平穏な旅立ち

???




「始めるのですか?」




 男がモニター越しに映る別の男に確認する。

 モニター越しに映る尋ねられた男は蓄えられた髭を撫で少し溜めを入れてから「そうだな」と男の質問に答えた。




「このまま、奴らを野放しにすれば世界が滅びるやもしれん。ファザーは狂っている。それに従う奴らも狂っている。止める為には圧倒的な情報ソースがこちらも必要じゃ」




 モニターに映る初老と思わしき男は落ち着いた面持ちをしていたが、その顔から微かに切迫した様子が見て取れる。

 実際、彼らの知る情報によれば世界はかなり切迫した中にいる。しかも、誰もその事に気づいていない。

 誰も身近に迫る危機に気づけない。

 敵がそのように操作しているからだ。

 初老の男の言葉に熱が自然と籠るのも使命感に駆られての事なのかもしれない。




「その為にTSが指定した人物をスカウトする必要があると……無謀な気もしますね。あんな邪教徒染みた考えをするAIに従うのは……」




 モニターを見つめる男はデスクにあるコーヒーを啜りながら難色を示す。

 コーヒーの香りが微かに心を落ち着かせ体をじんわりと温める。

 だが、コーヒーの香りで気持ちを誤魔化してもこの先が思いやられると言うか、不安しかないと言うのが率直な感情だ。

 事の重大性は理解しているが、この計画のキーワードにただの幻想とされる宗教の話題も持って来られても信憑性に欠ける。

 預言一つとっても当たると言いながら当たった試しがない。だからこそ、そのTSなる者の決定がどうにも信用出来ない。




「そうでもしなければ奴らエレバンには勝てない。だが、恐らくファザーはそれを妨害する為に何かするかも知れない。良いか。必ずアリシア・アイを確保しろ」




 だが、信憑性が無くても今はその賭けに乗り、勝たねば敵に勝てる保証もないと言う事くらいは男も理解出来た。

 男はそれ以上の詮索は無意味と悟り「了解した」とだけ答えその場を去った。

 そのくらい無謀な賭けに出ないと敵には勝てないと男も理解しているからだ。




 ◇◇◇




 西暦2340年12月24日


 アリシア アイは今日で15歳となった。

 今日は彼女にとってある種の成人を意味していた。

 目は蒼く、髪は白みがかった蒼のショートヘアで顔はおっとりした感じの可愛らしい子だ。体格はスレンダーでくびれもしっかり出来ている。

 胸の双丘も大人びた女性を連想させるほどの大きさがあり体つきも大人に片足を突っ込んだ感じだ。

 彼女が住む集落は大戦中に難民達が作ったモノで貧しい。


 集落では16歳くらいから働きに出るのだが、一般的で本来ならアリシアには1年くらいの猶予があるのだが、アイ家の場合、父親のハイマンは体が弱いため働けず通常の家庭よりも生活が逼迫ひっぱくしている。

