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――それから。


「全くぅ、二人はもっとお姉ちゃんを尊敬するべきなんだよぉ。これでもお姉ちゃん、今じゃあ大学に顔出すと教授連中にぺこぺこされる立場なんだよぉ? 世界中の研究所からオファーが来てるんだよぉ?」

一人、カクテルを飲みながら愚痴をこぼす一九歳の姉。

「今更だけどツムグ、貴女まだ未成年なんだから、家だからって堂々と飲酒しないの」

「ほんとにお堅いなぁユエちゃんは。いつも言ってるけど、お姉ちゃんは神社の長女だよー? 神社と言えばお神酒。お酒は神聖なものだからいいのー」

「また謎理論を……」

「そう、ツムグはこの家じゃあただの長女。外の立場がどうとかは関係ない。あの両親の娘を何年もしてたら分かるでしょ。そんな権力はこども銀行券より価値が無いって事」

「わかるけどぉー、居心地良いけどぉ」

「てかツムグも長女なら少しは家の手伝いしなさいよ。『いつまで機械弄りしてるんだ』って母さん愚痴ってたわよ」

「機械弄りって、酷いよユエちゃん、遊んでるわけじゃないのにぃ。それに昨日今日の週末はちょっと手伝ったよぉ? ツル君より全然働いてるしぃー。ママはもっとツル君叱るべきだよぉ」

「飛び火させやがって。僕はママンに溺愛されてるしぃ。それに、神様だしぃ」

この家はママンが絶対だ。パパンは婿養子で立場が弱いからか何も反対しないし、寧ろツムグの例のように何をしても応援してくれるし……けれど、結局いつも、ママンは最終判断をパパンにさせている。なんせ、パパンは『神様に愛された男』だから。ママンのパパンへの信頼度と愛情度は今も異常。

「さて。食うもん食ったし帰るか」「そうね」「あれぇ!? まだメイン見せてないよぉ」

忘れてた。家族同士の交流という貴重な時間を過ごせたからもう満足していたのに。


僕らに見せたい物は隣の部屋にあるらしく、案内されるままに付いて行って……。


「ふふぅん、さぁ見てよコレをー。コレが、天才たる私が生まれてからの半分の時間を費やして完成させたトライデント、だよぉ」

この部屋に来るのは初めてではない。まるで監視室のように幾つかのモニターが壁に掛けられており、だが、今まで何かが映ったのを見た事が無い、意味の分からない部屋。


そんな場所の中心に、今日は、一つの台座と、その台座に【桜色の三又矛】が突き立てられていた。


「んー? 何コレ。コレが見せたかったってヤツ? これを引き抜ける者は伝説の勇者ってヤツ? 色のセンスの無さは置いといて、銃刀法的に大丈夫な代物?」

「もーツル君は細かいなぁ。ま、でも、伝説の勇者ってフレーズは強ち間違いじゃないよぉ。そのトライデントはねぇ、『ツル君にしか使えない』モノだからぁ」

「おー、何かカッコ良い。では早速」と僕は矛に近付く。「少しは警戒しなさい」というユエちゃんの注意喚起はスルーして……矛に、手を掛けた。


直後。パパッ――と。

一斉に、一〇以上あるモニターが光を放ち出して僕はビクリッ。


数秒ほどカラーバーが表示されて……次第に、各画面がそれぞれ異なる情景を映し始めた。

「やったぁ大成功! 私の理論は正しかったよぉ!」 嬉しそうな様子のツムグだが、

「成功? ただの良くある定点カメラのライブ映像にしか見えないけど……カメラ仕掛けたのはツムグ?」

「そうだよぉ。でもぉただのライブ映像じゃあないんだなぁ。今の時間だと薄暗いから、映像を昼ぐらいの時間に戻してぇ……はい、何か気付かないー?」

ヒントを出されたのでそれぞれの映像を少し注意深く観察。気にして見れば、成る程、各モニターの映像には大きな違いがあって。


あるモニターは、荒廃し荒れ果てた街ばかりが映る世界。

あるモニターは、逆に今以上に発展した未来的な街が映る世界。

あるモニターは、僕の知る男女の性別が逆の世界。

あるモニターは、見た事が無い植物やら建造物、ドラゴン的な怪物がチラホラ見えるファンタジーな世界と……他にも色々な世界があるが、兎に角。


一つのモニターに一つの固定された世界が映り、数秒毎に場面が変わるというそれらの映像には何故だか全てに『既視感』があり、言いようの無い不気味さを醸し出していた。

「ツムグ。もしかしてこの映像の場所、全部この町?」

ポツリ、ユエの呟きに、僕は一瞬 え? となったが、成る程確かに、どの映像にも僅かながらにこの町の共通点を感じられた。

いや、僅かながらとは言ったが、『とある建物』だけは別で――。

「あ、解ったぁ? そう、全部この町こと愛子なのぉ。でぇ、私も驚いたけどぉ、『ウチの神社』だけはどの【平行世界】でもそのままなようだねぇ。SEKAI GA OWARIを迎えても微動だにしないなんてタフイタフイ」


