第26話 剣道少年の大蜘蛛退治 その1

 朝、冒険者ギルドでノエルを待っていた俺は、ふと掲示板を見て愕然とした。

 そんな……。

 これは酷い。

 取り敢えずカウンターに近づく。

「あの、ローラさん!」

 カウンターのローラさんに決然と話しかける。

「何かしら?」

 亜麻色の髪の受付嬢のローラさんは、ちょっと上目遣いこっちを見る。

 相変わらず仕草がいちいち色っぽい。

 いかん、言うべきことを言わねば。

「薬草の買い取り価格が凄く下がってるんですけど」

「ああ、それですか。納品先からしばらく買い取りを抑えるって連絡がありまして」

 ローラさんが腕を組む。その豊かな胸元がたゆんと変形する。

 威力は抜群だ。何か、怒りが溶けていく。

「ギルドとしても困ってるんですよ。誰とは言いませんけど、十分な腕があるのにいつも薬草取りばかりしてて、毎日毎日すごい量を取ってくる冒険者が居るんですよ。

 それで薬草の価値が下がっちゃったんです」

『神の見えざる手と言う奴じゃな』

 フィスタルが頭の中で変な事をささやく。

 何のこっちゃ、宗教には興味ないぜ。

『……箱田先生とアダム・スミスにに謝っておけ』

「よく分からんけど、ごめんなさい」

 ローラさんは、困ったようにパタパタと手を振る。それに合わせて豊かな胸元が揺れる。

 まあ、そういう事ならしょうがないよね。

「いえ、謝るような事じゃ無いですよ。でも、当ギルドとしては当分の間この値段でしか買い取る事は出来ません。

 そろそろ、他のクエスト受けてみるのはどうです? 

 ヤマダさん、剣の腕は確かなんですから」

「えーと、何かお薦めはありますか?」

「そうですね、これなんかどうです。ジャイアントスパイダー退治。

 ザイド村近くに出没してるのが目撃されてるんです。行方不明の村人もいて、村からギルドに依頼を出てるんです。

 割と報酬良いですよ。銀貨五十枚。

 その上、あたしの感謝つき」

「感謝つき、は何でです?」

「ジャイアントスパイダーって、うっかり攻撃受けたら毒を貰っちゃうんですよねー。

 だから、このクエスト受けた人って、もれなく毒消しのポーション買っていくんですよ」

「はあ」だからどうだと?

「で、ギルド側としても、毒消しポーションの在庫が売れて、お得なんです。あれ、消費期限があるんで」

 ローラさんがにっこりと微笑む。

 美人は得だ。

 身も蓋もない話をしているのに、なんか良いこと言ってるように感じてしまう。

 カウンター奥の扉が開いて、むくつけき大男がひょっこりと顔を出した。

 岩のような筋肉に覆われた元冒険者にしてギルドマスターのアレスだ。

「あ、アレスさん」

 アレスがローラが手にしている依頼票を見る。複雑な笑みを浮かべた。

「お、ジャイアントスパイダー退治か。いいな、頼めるか? 

 毒消しポーションだが、薬効が切れる消費期限ぎりぎりのがあってな。安くしとくぜ」

「いくらで? 安くってもマジックポーションはそれなりに高いだろう?」

 アレスは片目をつぶると、

「特別価格だから、内緒な」

 アレスが小声で囁いた金額は驚くほど安かった。相場の十分の一以下じゃん。これはお得だ。

 うーん、でも……毒消しポーション買う必要ってあるのか? ノエルのこないだ解毒魔法キュアポイズン覚えたろ?

 そう、解毒魔法キュアポイズンは、ノエルのばあさんの呪文書の記述間違いをフィスタルが指摘した事で、ノエルが使えるようになった呪文の一つだ。

『マナ切れになったらどうする?