 ハイマンは家で家事の手伝いをしながら生活する事が多い。


 ハイマンは病弱な割には体付きがしっかりしているおり、昔は土木工事とラグビーや格闘技をやっていた事が影響するようだ。

 そんな父の経験もありアリシアは小さい頃からシステマと言う格闘技を仕込まれた。

 その甲斐あってか体格も同年代の女子を基準にすれば恵まれ、身体能力も低くはない方だが幼馴染と比べたらそれほど高くはない。

 だが、システマ仕込みの体の使い方も上手くこの歳で仕事をするには申し分ない。


 母親のキャサリンが介護福祉士として働いており、アリシアも幼い頃から仕事を手伝っていた。アイ家の財産は少ないがこんな時代だ。

 お金持ちが老後のADLの低下時に世話をしてくれる介護福祉士を求めるのもあり、父が働かなくてもギリギリ生活できるだけは貰えている。


 だが、父の薬代が近年、値上がりし生活は更にギリギリの状態となり今年からアリシアも介護士として1人立ちして働く事に成った。

 母の仕事の手伝いをしていた事もありある程度即戦力として期待できる。


 母の恩師の伝手でアクセル財団と言う会社の会長の介護をする事になった。

 急な話で驚いた上で初任給もかなり高額と現実を疑いもした。

 だが、やはりそれが現実らしく何度確認してもその事実で間違いないらしい。


 なんでも会長のディーン・コルスが「将来ある若い子がいい」という申し出から選ばれたらしい。

 その真偽はさておいて、やはり好待遇でしかもディーン・コルスは介護度1とかなり軽度で客だ。

 高収入で仕事が楽ならそれに越した事はない。

 ただ、何か裏があるような気もするがあいにく仕事を選べるほどアイ家に家計的な余裕はない。



「じゃあ行って来るね」




 アリシア・アイは青空の様な満面の笑みを両親に見せる。

 その目を希望に溢れた明日を迷いなく突き進むような透き通った目をしていた。




「気をつけてね」




 母、キャサリンが娘を気遣う。

 身長は高めで真面目そうな顔立ちに娘と同じ白みがかったロングヘアを持つ淑女のような頬柄を浮かべていたがやはり、どこか心配なところがある。

 良い条件の仕事だが、あまりに良すぎて逆に疑ってしまう。

 娘には少しでも怪しいと思ったら帰ってくるようにと伝えだが正直、行かせたくはなかった。


 上手い話には必ず裏がある。それは母も娘もよく知っている事だ。

 何もなければそれでいいのだが、自分の娘を狼の餌場に向かわせるようで少し負い目を感じていた。



「頑張れよ!」



 父、ハイマンも娘を鼓舞する。

 父は相変わらず寡黙だ。余計な事を喋りたがらない。

 だが、その優しさはよく知っている。

 腕や足は太く体毛がよく生えたがっしりとした巌のような人だ。


 本当は父も今回の仕事に多少なり不安があった。

 加えて、大人に片足突っ込んでいるとは言え子供である自分の娘を社会に送り出すのが少し不安でもある。

 顔は怖い方だが、根はかなり熱い人なのも子供の面倒見は良い事をアリシアはよく知っている。

 アリシアも父と似たのか言葉は簡潔に済ませる傾向があった。だから、父と母の呼びかけに「うん!」と元気よく答える。




「アリシア……いつでも……」


「理解と受容と共感の心を忘れるな……でしょ」




 アリシアは母から教わった精神を復唱する。母の不安な気持ちを察して不安にさせまいと堂々と答える。

 実際、お年を召した方は頑固と言うより固執に固まる傾向がある。

 こちらの要求を一方的に伝えるだけでは相手が反発するだけだ。


 だから、相手の事を理解した上で共感する必要がある。

 ただの同調ではダメだ。適当に相槌を打てば話を聞いていないように思われ、逆に失礼だからだ。

 ある意味、一番重要な精神と言える。




「わかっているならいいの。多分、離れてしばらく会えないと思うけど手紙位は送ってくれたら嬉しいわ」


「分かった。送るよ。60万4800秒に1回ペースで書くよ」


「ふふ。そこは素直に1週間って、言いなさい」




 母のキャサリンは娘の冗談に笑みを浮かべた。その冗談をしばらく聞けなくなるのは何だか寂しい気がする。

 しかし、現実はそうも言っていられない。不安と名残惜しいがあるがキャサリンは寂しさを心に押し込め娘を見送る事にした。




「いってらっしゃい」


「行ってきます!」




 彼女は快晴のような笑顔で新たな旅たちが始まった。両親は娘の背中を見守る。まだ小さくひ弱そうな背中を見ると少し心配になる。




「行っちゃったわね」




 やはり、寂しさがあった。かわいい子には旅をさせろとは言うがやはり素直に手放す気にはなれなかった。




「そうだな。だが、俺達に出来るのはあの子の無事を祈ることくらいだ。それにあの歳の俺よりもしっかりしている。きっと大丈夫さ」


「そうね。無事に過ごして欲しいわ」




 何気ない日常の始まり。

 空には大きな雲がちらほら見える。

 遠くでは鳥の囀りが聞こえ風が廃墟の街を駆ける。

 通りにはいつものように人が行きかい各々が自分の仕事をする。まさに平穏そのものだった。


 まさか、この後、自分達を巻き込んだあんな事に成るとはこの時の2人は想像すらしていなかった。

 この時の2人には未来の自分達が何をするかなど知る由もない。

 そして、アリシアも知る由もなかった。

 誰よりも両親を理解しているつもりだったが後々”理解出来ていなかった”と生涯思い続ける出来事が起こる事を……2人の中に獣が飼い慣らされている事をこの時の彼女は知らなかった。


