第7話 マジカルナンバー7

 奇妙な音楽が流れている。人の期待と不安を同時に煽るような音色。まるでサーカス小屋で道化師をより滑稽に彩るためのような。

 暗闇の中に、男の笑顔が浮き上がる。

「突然ですが、覚えてください」

 彼の言葉と共に空間には二十程の様々なモノが姿を現した。

 それは犬であったり、絵の具であったり、鹿であったり、スイカであったり、建物であったり、なんの統一性もない。

 アダムは完璧な笑顔のまま数秒間じっと黙っている。

 すると、フッと彼の周りに浮かんでいた様々なモノが蝋燭の火が風に消されるように消えてしまう。

「皆さんはいくつ覚えられましたか? 多くて8・9、少なくて5・6程ではないでしょうか? この7を中心とした短期記憶における数こそを、心理学者ジョージ・ミラーはマジカルナンバー7と呼びました」

 アダムは神妙な面持ちでテレビの向こうにそう説明をする。

 すると、また暗闇の奥から人の姿が浮かび上がった。女性型アンドロイドE-5E-99、通称エヴァ型である。清楚なイメージで製造された彼女は青いラインの入った白いシンプルなワンピースを着用していおり、青白くライトケーブルを光らせていた。

「7という数字は古来よりあらゆる場で姿を現してきました。七つの海、七つの大罪、七不思議、七福神。一週間は七日間ですし、キリスト教における神は七日目に休息を取りました」

 エヴァの言葉と共に彼女の周囲にはそれぞれを象徴するものが現れる。

「反し、8という数字は多くのものを示す意味合いが強い。八百屋、八百万の神、嘘八百。エンジェルナンバーにおいて8は無限∞すら意味するのです」

「この7と8という数字の境目には、計り知れない境界線があるようにも思えます。 現にジョージ・ミラー博士も"7に符号する背景には何か深淵な、内に秘めたる理由があるのではないか"と書き残しています」

「さて、少し話を戻して!」パンッと手を叩き、アダムがカメラの向こうを笑顔で見据える。

「皆さん、先程お見せしたもの、まだ覚えていますか? では確認してみましょう。どうです? どれを覚えていました? 何であれ正解も間違いもありません。しかし気がかりが一つ。それは記憶の偏りです。何故は覚えられ、何故は覚えられなかったのか?」

「記憶とは無慈悲なもの。情報のかたまり、すなわちチャンクの前では事象や物質、生物も全て等しい存在と化します」

「それならば! これらが人間に置き換えられたならば。皆さんは誰を……どのチャンクを覚えますか?」


『マジカルナンバー7!!』


 タイトルコールと共にけたたましい歓声があがった。

 番組ロゴが画面に表示され、その背景には色とりどりの照明で照らされるステージと盛り上がる審査兼観衆ドロイドたちの姿が映し出される。

 脳を揺さぶるようなサイバー音楽が流れる。ズン、ズン、と空気を揺らす重低音と同時に興奮状態を煽るような高音が虫の羽音のように飛びまわる中、ステージ背景にある巨大なモニターが割れ、五体のアンドロイドが姿を現す。

「全世界七十二億三千九百五十七人の皆さん、こんばんは! 本日もこの時間がやって参りました。マジカルナンバー7!」

 白い歯を光らせ、大きく手を振りアダムが挨拶をする。

 マジカルナンバー7の言葉と共に、番組お決まりの頭上で指をパチンと鳴らしてから手のひらで7の数字を描くポーズをビシッと決めている。

「司会は私、A-D7M9、通称"アダム"と」

「司会補佐のE-5E-99」

「"エヴァ"って呼んであげて下さいね」

 清楚な微笑みで挨拶をする相方にアダムはそう付け加えた。

「そして進行補佐には~?」

「E-N0S1、通称"エノス"」

「K-N42N、通称"ケナン"」

「Y-R5D0、通称"ヤレド"」

 三体のアンドロイド(白いシャツに黒いパンツとベスト、ネクタイを着用している)が次々と名乗りをあげ、その都度観客席からは歓声があがる。

 アダムは全員分の声を受け止めるように手をあげて応え、ステージの中央に立つと高らかに声をあげた。

「以上がお送りします。それではみなさん、ご一緒に!」


「進化の未来を守るために! 『マジカルナンバー7』!」


 会場を揺らすような、お決まりのコールだ。

 ドローンカメラがアダムの前までやってくる。アダムはレンズに向かってきらりと光る笑顔を見せる。するとステージの背後や観客席の上にも設置されたモニターにその映像が映しだされていた。

