No.4 コールド・インヴィティション



 紅の王女とやらの噂を聞いたあとは、自前のマッシュルーム栽培をして週末までの日を過ごした。

 適当に借りた宿で朝から晩まで、きたる日に備えた栽培の日々は体力と臭い的に厳しいものがあったが、なんとかそこは気力と魔法で乗り切った。

 

 そしてやっと今、噂を確かめられる週末の朝というわけになる。


 この街に来てからもう何週間も経っているので、他に見て回りたいところは別にない。

 もう後は生王女を観察すれば、かなり俺は満足だ。


「《カメラ》」


 せっかく生王女に会えるというわけで、俺は撮影機を創造クリエイトする。

 絵を描くという事と、写真を撮るという事は同じ芸術作業として共通しているのだ。ゆえにちょっとくらい無許可で写真の一枚や二枚撮っても問題ないだろう。

 

 だけどもしかしたら警備兵らへんに没収されるかもな。


 この世界には魔法器具マジックツールなる電気の代わりに魔力を使った家電製品みたいな道具があるが、そこには残念ながら全年齢非対象の方のAV機器は存在していない。

 そのためこっちの世界に来てから、俺の妄想力はだいぶ向上したように思える。適応進化というやつだろう。


「王女か……」


 高貴なる撮影会に赴くため身支度をしていると、ふと懐かしい記憶を思い出し、つい独り言を漏らしてしまう。

 俺はかつて一度、姫、そう呼ばれるべき立場の少女に会ったことがある。

 というより会ったことがあるどころではない。

 そのお姫様と一緒に、俺は魔法運搬機器マジックビークルなどという、俺の元いた世界でいう新幹線みたいな乗り物を勝手に奪い去って街中を爆走したのだ。


 改めて思う。よく俺は前科者にならずにすんでいると。


 英雄にしてはあまりに荒ぶった過去に、思わず苦笑する。

 俺にそんな無茶を強要させた、あのお転婆王女は今頃どこで何をしているのだろうか。

 話を聞くところによると、一度王位を継承したくせに、その責務を妹の方に投げてどこかに旅立ったらしい。

 探そうと思えば魔力探知を使って見つけ出すことはできると思うが、さすがにそれは無粋が過ぎるか。


 この荒唐無稽な思い出を、彼女も少しくらい覚えてくれているといいな。


 やがて短い回顧を途切れさせると、俺はささやかなセンチメンタルと共に立ち上がり部屋を出る。

 これまで王族と関わってろくなことになった記憶はないが、さすがに今回は大丈夫なはず。

 扉を押し開け、廊下を進み、いそいそと階段を下っていく。

 そして宿の外に出て、昼下がりの陽光に目を細める頃には、俺の頭の中はどのアングルで攻めるのが最も効率的かというシミュレーションで埋め尽くされていた。




「……あれ、ここで合ってるよな?」


 しかし意気揚々と街を歩き、数日前タツキに言われた通りスカイボルト広場までやってきたが、そこには王女らしき人物の影も形もなく、王女を一目見ようとする野次馬ども全く見当たらなかった。

 これはどういうことだろう。

 まさかタツキは俺に虚偽の情報を与えたというのか。

 いや、それはないな。どう考えても彼女にメリットがない。


 それに、むしろ普段より人気が少ない?


 ずっと興奮状態だったためこれまで気づかなかったが、どうも街全体の人通りがいつもより控えめな気がする。

 週末はこちらの世界でも基本的に休日となっていることが多く、通常ならば一週間のうちもっとも街に活気が溢れるのはずなのに、どうしてか殺風景な空気感が辺りには漂っていた。

 俺が宿に引きこもって自主トレーニングに明け暮れている間に、この街、または国になにか問題でも起きたのかもしれない。


 どうしよう。出直した方がいいのかな。それとも誰かに事情を尋ねてみようか。

 

