狼少年と不幸な少女

@west8129

第1章


満月の夜、野山を駆ける獣の姿があった。


「ハッハッハッ」


獣は歓喜していた。

これから始まる新しい生活、新しい出会いに気持ちの昂ぶりを抑える事が出来ず、こうして真夜中に人目を避けて下見にやってきたわけだが、気が付けば目的地の下見の事などすっかり忘れて、裏手にある木々が広がる野山を全力で駆け回っていた。


 ここには野犬や野ウサギの姿はなく、囀る鳥も今は寝静まり、耳に入るのは風に揺れる木々の葉音と虫の囁き声くらいなものだったが、それでも獣の心がこれまでにないくらい昂っていた。

 産まれて間もなく、人目を忍ぶように住処を転々とする日々が続いたため、一人で外に出るなんて経験はした事がなかった。

 それについて不満を感じたり、家族に対して憤りを露わにしたことは一度たりともなかった。

 なぜなら自分が一族にとって如何に重要な存在であるかは、幼い頃から幾度となく母さんやお婆様から聞かされてきたからだ。

 そして今、こうして自分が一人で外出する事を許されたのも、二人からの信頼の証に他ならなかった。そのことが何よりも誇らしく、また嬉しかった。

 

 駆け回ることにようやく満足すると、今度はゆっくりと歩幅緩めながら、土の感触を確かめるようにトコトコと歩き始める。

 

(そういえば、今は何時頃だろう?)

 

 鼓動はまだ早鐘を打っていたが、それが徐々に治まっていくのがなんとも心地よく、その余韻を味わいながら、あらためて明日から自分が通う建物に目を向ける。

 それは自分が暮らしている屋敷とは随分と形の異なる、巨大で角張った無骨なデザインの建物だった。外観は灰色一色で、何か所かある窓には所々深緑色のカーテンが掛けられていた。色合いだけで言えばなんとも殺風景な印象を受ける。

 その建物が並列して二棟あり、その隣にはぽっこりと丸みを帯びた屋根の建造物があった。

 建物の前には三つの建物を合わせたよりも、倍近くありそうな広さの空き地が広がっており、その空き地には楕円形の形をした印が薄っすらと付けられていた。空き地の隅には物置小屋のような物が設置されていた。


(ああ、明日からあそこで、大勢の人たちと一緒に駆け回れるんだ!)


 嬉しさと興奮のあまり、その場でピョンピョンと跳ね回る。

 友達はできるだろうか?自分と同じく駆けっこが好きな子はいるのかな?

不安と興奮の入り混じった気持ちで建物を眺めながら、ゆっくりと歩を進めて行く。

 

 ふと、屋上に視線を向けたところで足が止まる。

 

(おや?)


 確か、ここは朝から夕暮れまでの間、子どもたちが遊び、学ぶ場だと教えられた。

 自分が屋敷を飛び出してきたのが、零時をちょうど周った頃だったはずだから、現在の時刻は当然零時をとうに過ぎているはず。

 子どもはもちろん、大人ですら、人が出歩くような時間ではない。

 そもそも建物の門扉は夜の間は閉められていて、入ることなどできないはずだ。


(あの少女は屋上で何をしているのだろう?)


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