第六話 《主役》と《脇役》と《群衆》と



「――ねー、刀祢ってさ? 一年の頃、いつも学力テストで一番だった、あのつかさ刀祢とうやっしょ? あ! ウチもトーヤって呼んで……いーよね?」


 お前は伝説の完璧超人かよ、そう叫び出したいところを、ぐ、と堪える俺。おいG・O・D、こんなんおかしいだろ。仕事しろよ。


 にしてもだ。いきなり女子に声をかけられようと少しも怯む素振りを見せないとはさすがは刀祢クン。俺なら確実にどもる。ようやっと絞り出した声がみっともなく裏返るまである。


「ああ。いいよ、もちろん。ええと――」


 快く応じながらもわずかに声に戸惑いを滲ませた刀祢クンは、曖昧な笑みのまま、目の前に立つ派手ないで立ちのライトブラウン縦ロールに目で続きを促す。ほよん、と縦ロールが弾み、見た目より幼そうな声がころころと即座に応じた。


「ウチはねー、愛・川。愛川あいかわれいっての。んじゃ、これからもよろしくね、ト・ー・ヤ・♪」

「ああ。君が愛川なんだ。こっちこそよろしく」


 なん……だと……?


 初対面の相手に臆面もなく手を差し伸べ、出された方もそれを躊躇なく握り返す、そんな現実にはありえない筈の都市伝説級イベントを目の当たりにした俺は思わず言葉を失った。いやいや、元々一言も発してないけども。にしてもさすが刀祢クン。俺たちに出来ないことを平然とやってのける、そこに痺れる憧れる。


 派手ないで立ち――と愛川麗の容姿を評したものの、俺たちの通う南三街区高校の生徒には『制服の着用』が校則で義務付けられている。しかし諸般の事情から指定の制服という物がある訳ではないので、それ故それぞれが思い思いの制服を選択できる。


 しかし、その中でも徹底的にファッショナブルにカスタマイズされ尽くしている愛川の制服姿は、たやすく男子連中の目と心を奪い、まるでティーン向けのファッション誌から抜け出してきたかのようにスタイリッシュで完璧に映った。だがそれでも俺は、愛川という女子にさしたる興味を抱かなかった。




 彼女が三次元の存在である、

 それが理由の一つ。




 いや待って。待って。

 それは半分冗談だから。




 もう一つのマトモな理由とはすなわち、一目で俺とは違う世界の住人であることを悟ったから、それに他ならない。経験上、この二つはどちらも俺をたやすく傷つけ裏切る。そのことを知っているからである。


 少なくとも、二次元は裏切らない、これだけは言える。


 裏切られたー! と思っても、大抵は、いい意味でな! と但し書きが付くものだ。もしくは、ルート選択をミスっただけか。現実の人生にはないんだよな、ルート選択。バグなの?




 ともかくだ。


 この先一年間を過ごすことになるこの2―Fは、《主人公》である刀祢クン――司刀祢と、同じく《主人公》の愛川麗、そして《脇役》の三上――手元のプリントには、峻太郎しゅんたろうとある――を中心に動いていくことになるらしい。それが俺にはすでに分かってしまった。


 名前を挙げた三人以外にも《脇役》レベルなら一人や二人はいる。その中には偶然にも――いや、必然として同じクラスになった智美子も含まれていたが、それでも《主人公》が務まるのは、やはり司と愛川の二人しかいなかった。あとの大半は、有象無象の《群衆》である。




 究極的に人間は、次の三つのいずれかにすべからく分類することができる。


《主人公》か。

《脇役》か。

《群衆》か。


 そして俺はこれまでもこれからも、いずれにも属さないイレギュラーな《傍観者》である。




 と、いきなりこんな突拍子もないことを言い出したのには、ちゃんとした理由がある。そうそれは、この俺にそういう《能力》が備わっているからだ。


 他者を《主人公》《脇役》《群衆》のいずれかに分類できる第六感シックス・センス。現時点での対象者の立ち位置や役割を客観的かつ公平な視点で見定め、数値に変換することで判定できる、と言う極めて稀な超常的能力だ。




 ――などと口走ろうものなら、ひと昔前はたちまち痛い子扱いされ、疎まれ、遠ざけられたことだろう。もしくは妙に生暖かい目つきでやけに熱心に同調されたりとか。うんうん、そうだよねー分かるよーみたいな。いやホント、今でよかった。


 今この時代において、いわゆる《超能力》と呼ばれていた《力》は、かつてそうであったような妄想でも空想の産物でもない。当たり前にヒトに備わっている、いわば《個性》の一つだ。いや、もはやそうなりつつあるのだ、と言い換えるべきかもしれない。




 きっかけは突然だった。

 それは――。



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