第6話


 入学から約二週間という時間が過ぎた。

 今、私服の俺が居るのは、人の波が絶えず流れ続ける池袋駅の中。

 前回の部活動から約一週間が経ち、写真部の郊外活動の撮影会の場所に向かうため、電車を利用して現地に向かっている途中。


 どうしてたくさんの路線が集まる終点のターミナル駅はどこでもこうなのだろう。

 東京駅とか。何処に目的の路線があるのか正直案内板を見ても分からない所が有る。

 まるでゲームのダンジョンのように。

 一部ではこのような駅はダンジョン駅と呼ばれているらしい。その気持ち、凄い良く分かる。


「陽介ー! 待ってー!」


 あぁ、忘れていた訳ではないが、神原さんも一緒にだ。

 後ろを見て一旦止まると、人の波に飲み込まれ、別の方向に行きそうな神原さんが、ようやく俺に追いつく。


「おいおい。方向音痴にもほどがあるんじゃないか?」

「いやー、ほんっとそうだよね!」


 何でそんな、誇らしげなんだろう。


「俺が居なかったらここまで一人で来れなかったんじゃないの?」

「確かに陽介が隣に住んでいて良かったよ。私一人だったら辿り着く自信ないもん。」


 どうやら一人になったら迷う気満々の神原さん。

 もしかしたら友達と何処かで待ち合わせするってときも待ち合わせ場所にたどり着けなかったりするのかな?

 …………。有り得そう。


「上野駅に着いたら乗り換えがあるからな。はぐれないように気をつけろよ。」

「うん! 分かった!」

  

 八時三十三分に志木駅から出発し池袋駅で乗り換え、七番ホーム山手線外回りで、上野駅へ向かい、そしてまた上野駅で銀座線へ乗り換える。


 目的地へ向かう手順を言葉にすると簡単そうだが、結構迷いかけた。主に神原さんが。

 山手線のホームが場所がわからなくてウロウロしかけたし、早めに出てきて本当に良かったと思う。地下鉄も乗り慣れなくて、ホームを見つけるのに手間取ったし。


 一番の苦労点は、学校内なら神原さんから目を話してもすぐに見つけられそうだが、駅の中で逸れたら見つけられ無さそうなので目は離せなかった事ぐらいだ。

 実際、少し目を離しかけたら神原さんは人の波に飲まれてどっか行きそうになってたし。


 スマホの検索で出てきた理論上の到着時間だと九時二十九分に到着の筈だったが、大体二十分遅れ、九時五十三分に浅草駅についた。

 地下鉄の駅から抜け、有名な雷門の方へ足を進める。

 集合場所は雷門前に浅草観光文化センターはあるらしい。

 一度どんな建物か調べておいて、どんな外見なのか覚えている。

 多分特徴的すぎて一瞬で見つかるだろう。

 地下鉄の駅から地上へ伸びる階段を登りきり、周りの風景を見渡す。


 初めて浅草の街を見て思ったことは、まるで東京ではないような……そうだな。東京の京都みたいだと思った。

 人力車があるし。


 そんなことを思っていると神原さんが興奮した様子で俺に話しけけてくる。


「ねぇ陽介っ! アレって人力車じゃない!? 初めて見た!」

「人力車を見るの初めてなの?」

「うん! 初めて!」


 反対側の車道に五台くらい止まっている人力車を、興奮した様子で神原さんは指差している。

 今気づいたんだが、人力車が止まっている道路に人力車って書いてあるんだな。


「人力車で初めに出てくるイメージって京都だよな。ところで神原さんは京都に行ったことはある?」

「う〜ん……無いかな!」


 京都は修学旅行の定番の筈だが……地域にによって行く場所が違う筈だしな。

 多分何らかの理由があったんだろ。


 地下鉄の出口から徒歩数分の距離に文化センターはある。

 色々とありながら、何とか複雑な路線の入り組んだ駅ダンジョンを攻略して、目的地の浅草文化観光センターの前に九時五十五分にたどり着く事が出来た。

 早めに出てきて本当によかった。

 しかも十時三十分に集合だし時間にも余裕がある。


 集合場所に指定されている、何とも言葉に表しづらい、だけどデザインが凄く良いガラスの面積が多い外見の建物の中に入り、写真部のチャットのログを読むと、どうやらこの二階で集合らしい。

 入り口から入ってすぐ近くの階段を上り階段の途中、一回と二階の間の広いスペースで、見るからに圧倒されるような雷門がそこにあった。

 その景色を見た瞬間、この為にガラスの面積が多かったのか、と気づく。

 

「うわぁ! 雷門! 初めて生で見た!」


 階段を登ると正面の窓の外にはよくテレビで見かける迫力のある雷門がそこに堂々とたたずんでいた。


「神原さん。その台詞はもっと近くで見てからにしなよ。まぁ、ここからでも十分すごいけど。」

「ここからの景色も結構いいし、ここから雷門の写真を取ろうかな〜」

「ここから……か。」


 このスペースの窓際に、雷門を眺めるために設置されたであろう壁から壁までの大きさの横長テーブルと、一定の感覚で設置された椅子。

 

