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「オラァ!! 次はここかぁ!?」


ドガッ! と蹴やぶられた襖は、そのまま部屋の奥の壁にめり込む。あと少しズレていたらミニモガミの綺麗な顔面が吹っとんでた所だった。颯爽とヒーローのように現れたのは、狐耳と尻尾を生やしたショタ僕と同世代ほどの少女。

「大人が二人か! ちょれぇな!」

モガミ父とカサネ父を好戦的な視線で捉えた狐っ子は、ケモノのような速さで飛び蹴りを放つ。襖を蹴り飛ばした脚力だ、まともに受けられるものではない。

が。それを、カサネ父は片手の掌で難なく受け止めた。やんちゃな子供を相手するように。

「なっ! なんだこのおっさん!?」

「おや。もしかして君は、狐花の娘のイナリちゃんかい? 大きくなったねー」

「っ! おふくろを知ってんのか!?」

カサネ父はその質問には答えず、チラリとモガミ父を見て、はぁとため息。

「希さん。どうやら貴方は気が早いばかりか、関わってはならぬ相手にちょっかいをかけたようですね。残念ながら、希望の会は今日を以って終わりを迎えるでしょう。私の『当初の予定』とは違いましたが……これはこれで良いか」

「な、なにを言って」

「こちらの話です。それで、希望の会は大方、特に深い考えもなくイナリちゃんを拐って来たのでしょうが……よりにもよって首輪の付けられない虎の一番の宝を選ぶだなんて。正確には虎をも喰い殺す狐ですがね。貴方も、この世界を生きるならば一度は耳にしたでしょう。尾裂狐という存在を」

その名を聞いて、モガミ父は鼻で笑う。

「まさか貴方がそんな与太話のようなものを信じているとはね。なにかと裏の世界で恐れられているその連中ですが、この世界の隅まで知る私ですら一度も遭遇したことの無い。『機嫌を損ねたら最後、存在した痕跡ごと消される』でしたっけ? バカバカしいっ」

「大丈夫、じきに会えますよ。基本、仲間の危機には素早い連中だ。それが尾裂狐の姫と来たら、連れ戻しにもう間も無くここへやってくるでしょう」

「あ、あり得ない……! この島は簡単に見つかるような場所じゃない! もしや貴方、私達を売って……?」

「まさか。奴らの鼻を舐めない方がいい。ま、今更注意しても手遅れですけど」

「ふ、ふん、来るならばそれもいいでしょう。裏で大きな顔をしている鼠どもを駆除するいい機会です。まさに袋の鼠。私達に手を出せば、日本どころか世界のあらゆる機関が黙っていないという事を思い知らせてあげます」

「権力に臆する聞き分けのいい連中ならどれだけ良かったか。臆する相手は鋏君の五色家くらいですよ。――さて」


カサネ父は視線を僕達に移しニコリと微笑む。その瞳は『行きなさい』と語っていた。


「と、兎に角今あいつらが話してる内に出るぞお前ら! 話は後だ! 来い!」

「えっ!?」 そう言ってチビイナリはカサネの手を引いて走り出し、カサネは「つ、ツルちゃんも!」と反射的に僕の手を掴んで……そのまま僕らは部屋を出た。ふと、部屋の奥にいるモガミと目が合う。何かを言いたげな彼女の表情。出来るなら、彼女の手も掴みたかったが……その時の僕にはまだ、人を守れるような強さも責任能力もない、無力なガキだった。

廊下を走りながらイナリはこの建物の役割や希望の会の真実を語る。それでようやく、僕とカサネはピンチな状況にいるのだと理解する。危機感のない生活をしていたせいで平和ボケしていたのだ。

それからイナリは、今行なっている作戦についても説明する。それは子供にもわかりやすい単純明快な行動で、ようはこの建物や島にいる大人全員をぶっとばして回るというもの。

この建物にいる大人の教徒はどんな理由であれ全員悪人。誘拐して来た大人達を懲らしめられる上に、誘拐されて来た子供達も助けられるという一石二鳥な素晴らしい作戦で、「母親に似てやんちゃな狐じゃのう」とつるぎ様も少し呆れ顔に。

「大人全員って……まさかパパも!? なにかの間違いだよ! パパが誘拐なんて悪い事に加担するなんて!」

「パパってのは、さっき蹴りを止めた強えおっさんの事か? 今更だが、どうもお前らは他のガキどもと雰囲気が違って」

イナリが話してる途中だったが、曲がり角の直前、ショタ僕は「止まって!」と先頭を歩く彼女の服を掴む。直後、曲がり角から飛び出す二人の大人の教徒。僕達を捕まえたと確信していたのだろう、大きく空振りした大人達はバランスを崩し、その場に倒れこむ。それを見逃すイナリではなく「オラァ!」とすぐさまその二人を蹴り飛ばして処理した。

「ふぅ……見直したぜお前。気の弱そうな奴かと思ったらやるじゃねぇか。今のはあたしでも気配に気付けなかったぞ」

「え、えっと……なんか『黒い縁』が見えて……」

「縁?」

「ツルちゃんは人とか物の縁が見えるんだよ!」

何故かドヤ顔で教えるカサネ。彼女は当然、五色家の事情や僕自身の事を知ってはいるが、しかしこの時、僕は自身の能力の変化に困惑していた。

元々、僕が見えていた縁の糸に色は無かった。というか、この時まで僕に使えたつるぎ様の能力は、縁を見られるただその一つだけだった。


成長するにつれ見え始めた縁の糸。人や物から出ている百や千を越える無数の糸――繋がっていたり千切れていたり――は、凡ゆるモノを不恰好で不気味な毛玉へと変えてしまい……力の目覚めたての頃は『こんな力欲しく無かった!』とつるぎ様を糾弾し、よく困り顔にさせたものだ。


「鋏……お前、縁の色の変化が分かるようになったのか!?」


どこか興奮気味なつるぎ様に心の中で『うん』と返す――口に出さなくても意思疎通はできる――と、彼女は嬉しそうに縁の色について説明し出す。


――結果的に見れば。ショタ僕の急成長は、この危機的状況やヒロイン達との出会いがキッカケだったのだが……それを理解したのは、全て落ち着いた頃。

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