 首からお手製カメラをぶら下げている俺は、お目当ての被写体がどこを探しても見つからない現状に困り果てる。

 この昂る思いをどこへぶつければいいのか。

 仕方ないので通行人を厳選にセレクションして、ローアングルを頂戴して気持ちを一旦鎮めることにしよう。

 こちらの世界の人々は異様に顔面とボディレベルが高いので、とりあえずはそれで満足できるはずだ。



「おい、そこの怪しいお前、止まれ」

「え?」



 だがそこで、俄然やる気を取り戻した俺を妨げる声がかかる。

 こちらを睨みつけるのは警戒心をあからさまに露見させた二人組の男女。

 特徴的なデザインをした漆黒のローブに、大きく“W”の字が刻まれている。

 俺はこの服を知っていて、明らかな敵意を向けてくる男たちの素性についてもすぐに見当がついた。


 公認魔術師オフィシャル・ウィザード


 それは世界平和を掲げ、あらゆる国家の治安維持に貢献する組織の一員。

 組織単体で小国程度なら軽く凌駕する戦力を誇る、最強の魔術師集団である世界魔術師機構に属する者たちだ。

 え。嘘だろ。これまさか職質なのか。

 俺、世界を救った英雄なのに。


「こんなところで何を挙動不審にキョロついてんだ、ああん? 今この街がどんな状況かわかってんだろ?」

「すいませんねー。この人めちゃくちゃ柄悪いけど、一応本物の公認魔術師だから。あ、これ私の魔術師免許証ウィザード・ライセンスね」

「え、えーと……」


 完全にビビりまくって思考が停止しつつある俺は、上手く言葉を返せない。

 銀髪の男の方はどう見ても俺を威圧してるし、口調が丁寧な女の方も目は笑っていなく、俺の全身を舐め回すように注視している。

 あれ? 

 舐め回す?

 なんかちょっと興奮してきた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「な、なんでしょうか?」

「ああん? おい! モカ! なにまどろっこしいことしてんだ! こいつを力尽くで連れてって、王に直接こいつかどうか訊けば済むだろ!」

「ちょっとヴォルフうるさい。今、私が喋ってる」

「……ちっ」


 いきり立つ男をたった一言で黙らせると、女は一歩俺の方に近づく。

 冷めた目つきにも関わらず口角だけがやたら上がっていて、若干不気味だ。

 興奮と恐怖でごちゃ混ぜになった緊張の中、俺は唾を大きく飲み込む。


「数日前、このホグワイツ王国の王であるガイザス・シーザー・カエサルが暴漢に襲われて、その暴漢に捜索願が出されてるのは知ってるわよね?」

「え? そ、そうなんですか。いや、初耳です」


 なんということだ。知らない間にこの街では、国王襲撃事件が起きていたらしい。

 人気がやけに少ないと感じたのも、そのせいか。

 彼女たちは国から直々に依頼されて、その犯人探し兼治安警備をしているというところだろう。

 この世界では強力な魔法使いと一般人の間には天と地ほどの差がある。こういった事件には、兵士より公認魔術師の方が適役だ。


「……そう。じゃあ、質問を変えるわね。実は暴漢に襲われて気絶させられたガイザス王は、幸運なことに大きな外傷はなかったんだけど、見つかった場所が変だったの。王がどこで見つかったと思う? 想像つく?」

「やっぱり城の中じゃないんですか? ほ、ほら、王様だし」

「ううん。違うわ」


 しかし国王襲撃の犯人だと俺を疑う女のする質問は、なんとも奇妙なものだった。

 王が襲われた場所をどこだと予想するかだって?

 知らないよそんなの。

 ここはちょっとばかし、ユーモアを利かせてこの胃が痛くなるような空気を緩和させてみようかな。

 

「そうですね、たとえば、公園の広場の真ん中で仰向けになってたり? しかもその上に、毛布とかかけられたりしちゃってたり?」

「……え?」


 女の紫色の瞳が、驚きに見開かれる。

 まさかこの見た目根暗糞陰キャラ野郎から、これほどセンスに満ち溢れたジョークが飛び出してくるとは思わなかったのだろう。

 俺が口にしたのは、偶然今思い出した数日前の早朝に出会った変なオッサンのことだ。

 あのオッサンは元気にしてるのかな。もう二度と会うことはないだろうけど。



「――ヴォルフ! ビンゴ!」

「いよぉぉしっゃぁあああ!!!」



 しかしその時、なぜか唐突に真紅の光が明滅し、身を焦がすような熱が俺の周囲に満ちる。

 女はきつく細められた瞳と同色の長髪を揺らし、大きく後ろに飛び退く。

 ん? なんだこれ? 俺、もしかしてなんかやらかした?