 おぬしを基準にマナの量を考えてはいかん。おぬしの幻想器官に蓄えられるマナの貯蓄量は人類の上限と言えよう。

 それに比べて戦闘後、あの小娘ノエルがマナが残しているとは限らん。

 毒消しのポーションは買っておくべきだ。

 いや……というか……おまえが解毒魔法キュアポイズンを覚えればそれですむんだが……』

 あーあー、聞こえない。

『なんでこう勉強が身につかないのかのぉ』

 頭悪くて悪かったな。

『そんなはず無いのだが。おぬしの肉体はわしの相似体だ。

 脳の性能も悪いはずは無い。

 ……無いのだが。

 ……何でバカなんじゃろうな……』

 勉強嫌いだ。

 そこに、生真面目な声が響いた。

「あら、ジャイアントスパイダー退治、いいんじゃない? 村人も困ってるだろうし、それに、スズノスケの腕ならもう少し上のクエストしたら、とは思ってたのよね」

 ひょっこりと隣にノエルが沸いて出た。ここで待ち合わせてたからな。

 ノエルは、「アレスさん、お久しぶりです」

 そう言って微笑んだ。

 アレスさんの前だと、微妙に猫かぶってるよな、ノエルって。そんな事を考えてしまう。

 まあ、このギルドマスター、腕は確かだし、色々と世話は焼いてくれる。見かけはオーガ顔負けだが、徒やおろそかに出来ない。

 新人の時から世話になっているノエルが懐いているのも無理は無い。

 現役の時には名の知れた有名な冒険者だったらしいしな。

 うん、無理は無い。

 ……のだが……ちょっとモヤッとしたな。

「なによ?」

「何でも無いよ。ま、良いや。依頼、受けるよ。そうだな、毒消しのポーション10本買おう」

「お、決まりか。ローラ、毒消しは倉庫奥、三段目の棚のヤツな」

 アレスがにやりと笑みを浮かべた。

 ふてぶてしい笑みだが、味方にはこの人に任せれば大丈夫だろうという圧倒的な安心感を与えるのだろう。

 ――ギルド加入時の試合の借りは返す。

 いつか腕を磨いて一本入れてやる。負けっぱなしでは旅立ちにくい。

 なにせ、一応、武者修行の旅の途中なんでな。


 俺とノエルは冒険者ギルドで馬を借り、ジャイアントスパイダー退治のクエストに出かけた。

 拠点としているヘントの街から北に馬で三日ほど、そこにザイド村はある。

 ザイド村まで行き、村に一晩泊まった後、そこで馬を預けて山へと入った。

 村に着いた時は、わざわざ村長が出迎えて歓待してくれた。山間の寒村で、その上、ギルドに結構な依頼料を払っているので懐は厳しいだろうに。

 なるべく、さっさと終わらせよう。


 肝心の獲物については、ノエルが説明してくれた。

「ジャイアントスパイダーは有毒の蜘蛛型の魔物よ。体毛や爪、牙、体液に毒を持つの。

 年を古るごとに大きくなっていくわ、上位種には魔法を使うものも居るらしいけど、私も見たことないわね」

 流石に異世界の蜘蛛。一般人がちょっと潰そう、という訳にはいかないわけだ。

「まあ、私たちなら何とかなるでしょ。スズノスケ、もしもの時の為に毒消しのポーションも買たんでしょ」

 そう言って歩き始めた。

 

 村人の目撃情報があったあたりから、日がな一日痕跡を探して歩き回ったが、初日は見つから無かった。

 日が暮れる前に夜営の準備をする。薪を拾い集める。まあ、薪も買った物が異次元ポケットの中に入っているのだが、簡単に拾える時には拾って使う。

 鍋、水、芋と野菜に調味料を少々、リュックの中の異次元ポケットから取り出す。

「相変わらず凄い性能のマジックバックね……」ノエルが言う。

 もう、何度もいろいろな物――リュックの長さをはるかに超える物すら、リュックの中のフィスタルのローブの異次元ポケットから出しているので、ノエルには性能はだいたいバレている。

 リュックそのものではなく、中い入れてるローブのポケットが魔道具だということはまだ気づいてないっぽい。

「何度も言うけど、人前で使ったり、教えたりしちゃだめよ。そのマジックバックの性能。

 本気で奪いに来る人居るから」

「気をつけるよ」

「大丈夫かしら……リュウノスケは考える前に口に出す癖あるから。

 ま、一緒に居る間は私も気をつけるけど」 

 話していると、ちらりと視界の陰をかすめる白い陰。

 ウサギだ。抜き打ちにナイフを投げる。

 晩飯の鍋の具材が少し豪華になった。

 取れたての肉は硬いが鍋なら結構いける。

 ノエルから魔法の講義を受けてお互い少し練習してから、交代で寝る。

 今日は俺が先に見張りだ。


 二日目も空振りだった。

 前日と同じように、少し魔法の練習をしてから寝る。今日の夜営は、俺が先に寝る番だ。

 たき火の前で横になり目を閉じるとすぐに眠気がやってくる。

 まあ、どこでも寝れるのが俺の特技だ。

 眠い。意識が飛んだ。

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