第21話 剣道少年の初クエスト その4

 薬草採取を終え、森から出ると馬はのんびりと草を食んでいた。

 帰りは馬に乗っていることにも慣れてきたので、しばらく手綱を握らせて貰った。

 まあ、もう少し練習は必要そうだが、思った方向に歩かせるくらいなら何とかなりそうだ。

 後はおいおい教えて貰おう。

 街に帰る着く頃には日が暮れていた。

 俺たちはまっすぐギルドに向かった。

 冒険者ギルドのカウンターに、セクシー系受付嬢のローラさんがいる。

 ……その隣になんかごつい筋肉の塊もいる。

 当然、ローラさんの方に行くつもりだったんだが、俺が行く前にノエルがさっとアレスの方へ報告を始めてしまった。

「よう。無事帰ってきたな」

「当たり前でしょ。たかが薬草取りクエストよ。

 ……と言いたいところだけど参ったわ、昼間なのに大量のゴブリンが出てきて。

 ちょっと危ないかと思ったけど……ま、こいつ、剣の腕は確かね」

「落ち着いて対処すればヤマダの腕なら大丈夫だろう。だが、初陣だからな。

 ……予想外に魔物が襲ってきたら、あせってしくじる事も可能性としてありえると思ったんだがな」

「まあ、あたしがついているしね」

「……そうだな。ノエルは本当に頼りになるな。うちのエースだよ」

 アレスの言葉にノエルがこっちを向いてフフンと得意げな表情を浮かべる。三つ編みが揺れる。

 あー、えらいえらい。

 ところが、思わぬ所からノエルを諫める声が上がる。

「ねぇ、ノエル。気をつけてよ。そりゃあなたなら、100回中99回は大丈夫でしょうけど、死ぬのは一回の間違いで十分なんだからね」

 ふむ。まあ、ローラさんはいろんな冒険者が居なくなるのを見てきたんだろうな。

「大丈夫よ」ノエルが少し詰まりながら言った。


 査定の結果が出た。

 何と、米粒と豆粒ほどの二つのマナ結晶が銀貨十枚となった。

「薬草クエストより儲かったな」エンラントの花は銀貨五枚だ。

「マナ結晶は魔道具に使ったり、魔剣の属性付加や防具に、いくらでも使い道があるからね」

「へえ。ギルドの買取価格がこれなら末端いくらなんだろうな。魔道具作ってる工房とかに直接、取引きしたら……」

「それ、犯罪だから。そんなのギルドですら許されてないわよ」

『マナ結晶は戦略物質だからな。マナ結晶の所有量は国力を左右する。

 大抵の国では国が買い上げとって専売にしておる。

 冒険者ギルドと国はあまり仲が良くない事が多いが――』

 そうなのか?