並行世界。ツムグは今、そう口にした。


僕の浅い知識によると、その言葉の意味は『パラレルワールド』、だったと思う。

「つまり、この映像は全て同じ場所を映してるけど、中身は『別世界』、という解釈でいいのかしら?」

「そぉだよー。映ってる日時と全部同じなんだけどぉ、それぞれが『別の道を歩んだ』世界なんだぁ」

ああ、そうだった。ウチの長女は、昔から『並行世界を証明してやる』と躍起になり、机に噛り付いていた。動機は知っていたが、理解は出来なかったその『執着心』。必死になる姉の姿は、当時の僕には滑稽にしか見えなくって。

「ふぅん。……疑いたくは無いんだけど、この映像が本当にパラレルワールドだと証明は出来る? 貴方は確かに天才だけれど、『鋏と違い』、所詮私と同じただの人間。人間の延長。なのに、科学で実現出来る結果では無いでしょう? コレは」

歯に衣着せずハッキリ言う次女に対し、しかし長女は怒るどころか「だよねぇ」と、『その質問待ってました』とばかりに破顔し、

「並行世界の観測――そんな神の如き所業は、当然私一人の力では不可能……だけどぉ……『神様なら』、その限りでは無いと思わない?」

「……その為の鋏、ね」

納得したように頷くユエ。どんな超常現象も、それに僕という存在が関わってると解れば、五色家の人間なら即納得する。

「あとぉ、ツル君が手にしてる矛のトライデントもただの長物じゃあなくってぇ、ツル君に馴染むよう【初代つるぎ】の一部を使ってまぁーす」

「しょ、初代を!? それヤバイでしょ! ウチの【御神体】を機械弄りに流用とか!」

「ひ、人聞き悪いなぁ。ちゃあんとパパに許可取ってるから平気だよぉ」

「父さんたら……母さんの耳に入ったら大目玉ね。……まぁとりあえず、おめでとう」

姉妹の話がひと段落ついたようなので、暇だった僕は、姉にズバリと訊ねる。

「で、ツムグ。僕と初代つるぎ様を使ったんだ。まさか、並行世界の観測だけ――って事は無いよね?」

抉るような僕の問い掛けに、しかしツムグは再び『その質問を待っていた』とばかりにニヤリとして、

「当然だよぉ。ツル君の願いを叶えるって言ったでしょお? 私は……この『更に一段階上の実現の為に』頑張って来たんだからぁ」


――そんな大実験をした後……


「ふぅ」


僕は自分の部屋のベッドの上に仰向けになり、息を吐く。

全く、ツムグの奴、変なのに付き合わせやがって。


結局。あの後ツムグの言う実験とやらは微妙な結果に終わった。と、いうのも、『何も起きなかった』のだ。


あいつの目指していた『結果』には非常に興味を唆られたけれど……目に見える成果が無ければ意味など無い。負けて得られるモノなど皆無。

『トライデント調整するから明日また来てよぉ』とツムグは半ベソで頼んで来たけれど、さてどうしたものか。

明日は月曜。普通に学校がある。何だかこの土日が凄く長く感じた気がするが、それは僕の体内時計がまだ新しいからだろう。新鮮で充実した日々は長く感じるらしいし。

ああ、そうだ。気紛れに、寝る前に、この土日僕に付き合ってくれた女の子三人にメッセージを送ろう。簡単な内容で――スマホアプリで――一斉送信。


『土日楽しかったよー、また明日学園でねー(死神のスタンプ)』


……、……、……ん?

返信が遅いなぁ、いつもは早いのに。お風呂に入ってるか、もう寝てる?

いや、既読マークは付いている。なら、まさかの既読スルー!? 今やそれだけで小中学生らの仲がギクシャクしてしまうというあの!? まぁ僕は気にしないけど。

返信は明日に期待するかと、僕もそろそろ寝ようかとスマホを枕元に放り投げて、『ピコンピコンピコンッ』――同時に、メッセージ受信音が連続で鳴る。

メンドクセェな! しかし三人同時とは何と奇遇な……、うーん?

受信したメッセージを見て、またもや、鼻先を掠める程度の違和感。


『うん! 明日ぬ! (可愛い動物のスタンプ)』

『はい。お弁当、持っていきますので(スタンプなし)』

『おう(スタンプなし)』


……ふむ、何だろうこの違和感。

何気無い、いつも通りの彼女達らしい一文……だが……うーん。

文章のみで相手の心理を読み取るなんて芸当はいくら選ばれし神の子たる僕にも無理だけれど、直感的に言うなら、『返信内容をじっくり考えた感』を感じる? 返信が遅かったのはその為? 一人、なんか焦ったのか誤字ってるし。普段の、僕とのメッセージの遣り取りにある『適当さ』が失われてる気がする。考え過ぎか?

あー…………寝る前に、ゴチャゴチャと深読みしすぎだな。ツムグが変な発明したからだ。明日はもっといびってやろう。


ふぅ。それじゃあ、今度こそ、おやすみなさい。

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