 ただ、1つ言えるのはその決断は確かに彼らの意志によるものだったという事だ。未来における彼らの決断はその時のアリシアにすら想像できないモノだった。


 何かが奪われるのは盗人が来るときの様だと誰かが例えた事がある。

 アリシアの現実は彼女を平穏無事にはしなかった。

 それどころは非凡な毎日をこれから送る事になるのだ。

 それが後に”超神”とまで呼ばれる少女の伝説の始まりだった。



 ◇◇◇



 アクセル社の仲介者との待ち合わせ場に行く道中でアリシアが兄弟の様に仲の良いエド、エル、エイミーと出会った。

 3人はアリシアが六歳の頃に近くで拾った捨て子だ。

 彼らの養父母に引き取られてからはずっと一緒にいた。

 3人はアリシアに駆け寄りここからいなくなる事を聴いていたので泣きそうだった。

 顔を真っ赤にして泣くのでアリシアは少し困り果てた。




「おねーちゃん行っちゃうの?」


「もっと一緒にいたい……」


「お願い!行かないで!!」




 アリシアはそっと微笑んで腰を低く落とし、まずは1度気持ちを落ち着かせた。

 母の教え通りあくまで子供達の想いを理解した上で諭すように心がける。

 頭の中で教えを反芻し出来ると思ったタイミングで子供達に話しかける。




「御免ね。そうもいかないの。私にもね。守らないといけない立場に成っちゃたの」




 アリシアは優しく包むような声で子供達を諭す。

 子供達は泣いていたがその声に諭され一旦泣き止む。



「守る?」


「何を?」


「何を守るの?」




 アリシアは決して邪見にせず丁寧に子供達に説明する。




「うー。私はお父さんに生きていて欲しいからその為に働きに行くの……あなた達だってサッカーをやりたい、守りたいと思わない?」




 3人は顔を合わせた。

 その言葉を分かる気がしたので3人は両腕で涙を拭った。

 まだ、完全には泣き止んでおらず、涙を堪えようとヒクヒクと声を漏らしながら話を聞く。




「あなた達のサッカーと同じ……私はお父さんを守りたいから……だから、行かせてくれるよね?」




 3人は彼女が何を言いたいのか、分かった気がした。

 自分達がアリシアに要求している事は自分達に「サッカーを捨てろ」と言っていると理解出来た。

 それは出来ないと自分達は答える。なら、アリシアも同じだ。


 同時に彼女と離れたくないと言う気持ちと葛藤する。

 子供にはその感情が上手く整理できず、訳が分からなくなりそうな情動が抑えられずに3人は思わず、抱き締め思いっきり泣いた。


 アリシアはそっと彼らを手で擦った。無理に突き離そうとはしなかった。

 彼らが乗り越えるまで泣かせた。

 それから数分間、彼らが気が済むまで泣かせた。

 約束の時間が迫っているが彼女にとっては今、彼らと接するこの時間が大切だった。

 アリシアも子供達との別れが名残惜しいだから噛みしめるように強く抱擁する。

 そして、彼らは吹っ切れた様に彼女から離れた。




「ありがとう。あなた達は私の誇りよ」




 アリシアは彼らの頭を1人ずつ撫でてこう告げた。




「ここで問題。こういう時、私になんて言えば良いか私に教えて?」




 彼女はあくまで彼らに乗り切らせようとした。

 彼らは悲しさを喉に押し込めながらアリシアを理解してその言葉を各々が発した。




「いってらっしゃい!」


「またね。おねーちゃん!」


「帰って来てね!」




 彼らは涙を流しながら言葉を絞った。

 必死に湧き上がるモノを堪えながら、自分を鼓舞しようとする姿が愛おしくてならない。

