33

――その後も。


屋台エリアをブラブラしてるだけで、やんややんやと尾裂狐の連中が寄って来て、冷やかされるわ食い物を渡されるわで……加えて皆、鋏とも顔馴染みばかり。


やれあの三人娘のように助けられた、やれ仕事仲間だ、やれ自称ライバルだと、その関係も様々。本当に、鋏を知らなかったのはあたしだけだったようだ。

十年以上の付き合いがある五色と尾裂狐。姉のツムグ、妹のユエとは何度も顔を合わせていたのに、不思議と一度も鋏の名前は聞かなかった。それは尾裂狐本家に住んでいた時も同じ。偶然にしては出来過ぎている。

過ぎた過去をいつまでも気にするのはあたしらしくない。……それでも。あたしは知りたいのだ。『そうなるように仕組んだ』、縁の神の意図を。

「あ。あのフードも美味しそうっ。貰ってくるから待っててー」

「貰う前提かよ……」 ガキのように走って行く鋏を見て思わず口元が緩む。実際ガキみたいなもんだが。

「ねぇ彼女、ヒマー?」

「あ?」 ――驚いた。背後にいたのは三人の若い男達。まさかナンパされるなんて。尾裂狐の男達だろうが、いかんせん大きな組織なんであたしも知らない奴らもいる。そして相手もあたしを知らないらしい。まぁあんまり家にいなかったりもしたし、長の娘を見た事がない奴らも多いんだろうが。

「聞いてるー? 暇そうだから声掛けたんだよー?」

「……悪いがツレがいる。ナンパなら他当たってくれ」

「えー? ツレってもしかして男ー?」「君みたいな可愛い子、釣り合う男なんてそういないと思うけどー?」「俺らみたいなイケメン以外は、さ」

……なんていうか、ベタだなぁ。

漫画みたいな展開を実際目の当たりにして笑いそうになる。

「ああ……確かにツレはあたしと釣り合ってねぇな。逆の意味で、な」

「あっはっは、それどーゆー……ッ!?」 男達の顔が、急に、一気に青ざめた。

「おいおいおい……俺らもしかして虎の尾踏んだ?」「と、虎で済めばいいがな」「お、おい止まれって! まさかツレってお前か!?」

男達は、あたしの背後に何かを見ているらしい。

背中に感じる、静かに切り裂く鎌鼬のような圧。

「野郎供ォ……そこに並べェ……人のモンにちょっかいかけたんだァ……チンコ切ってやるよォ」

「し、知らなかったんだって、鋏!」「指一本触れてねェから!」「に、逃げるぞ! 冗談通じねェんだよこいつ!」

そして全力で走り去る男達。入れ替わるよう、鋏が戻って来る。

妙な安堵感。……安堵感?

あたしは、今の男達のナンパで少しでも不安な気持ちになってしまったのか? あたしが? ……弱くなったな。でも、アレだけ強さを求めていたのに、焦りとか苛立ちを感じないのは何故だろう。

「今のやりとり、彼氏彼女っぽくなかった?」

「知るか。何が『人のモン』だ」

「次は僕のモンってわかるように名前入りタグつけとかないと」

「発想がこえーよっ。てかなんであたしの事は知らねぇのにお前の方は有名なんだ」

「なんでだろうねぇ(パクパク)んー、この【芋虫の串焼き】、外はカリッ、中はフワッとしてて、ショッキングな見た目と裏腹においしーねー。イナリもどお?」

「いらねぇよ……そんなたこ焼き食ってるみたいな感想やめろ」

「んだとぉ? てめぇも虫食を馬鹿にするのかぁ?」

「お前のその虫食に対する拘りは何なんだ……」

「むっ。あそこにインスタバエしそうなスイーツ売ってるよ! インスタにアップする為に買おうよ!」

「そこは普通に食う為に買えよ。てか一応はここ極秘にされてるんだからSNSにあげようとすんな」

「そうだった。なら夜はインスタの為にナイトプールに行こうね! 別に泳がないけどリア充アピールの為に!」

「あれ本当になんなんだろうな……」

「おや? あの雑貨屋さん面白そー。見てこうよっ」

「話コロコロ変えすぎ……お、おいそんな引っ張んなよっ」

なすがままに連れてこられたのは、見るからに怪しい品の揃う屋台。

ブサイクでどこか生々しい木の民族人形、妖しい輝きを放つペンダント、二つの針の長さが同じなおかしな腕時計、血のように赤いナイフ……などなど、どれもこれも、禍々しいオーラを隠そうともしない雑貨たちだ。