『一つの国に二つの武力があるということだからな……。

 それでも冒険者ギルドの存在が許されている最大の理由が、マナ結晶集めに貢献しているからだ。

 他国との戦争や警備が専門で人間相手の騎士・兵士と比べて、冒険者は魔物と戦う。

 マナ結晶も自然と冒険者が手にする。

 そして、冒険者ギルドがそれを集め、領主を通じて、国へと納めている』

 ノエルがジロリとそのツリ目を向けてくる。

「いくらなんでも、マナ結晶が国の専売って事を知らないって、世間知らずにも程があるわ。あなた、一体どう言う生活してきたのよ」

「いやあ、すまんねぇ。世間知らずのぼんぼんで」

 もう、王都の貴族の馬鹿息子設定に乗っかるしかない。

「しょうがないわね。まあ、約束だから、まともに暮らせるようにおしえてあげるわ、先輩として」

 ありがとう委員長。


 それにしても、冒険者は儲かる商売だな。暮らすには困らないな。

『命の危険があるからな。普通の人間は戦う力も無い』

 旅費が貯まるまで、薬草取り頑張ろう。


 翌日から、毎日のように薬草取りに出かけている。

 通常は、昼間に魔物に会うことはあまりないらしいのだが、どうも俺かノエルのどっちかが運が悪いらしい。

 多分、ノエルだな。

 特に朝ギルドで得意げに何か自慢していると魔物が出てくる気がする。

 今回も森の中で、ゴブリンが出た。

 幻想器官を開いてマナを放出し、あたりを探る。お、上位種が居るな。

「ホブゴブリン2匹、ゴブリン12匹かな」

「ホントよく見つけるわね」

 はじめの頃は半信半疑だったのだが、今では俺の索敵が確かなのはノエルも認めている。

「あたしがホブゴブリンの脚を止めるその間にゴブリンを」

「了解」

 ノエルが呪文が唱え終わるまで飛び出すのを待つ。

【万物の根源たるマナよ、氷の矢となりて】

 そうこうしているうちに向こうがこちらに気づいて攻め込んできた。

 ノエルの頭上に二本の氷の矢が浮かぶと、ゴブリンの方に飛ぶ。

 ゴブリンの中に居た一際大きな固体、上位亜種であるホブゴブリンの二体の足を氷の矢貫く。

 ホブゴブリンの耳障りな悲鳴が響く。

 ホブゴブリンが足止めされている間に、俺は飛び出し、ゴブリン達の中に身を躍らせる。

 日本刀にマナを込め、次から次へと首を落としていく。

 気配をさぐり、同時に飛びかかられないように気をつければ問題は無い。

 ゴブリンを掃討したころ、氷の矢の呪縛から逃れたホブゴブリンがこちらに来る。

 ノエルが二本の炎の矢を発生させて打ち込んだ。どちらも一撃では死なない。魔法耐性が通常のゴブリンより強いのだろう。

 しかし、その魔法の一撃が目くらましとなり俺は難なくホブゴブリンを切り捨てた。

「片付いたわね」

「そだね。んじゃ、マナ結晶さがしますか。んじゃ、俺から……」

 ノエルがじろりとこちらをにらむ。凄い勢いでにらむ。

「な、なにかな?」

「気にしないで、観察しているだけよ」

 ポケットからメガネを取り出してちゃきりと装備した。うーむ、パーフェクト版委員長だ。

 幻想器官を開いてマナを放出する。俺から放出されるマナの干渉を観察。

「んじゃ大きい方から」

 俺はホブゴブリンの死骸にナイフを入れた。一発で親指大のマナ結晶が出る。

「まあ……ホブゴブリンはゴブリンより結晶を持ちやすいわよね……」

 ノエルは自分のナイフを取り出すと、もう一体のホブゴブリンにナイフを入れる。

 出ない。

 ノエルが、きっと吊り目で俺をにらむ。俺は肩をすくめた。

 ノエルは次々とゴブリンをあらため始めた。


「十体、と」ノエルがゴブリンの死骸からナイフを引き抜いた。「交代よ」

 ノエルがまた、凄い目でこちらを凝視している。

 照れるな。

「えーと、んじゃ次いくね」

 俺は幻想器官からマナを放出し、探査する。自分のマナに干渉する物の位置を探る。

 あれ、えーと、これはちょっと……。

 少し不味いところで反応が出たが……まあ、しょうがないよね。

 俺は、ノエルが今チェックし終えて放置したゴブリンの死骸にナイフを入れる。

「え、ちょっと何を」

 微妙にノエルの入れたナイフの跡から隠れた位置の小さなマナ結晶を取り出した。

「えーと、あったから交代?」

 ノエルは顔が真っ赤にして、柳眉を逆立てた。

「ヤマダ! お、教えなさい! あなた、マナ結晶のあるゴブリンどうやって見分けてるのよ!」

 まあ、ばれてるわな。隠す気も無いし。

 色々世話になってるし、聞かれたらすぐ教えるつもりだったんだけど……。

 どうも、ノエルの方は先輩冒険者としてのプライドが邪魔してか、聞けなかったみたいなんだよね。

「いいよ」

 俺が答えると、ノエルは少しポカンとした表情を浮かべた。

 レアだな。

「いいの?」

 正直、今まで何度か教えようかなと思ったんたけど……。

 何というか……聞きたいのに言い出せなくて、物言いたげにツリ目で睨んでくるノエルが可愛かったのでそのままにしてた。

 お分かり頂けるだろうか。


 俺はノエルに幻想器官からマナを放出して探る術……探査魔法の説明をした。

「マナを魔法としては使わず、そのまま放出する……そんな方法が……って、あなた、魔道士なの!?」

『わしは古代語魔法一つろくに使えず、低級な魔物の如くマナを無駄に吹き出すしか能がない奴を魔道士とよびたくないな』

 やかましい。

「ま、まあ、幻想器官は持っているよ。でも、マナを直接使う原始魔法以外まともに使える魔法はないかな。普通の魔道士が使うような魔法は何一つ」

 あ、異世界に渡る回廊魔法だけは使えるな。

『まともに制御出来なかったろうが……』

 ノエルが上目遣いでみる。

「まあ、貴族の出だろうとは思ってたけど、魔道貴族の出だったのね……でも、幻想器官があるのに認知されず教育もされずに捨て置かれるなんて……」

 ぶつぶつと呟いているのを聞くと、どうも、ノエルは俺のことを貴族の認知されてない妾腹の子か何かと思い込んだみたいだ。

「貴方も苦労したのね」

「あー、うん、聞くも涙、語るも涙の身の上で、そこらへんつっこまないでくれるとありがたい」

「あんたも色々事情があるんだろうけど……」

「誰にでも事情はあるさ。ノエルもだろ。

 ノエルって正規の魔道士の教育受けてないんだろ?」

「分かるの?」

『使ってる魔法と呪文、魔法陣を見れば分かるわ』

「使ってる魔法と呪文、魔法陣を見れば分かる……らしい」

「だから、らしいって何よ……。詳しく教えてくれる? 

 魔法でわたしが知らないことを知っているなら、出来れば。

 私、魔道士としてより高くありたいのよ」

『良かろう! 向学心の高いのは良いことだ。

 欠けている深淵の知識をカケラ、さずけてくれようぞ』

 邪悪な黒魔道士のくせに、何、真面目委員長と意気投合してんだよ。

 ノエルは真剣な表情で、こっちを伺っている。

「……良いよ。その代わり、俺に魔法を教えてくれないか? 

 俺もかなり特殊な覚え方してるんで、知識があっても使えないんだ」

 多分、ノエルに教わった方が、フィスタルから聞くより覚えられるはず。

『なんじゃと』

 フィスタルには伝えないが、幼稚園児に大学の授業聞かせるようなものなんだろう。もう少しクッションが欲しい。

 それから、野営や休憩のたびにお互いの魔法の知識を勉強する事になった。


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