 アリシアは彼らの想いに励まされる。

 やはり、彼らはアリシアの誇りだと改めて理解出来た。

 だから、アリシアは答えた。




「うん。必ず!」




 お互いにもう一度抱擁を交わし、一時の別れの挨拶を済ませた。

 子供達も自分達の想いを我慢しながらアリシアに手を振る。

 アリシアも通りの曲がり角を曲がるまで子供達を見ながら手を振り続けた。

 その様子を少し離れた場所から見つめる者がいた。




「プロフィール通りですね」




 物陰から彼女を見つめる男の影があった。

 男は手持ちのタブレット型のPCを持っていた。

 そこにはアリシアに関する様々なデータが記載されていた。


 温厚で物静か気性は決して荒くなく母性が非常に強く自己犠牲の精神を持つ。


 そのような事が書かれていた。




「あの娘、本当に15か?対応が大人過ぎないか?」




 男のCPCコンタクトレンズパーソナルコンピューターの網膜カメラ越しにその映像を見ている初老の老人は少女のあまりに手本過ぎる対応に感服する。




「最近の10代は発育が良いんですよ。」


「そう言うもんか?」


「そう言うモノです。多分……」




 男は自信なさげに答えたと言うより適当に答えだだけだ。

 男はアリシアが家から出た時からその様子を観察していた。

 全ては計画に足る人物なのかこの目で確かめるためだ。




「仕事の速度よりも丁寧さを求める対応は中々良いモノだ。アイツの血を引いているとは思えないな」


「親友じゃったんか?」


「腐れ縁です。この事がバレたらきっとアイツは怒るだろう。雄叫びを挙げて迫ってきますね」




 男は昔を懐かしむ様にそのの事を思い出す。

 は彼女とは違い気性が荒く粗暴な人間だった。

 よく酒の飲み比べをしたが、酒の弱い人種である自分が勝てた試しはない。

 顔を真っ赤にさせながら店を出て別れて早々近くの路地裏でよく吐いた記憶がある。




「だからと言う訳ではないが……本当に彼女で良いのですか?」




 男は質問をした。私人としてでは無く公人としてだ。

 彼女の品格としては決して悪くはない。

 ある意味、彼女にさせようとする仕事は自分の時間を削って誰かに尽くさねばならない仕事だ。

 その点は自己犠牲の精神があった方が良いのは違いない。

 加えて、仕事を丁寧に行える辺り従順さも伺える。


 ただ、良くも悪くもこの仕事はある種の社会不適合者の方がやり易い傾向にはある。

 完全にぶっ壊れている人間も稀ではあるが彼女は多少、天才気質の変人要素があるだけでそこまで壊れている訳ではない。

 そこが不安でならないところだ。そこは初老の男も同意できるところようで……。




「ワシも疑ったよ。あのシステムには不可思議な所があっるからな。搭乗者を選定してきた以上他の者では扱えな。もう選定された人間以外受け付けんのじゃろう」


「機体のOSがパイロットを選ぶ時代が来るとは世も変わったな……」




 時代のギャップを感じる話だ。

 兵器とは、あくまで人間が使うものであり誰でも使えてこそ兵器だ。

 だが、兵器が特定の人間を指定してくる感覚が男にはどうも受け入れがたい。

 兵器が人間に合わせるのではなく、人間が兵器に合わせているようで拒否感がある。

 もしかしたら、自分のその考えがもう古いのかもしれないと感じつつ男はアリシアの後を付けた。

 約束された場所に行かねばならないからだ。

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