 少し後ろに下がって腰を低めの姿勢でカメラを構え、ワザとその長机と椅子が窓越しの雷門と一緒に映るようにシャッターを切れば中々いい雰囲気の写真が取れそうだ。

 撮った写真をフィルター機能の、カラーカスタマイズを使い、青と緑に色を傾けて落ち着いた雰囲気にするのも良さそう。

 そう思い、瞬時に行動に移した。

 

 試しに一枚。シャッターを切り、画面でどんなのが取れたか確認をする。


 思っていた通りには写せたものの、コレは、何処か、何かが足りなくて"つまらない"写真だ。

 フィルターなどを使い、加工して見たものの、やっぱり、何か……間の抜けた感じがする。

 

 あと一つ何かを入れれば………


 そう思い、カメラの画面から顔を上げ、正面を見ると、神原さんが長机に両手をついて雷門を眺めていた。


 その瞬間、これだ。と思い今度は背をこちらに向けた状態の神原さんを中央にし、一枚目に撮った写真のように入れる。そしてシャッターを切った。

 シャッター音で神原さんはこちらに振り向く。


「あ、ごめん陽介。まだ写真撮ってた?」

「いや、別に謝ることじゃないよ。むしろこちらが感謝したいくらいだ」


 俺のその一言に神原さんは、きれいな疑問符を浮かべている。

 そんな彼女にフィルター加工を施した写真を見せてみた。


「わっ! すごっ! 私をこんな落ち着いた感じに写せるんだ!」

「初めに撮った写真より神原さんがこんな感じで入ると、間の抜けた感じがなくなって上手く取れたと思ってるよ。あ、勝手に撮っちゃってごめん。」


 最後、思わず取りたいと思い、後ろ姿だけど勝手に撮ったことに対するお詫びの言葉も添えた。

 すると、いつだか俺がゆいかちゃんと、誤って呼んでしまった時に見せた小悪魔な笑みが、また彼女からこぼれ落ちる。

 嫌な予感しかしない。こういう表情の神原さんは絶対に何かを企んでいる。


「う〜む。所で陽介、肖像権って知ってる? 確か他人から無断で写真を取られたりするのって侵害に当たるよね〜?」

「つまり………?」

「私も撮らせて。」


 一瞬だけ、自分のモットーにしている『思い立ったら即行動』を実行したことに半分後悔した。

 半分は自分の綺麗だと思う瞬間を撮れたから後悔はしていない。だけど、後悔をしていないと言うとまるで反省をしていないようにも聞こえてしまう。

 と言うかコレは反省する事として受け取った方がいいのか?

 面倒臭そうなのでそこから先考えるのを辞めた。

 代わりにある条件をつければ解決するのでは無いかと思い、先手必勝でこちらからの条件を神原さんに伝える。


「…………後ろ姿だけね。それなら平等だから。」

「う〜ん……分かった!」

「俺はどんな感じにしてればいい?」

「じゃ、そこに雷門の方に向いて座って、何時も通り本でも読んでてよ。あ、体の横にはカメラを置いて、首にかける紐をテーブルからわざと垂らしてみて。」

「結構細かいね。まぁ、分かった。」


 言われるがままに指示されたとおりにする。

 すると後ろからシャッター音が聞こえた後、「おっけー! 上手く取れた!」と、一言聞こえる。

 その言葉を聞き、カメラを持って、神原さんのカメラの画面を除く。

 どうやら、慣れない手付きでフィルター加工を施しているらしい。


「よーし、出来た。陽介のマネしてフィルターを初めて使ってみたんだけど……どうかな?」


 画面に映された一枚の画像をのぞき込む。


 覗き込んだ瞬間、思わず息を飲んだ。不思議と、神原さんの撮った写真にきつけられたからだ。

 俺の取る写真は青と緑を強めにしているため、例えるなら雨の日の部屋のように少し暗く、落ち着いた感じだとしよう。

 神原さんの撮った写真は黄色と赤色の方に色を傾け、まるで午後の暖かな日差しで落ち着きを持たせているかのようだ。

 俺は暗さで落ち着きを持たせ、神原さんは明るいぬくもりで落ち着きを持たせているよう……まるで反対の写真の感じ取れた。


「すごい……」


 ただこれだけしか言えなかった。


「えへへへ、嬉しいなぁ〜そう言ってもらえると。そう言えばこうしてお互いを取り合ったのは六年ぶりだねぇ。」

「ああ、引っ越しのときに別れ際にお互いを一枚ずつ撮ってたね。そう言えばあの時はどっちも写真の技術も全くなかったし、こうしてみると結構変わったね。」


 最近では六年前という単語を聞いて、真っ先に引っ越しの日を思い浮かべられるようになって来た。


「あの頃から陽介は結構技術あったと思うよ?」

「そうか?」

「うん。そう。」


 その後は二階の観光情報コーナーの済のベンチでカメラのレンズを拭いたり、暇つぶしに神原さんと談笑をしていると、そろそろ集合時間が近づいてきたな。



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27中6話目


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