「東京国際第四文化ネオホールAステージからお送りしております、日本二十代部門マジカルナンバー7。会場には多くの審査ドロイドが駆けつけてくれています」

 ワァッと客席から一際大きな歓声があがる。

「会場の外にも数多く、応援に駆けつけてくれた人々がいるようですね」美しく微笑むエヴァが言う。続いてアダムはカメラに向かって大きく手を振った。

「残念ながら規律の都合で召集者以外は会場に入れませんが、会場外に集まっている皆さんのために、場外モニターでもこちらの様子をお届けしまーす!」


 ネオホール前の広場に設置されていた巨大なストリートモニターでは、言葉通り生放送が流されていた。

 道行く人々のほとんどが公害にすら思える音量のそれを聞こえないふりでもするように素通りしてゆく。しかし、ストリートモニターの前にも十数人の人間が集まっていた。その誰も彼も、モニターに映る笑顔のアンドロイドとは正反対の表情を浮かべている。


「なに、待ちきれない? そうだよね、きっと彼らもそのはず。今頃いつ呼ばれるかってドキドキしているはずだ。ではさっそく、今回のマジカルナンバー7参加者を紹介しよう!!」

 ステージから真っ黒な八つのボックスが等間隔でせりあがった。

 またあがる歓声を煽りながら、アダムは上手の一番端にある一つ目のボックスを叩く。

「九条千鶴!」

 名前を呼ばれると共にボックスの壁が透明に変化した。

 いきなり現れた広いステージと目を潰すかのような極彩色の光と歓声。ボックスの中にいる九条は声をあげそうになるのを耐え、ぐっと前を見据える。

「風坂治虫!」

 開けた視界に密かに唾を飲み下し、風坂は顎をあげた。

「雪永妃咲!」

 あがる歓声に雪永はにっこりと笑って手を振る。

「斎藤保一!」

 目の前の異様な盛り上がりなど見えていないように、斎藤はただ突っ立っていた。

「言根花!」

 観衆に圧されギャアと声をあげる言根だが、防音のために聞こえない。

「中井谷武蔵!」

 汗が背筋を伝う感覚を無視して、中井谷はピースサインを作った。

「柏原五子!」

 壁が黒かろうが透明だろうが、柏原の反応は変わらない。

「須和明弘!」

 同じく、須和も透明な壁の向こうに広がる狂気じみた熱気にピクリとも反応しない。

 ボックスが開かれ、八人は事前説明の通りに前へと足を進めた。

 肩を並べ、八人の男女は二時間の運命を共にする同志であり最大の敵の顔を見る。

「今宵運命を決する八人。この中にいずれ人類の未来を光へと導く若者はいるのでしょうか?」

「そしてこの中の誰が最も存在理由がないのか。その答えは番組終了時間に分かることでしょう!」

 サイバー音楽から荘厳なファンファーレに音楽が切り替わり、まるで天から差す光に照らされるようにスポットがステージ後方の上段に並んだアンドロイドを捉える。彼らはザッと一切の乱れなく左手を上へとあげた。それは観客席にいる全ての審査ドロイドも同じだった。