そんな屋台の中でボーッと座っているのは眼鏡をかけた二〇代ほどの気弱そうな女性。

「よっ、店員さん、久しぶりー」

「あ……つ、鋏さん、お久しぶりです……女の子連れなんていい御身分……って、お嬢じゃないですか」

こういう反応も慣れたものだ。

「それはそうとさぁ、なんか面白アイテムある? 飲んだらエッチな気分になるジュースとか服が透けて見える眼鏡とか何でもいう事きかせられるボイスチェンジャーとか」

「お前欲望に忠実過ぎんだろ……」

「あ、あります……」

「絶対こいつに渡すなよ!」

「は、はい……そんな、若い男女が盛り上がるようなグッズは渡しませんよ、妬ましい……はぁ、私も彼氏欲しい……」

こんな残念な店員ではあるけれど、普段は尾裂狐が世界中から集めた呪具を管理する施設にて、責任者をしている優秀な人材だ。

一つ一つが扱いを間違えば人類文明そのものを混乱、崩壊させかねないSS級の呪具の数々に囲まれての生活……まともな神経では務まらない仕事だが、本人は呪具を愛してる様子で、楽しくやっている模様。

その呪具愛も半端でなくって最近だととある海外の地方にて呪具を悪用し数世紀程人々を支配していた組織がこの店員に見つかり、組織の本部を凄惨な現場へと様変わりさせたという話だ。お袋同様、怒らせない方が賢明である。

「で、ここにはどんな雑貨があるの?」

「えと……これは『必ず明晰夢が見られる枕(但し夢で殺されたら目覚められない)』、これは『歌がプロ並みに上手くなる飴(但しハゲる)』、これは『未来が見えるスマホ(但しその通りに行動しないと……)』ですね」

「デメリットが重いんだよ……てか今更だがあんた、こんな明らかにやばそうな品揃えを普通に店に並べていいのか。在庫売り尽くしセールで出すにはどれもこれも漫画じゃ物語の中核になりそうなヤバもんばっかじゃねえか」

「だ、大丈夫ですよ、ある程度の『穢れ』は前に鋏さんと共に抜きましたし……それに、売る相手は尾裂狐の方だけですし」

「ああ、そういえばそんな柿の渋抜きみたいなのに僕も立ち会ったね」

確かに、呪具耐性のある尾裂狐の連中相手の商売なら、口出しは無用だが……。

「こ、この子達も、かわいそうなんです……本来、人を幸せにする為に生まれてきたのに……使い方を誤った者のせいで穢れを抱え、呪いの道具として歩む事になって……。出来れば、運命の素敵な相手に出会って欲しいんです、この子も。私も」

「さりげなく便乗すんな」

「大丈夫、この道具達もお姉さんにも、素敵な縁が僕には見えるよっ。……ん? このペアの指輪は?」

「え? あ、ああ……それは昔、イギリスの天才魔術師がフィアンセの為に作った指輪で……しかし二人は結婚間近、不幸な運命により死に別れてしまい……主が見つからぬまま何百年も世界中を旅して、こうして私の元にやって来ました」

「にしては、新品のように綺麗だな」

「ま、魔術師の魔力が込められた一級品ですからね……劣化などしません。過去、その美しさに魅了され、装着を試みた者達が居ましたが……例外なく不幸になっています。指輪が主と認めぬ場合、その指ごと引き千切って装着者から離れ、更にはその者の一族郎党は以降子宝に恵まれぬ呪いを掛けられ……血が絶えます」

「悪意しかねぇ指輪だなっ」

「おもしレェ! 僕らを試そうってこったな! セイセイ!」

「あ! おま鋏! なに勝手に……!」

 指輪を手に取った鋏が、瞬く間にあたしの左手薬指に指輪を嵌め込み「そう慌てなさんな、一連托生だよっ!」 続けて自らも指輪を嵌める。

「っ!!!! ……っ、……、……?」


何も、起き、ない? それどころか、指輪にあしらわれた宝石たちが輝き始めて……

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