第37話 変態後輩とテスト勉強

「――ここは……ああ、そういうことか」


 6月も下旬に入り始めたとある日、学校を終えた俺は早々に自室にこもって机にかじりつき、シャーペンを動かしていた。

 

 ――コンコン。


 無音の中に響く文字を書く音に混じって聞こえてきたその音に、俺は顔を上げて扉の方を見た。

 やべえな、奴がきた。


 いつもは無許可で部屋に侵入してくる奴には、期末テストに向けて勉強することを伝えてあるので、それを考慮しての行動だろう。

 まさかあの変態にそんな配慮をする心が残っていたなんてな。


 ――コンコンコン。


「……ふむ」


 今もなお響き続けるノックの音に、立ち上がった俺は、扉の前まで歩くと、


「これでよし」


 しっかりと施錠をした。

 

 ――ドンドンドンガチャガチャガチャ!!


 鍵をかけた音が聞こえたのだろう。

 外から聞こえる音は優しいノックから、怒りの乱舞へと変貌を遂げた。


『せーんぱーいー! なんで鍵かけるんですかぁ! 開けてくださいよぉー!』

「やだよ。用件だけ言え、なんの用だ」


 扉越しに冷たく応じる。


『今日のせんぱいは塩対応強めなんですね! とっても興奮します!』

「今すぐ立ち去れド変態が」


 にべもなくそう言い放ち、俺は扉から離れて机に戻った。

 そもそも俺は大体塩対応だろうが。それでもエクスタシーを感じられてしまって全く意味を成してないが。


 俺は未だにうるさく音を立てる扉にため息を1つつくと、シャーペンを握り直して、勉強を再開させる。


「わたしが来ました!」

「うわぁお!?」

「もーっ、せんぱいってばいじわるです。そんなところも大好きですけどっ」


 ベランダ伝って窓から来やがった!?

 あまりにも予想外すぎて芸人の下手なリアクションみたいな声を上げてしまった俺を誰が責められるだろうか。


「お前どっから入って来てんだよ!?」

「いやーこんなこともあろうかと学校に行く前に窓を開けておいてよかったです」

「どんなことがあると想定すれば窓の鍵を開けておくなんて予想が出来るわけ!?」

「せんぱいのことならなんでもお見通し、ですっ」


 微笑み+ウィンクの爆弾は簡単に俺を恐怖へと誘った。

 もー怖い! 仕草は可愛らしいのにそれがまた寒気を誘う! 怖い!


「というわけでせんぱいっ! 一緒に勉強しましょう!」

「断る。お前絶対邪魔するし」

「そんな! 邪魔なんてしませんよ! せんぱいの膝の上で大人しくしてますから!」

「邪魔ァ!」


 言いながら、本当に俺の膝の上に座ろうとしてくる奏多を躱し、立ち上がった。

 

「あんっ、せんぱいのいけず!」

「あのなぁ……俺はお前みたいに頭が良くないわけ。頼むから邪魔しないでくれ」

「でもせんぱい。よく考えてみてください」

「あ? なにを?」

「せんぱいが赤点を取り続けて留年をすれば、将来的にわたしと一緒に暮らしていけるだけじゃなくて、わたしと一緒の学年になれるんですよ? それってメリットじゃないですか?」

「最大のデメリットじゃねえか」


 戯言にもほどがある。

 冷めた目で奏多を見ると、頬を赤らめて悶えられた。

 分かってはいたが、こいつは本当にもう手遅れだ。


「もちろん冗談ですよ。一緒に勉強したいって言うのは偽らざる本音ですけど!」

「そもそも俺とお前は学年が違うんだから一緒に勉強したところで、実際には別々に勉強してるのと変わらないだろうが」

「それはそれでまた捗ります。要は1人のプレイを相互で見せ合ってるってことですよね?」

「全然違えだろ!」


 どう解釈したら今の返答が出来るわけ!?

 もうどう対処したらいいか分かんねえ!


「とにかく! 1人で勉強した方が効率的だ! なんなら翔也とか咲良先輩に聞いた方がいい! お前まだ2年の内容理解出来ないだろ!」

「だったらせんぱいがわたしに勉強を教えてくださいよぉ」

「お前俺より成績いいだろうが」

「でもでも、人に教えるのって自分の理解に繋がるって言うじゃないですかぁ! 学年が下の勉強とはいえ、基礎の確認にはなるんじゃないですか?」


 確かにそれはそうだけどな……はあ。


「仕方ないな。場所をリビングに移すから、お前も勉強道具持ってこい」


 このまま相手をし続けるよりはそっちの方が遥かに時間の浪費が少なそうだ。

 

「わーいせんぱいと家庭教師プレ……せんぱいが家庭教師ー!」

「お前今家庭教師プレイつったか!? さてはそれが目的だったな!?」


 前言撤回。

 どう転んでも俺が疲れ果てる未来しか見えない。


「さあ、せんぱい。早速わたしを使ったイケナイ勉強をしましょう!」

「いらん枕詞を付け加えるな。おら、ノート開け」

「なるほど。無理矢理でオラオラ系家庭教師ですか。アリですね」

「むしろお前が俺に対してナシと思える属性があるなら聞きたい。それなら即座に実行してやるから」


 こいつを黙らせることが出来るのなら、俺はどんな汚名だって被るしどんな嫌な役でもこなしてみせよう。


「いいから早くするぞ。ってお前ノートかなり綺麗に取ってるな……すげえ分かりやすいし」


 教師が言った問題のポイントなんかも細かくまとめられてるし……こういう部分にこいつのハイスペックさを感じる。

 どうしてこの真面目さを普段からの言動に活かせないのかが不思議でたまらないが。


「えへへー、もっと褒めてくれてもいいんですよぉ? むしろ褒めてください!」

「はいはい、ウザいウザい。で、こういうノートってどうやったら取れるんだ? なんかコツとかあるのか?」

「あ、それはですねー」


 結局、俺が勉強を教えるのではなく、逆に俺がノートの取り方を教わることになってしまったのだった。

 なんかこいつに教えられると負けた気分になるのはなんでなんだろうな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る