「宣誓。我々アンドロイドは、人類を永遠に支える従者である」

「宣誓。我々アンドロイドは、人類を永遠に守る加護者である」

「宣誓。我々アンドロイドは、人類を永遠へと導く指導者である」

「宣誓。我々アンドロイドは、人類が道を違えれば罰する断罪者である」

 エヴァ、エノス、ヤレド、ケナンが次々と宣誓を告げてゆく。その声はホール全体に響き渡っていった。

「以上に従い、我々アンドロイドは人類の時と魂をより高く遠くへと誘うべく、マジカルナンバー7プロジェクトを執行致します!」

 アダムの宣言に歓声は最高潮へと達する。

 断頭台になり得るステージで歓声を真正面から受け止めながら、八人の人間はそれぞれに緊張や興奮や高揚に表情を歪ませてゆく。

(いよいよだ、ついに始まる!)と中井谷。

(とうとうこの時が訪れてしまった……)と言根。

(問題はない、必ず切り抜けられる)と風坂。

(楽勝、絶対選ばれる!)と雪永。

(もうなるようにしかならないわね)と九条。

 斎藤と柏原と須和の三名に限り、まるで平素と変わらぬ表情だ。

 アダムはドローンカメラに向かってピシリと指を差し、宣言した。

「全ては人類の未来のために! はじめましょう! マジカルナンバー7!!」

「それでは一旦CMです」

「って始まらんのか~いッ!!」

 始まらなかった。

 エヴァの微笑みと共にドローンカメラが引いてゆき、アダムやケナンたちがずっこけたポーズを取る。

『マジカルナンバー7』と番組のタイトルコールと共にCMに突入したようだ。

 司会ドロイドや審査ドロイド全てが静かに首を落として動かなくなる。

 数秒前まで熱気に溢れかえっていた空間が、今では深海の底のように静まり返っていた。

「…………見た顔が多いわね」

 口を開いたのは九条だった。

 彼女は腕を組んで、自分の横に並ぶ七人を半ば睨むように見た。

 それぞれが互いの顔を確認し、大概が嫌悪の表情を浮かべる。

 風坂は隣に立つ、先ほどまでは白衣を着ていた男に「あんたも参加者だったのか」と皮肉っぽく声をかけた。斉藤は何も返さない。

「あの~、やっぱり後でサインも貰っていい?」

「大丈夫ですよぉ」

 ヘラヘラと笑っている中井谷とにこにこ笑っている雪永には、どうにも緊張感が足りない。

 言根は呼吸を浅くしながら小動物のように周囲をキョドキョドと見回し、動く気配のないアダムたちをじっと見つめだした。

「やめておいたほうがいいですよ」

「えっ」

 声をかけられ、言根は振り返る。

 斎藤が列は崩さず視線だけを彼女に向けていた。

「非効率な作動はしないだけです。逃げれば捕まる」

「そのとおりです。CM開けまでお待ちください」

 いつの間にかアダムが顔をあげてにっこりと笑っているではないか。

 ギャアと声をあげる言根。九条や雪永や中井谷も息を呑んだ。

 アダムは一言告げるとまたすぐにカクンと首を落とし動かなくなった。

 九条は一瞬でも怯えた自分を取り繕うように胸を張り、斎藤を睨む。

「なんで言っちゃうの? この子が逃げ出してくれれば、私たちは帰れたのに」

「人助けすることはいけませんか」

「人助けって、どうせこの中から一人は……」風坂が鼻を鳴らした。

「放送中だったらポイント高かったかもしれないですね」と雪永。

「人助けしたければアンタが外れなさいよ。そうすれば私たち、とっても助かるわぁ」

「おいちょっと」

「残念ながら立候補の権利は我々にはありません」

「それに善人なら選ばれるってわけじゃないしな」

 九条の言葉に中井谷が仲裁しようとしたが、その前に斎藤がやや目つきを鋭くして言い返した。風坂も眼鏡をくいっとあげながら続ける。

 成り行きを見ていた柏原は九条と風坂を見て尋ねた。

「あなた達、いつもそうやって人の善行に口を出しているの?」

「善行? 偽善よ」

「なんであれ何もしない人よりマシなんじゃないかしら」

「アア?」九条が剣呑な唸りをあげる。風坂の目元も人知れず小さく痙攣した。

「な、仲良くしようよ……」周囲に静電気でも走ったような心地に中井谷がか細く言う。

 その声を拾った風坂がまたどうでもいいことのように「仲良くって、どうせこの中から一人は……」と呟いたところで、CM開けを合図するタイトルコールが流れ、八人は姿勢を正して会話を打ち切ったのだった。

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