいです」


「いや、流石にそんなことないでしょ」


「そんなことありますよー! こんなに美味しい料理初めて食べました」


 南正覚さんはそういうと、凄い勢いで食べていく。なんかもうすんごい笑顔。目とかめっちゃ輝いているし。頬を膨らませてモグモグしている様はリスのようだ。可愛らしいというか微笑ましいというか。


「ご飯おかわりもらっていいですか?」


「良い食べっぷりだね」


「はい、めっちゃ美味しいんで!」


 ご飯をよそって渡してやると、またもや南正覚さんはパアッと顔を輝かせる。分かりやすいなあ、この子。


 ちょうどビール二缶分飲んだ頃、南正覚さんは口に含んでいたものをゴクンと飲み込みこちらを見つめてきた。どうしたのだろうか。


「そういえば、聞いて良いですか?」


「いいよ」


「なんで食器も箸もあるんですか?」


「あー、それは……」


「あ、言いたくないことならいいんですけど……」


「いやあ、別に大したことではないんだけどね」


「はい」


「俺二週間前までカノジョいたんだよ」


「へえ、そうなんですね。ん? いた?」


 俺は三本目のビール缶を開けグイッと喉に流し込む。


「高校から付き合ってて遠距離だったんだけどね。カノジョ……、希美のぞみっていうんだけど」


「高校からですか? 長いですね」


「うん、そう。ちょくちょく俺の家に来てくれてたからさ。よく俺がご飯作ったりして一緒に食べたりとか」


「なるほど、それで食器が二つずつあると」


「そうそう。けど、二週間前のある日希美からメッセージが来ててさ」


「それが別れ話ですか?」


「うん。何でも、実は俺が浪人してた時から浮気してたらしくて」


「酷い話ですね……」


 もう一回俺はビール缶を傾ける。もう、いい。ここまで話したなら今日はトコトン飲んでしまおう。


「ずっと付き合っててさ。結婚までいったりするのかなーなんて思ってたから、余計にショックでさ」


「ですよね……」


「向こうが悪いのも確かなんだけどね……。なにより……、ずっと見てきたのにそれに気付けなかった自分に自分で呆れててね」


難波なんばさん一切悪くないじゃないですか」


「いやあ、それでもねー……」


 四本目のビール缶を開けて、また一気に喉に流し込む。俺の思考回路はもうすっかりイカレていた。


「そんな俺に更に悪い話があってね」


「え? まだ更に悪いことが? というか、飲み過ぎじゃありません?」


「飲まなきゃやってらんないんだよ……。それでねえ、一週間前に突然親父から電話がかかってきたんだけど」


「はい」


「内容がなー、お袋と離婚したみたいなんだよ」


「えっ?」


「GWに帰省したときは普通に見えたんだがなあ、もうその頃には考えていたらしくて」


「そうなんですね……」


「これも気付かなかった自分に呆れててなー、幸い妹も大学行って一人暮らしだったから良かったもののー」


「妹さん大学生なんですね」


「そう、俺の二歳した。頭良くてなー、北海道の大学に行った」


 四本目のビール缶も乾して、テーブルにおく。明らかに飲み過ぎだ。頭がぐわんぐわんする。視界が歪む。


「難波さんはそのことに関して一切悪くないですよ。あれ? 聞いてます?」


 その言葉を聞くこともないまま、俺は意識を失った。




 


 

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