「犯人を発見! ヴォルフ、王の依頼は生きたまま連れてこいよ! 殺さない程度に痛めつけて!」

「ハッ! そいつぁ約束できねぇなぁ! 燃えろオラァ! 《イルフレイム》!」



 そして俺を中心に爆発する猛火と共に、俺の意識は強制的にそこで一旦飛ばされた。 

 

 


――――――




 世界魔術師機構の前身である、国際魔術連盟の時代から公認魔術師として働いていたモカ・パンニーニは嫌な予感に苛まれていた。

 黒髪に明るい茶色と金色のオッドアイ。顔つきは若く背丈は中程度。

 ホグワイツ国王ガイザスから聞いたそれなりに珍しい特徴に一致している青年を発見した時、彼女は警戒こそしつつも、その青年がくだんの人物だと初めは考えていなかった。

 たしかに見たこともない奇怪な魔法器具を持ち、厳重警戒中の街で辺りを不審に見渡す青年は実に怪しい存在だったが、その青年の身に纏う平凡な空気と、嘘を言っているようには見えない率直な反応からは王家を襲うような人物に到底思えなかったからだ。


 しかし、一応の念押しの意味でかけた質問に対する青年の答えはモカに大きな動揺を与えた。


 公園の広場の仰向けになり、しかもその身には毛布をかけられていた。

 これは未開示のもので、捜索に関係する人物か、直接国王襲撃の現場を見た者しか知らないはずの情報。

 早朝、気絶しているガイザスを発見したのは朝番の警備兵で、目撃情報は他に一切ないとモカには教えられている。

 そんな中、国王自ら証言した人物像に一致し、なおかつ疑いの目を公認魔術師から向けられている状況下で、その限られた者しか知らないはずの情報を口にする青年。

 これは挑発。

 一瞬で疑念は確信に変わり、彼女は戦闘態勢を整えた。



「ちっ。さすがに国王に喧嘩を売るだけはあるな。見た目によらず、こいつ、強ぇぞ」

「……みたいね。さっきまでと雰囲気がまったく違う」



 モカと同じく公認魔術師で、彼女のパートナーでもあるヴォルフが火属性中級魔法を手加減なく一見無防備に見えた青年へ叩き込んだが、勝負はまだ決していないようだ。

 粉塵揺らめく視線の先には、黒髪の青年が先ほどまったく変わらない姿勢で佇んでいる。


 唯一変わった点は、その瞳が両方とも眩いばかりの黄金色に変化したところか。


 いつ無属性魔法を発動させたのか、青年の身にはうっすらと魔力が纏われているのがわかる。

 その密度は熟練の魔法使いであるモカにも計り切れない。

 

(こいつ、ただ者じゃないわね。最初の平凡な気配はまさかブラフだったっていうの? これは本気でやらないと、ヴォルフと二人がかりでも足下救われそう)


 ローブの中に潜ませていたナイフを抜き去り、モカは魔力を練り上げていく。


「行くわよ! ヴォルフ!」

「言われなくてもいくっつんだよぉ!」


 怯えを多分に含んでいた先ほどまでとは打って変わって、今の青年の顔には何の感情も浮かんでいない。

 ただ瞬きをすることもなく、静かにモカたちを見定めているだけだ。


「オラァ! 大人しく燃えろコラァ! 《フレイランス》!」

「斬り裂いて! 《キラーフェザー》!」


 凄まじい熱量を秘めた炎の槍が四本宙に出現し、その切っ先全てが青年に向かう。

 それに合わせてモカは、青年の回避する空間を潰すように風の刃を放った。



「無意味だ」



 だが魔法の詠唱さえなく、青年がただ手を横に薙ぐだけでその全ては打ち消されてしまう。


「ああんっ!?」

「嘘っ!? なんで!?」


 自分たちの発動させた魔法が、跡形もなく消滅させられる様に、モカとヴォルフは狼狽を隠せない。

 

(私もヴォルフも当然手は抜いてない。なのに私たちの全力の中級魔法をただ手で仰ぐだけで掻き消した? ありえない。一体どんな手品を使ったっていうの? まさか味方が他にいる?)


 青年の異様な存在感は時間が経つほどに増していくばかり。

 敵は想像以上。

 理解できない青年の力に、モカは何とか突破口を探そうと思考を巡らした。



「ムト・ジャンヌダルクは、貴公たちとの戦いに意味がないと言っている」



 その時、忽然と青年の姿が消える。

 ふと頬を軽く撫でる風。

 まずい。

 直感的に致命の危機を覚えるが、全ては決した後だった。


「があっ……!」

「ヴォルフ!?」


 反射的に隣りを見れば、目から光を失い地面に落ちていくヴォルフの姿が見える。

 やられた。

 両手に握ったナイフを目標を定められないまま、やみくもに振り回そうとするが、彼女の身体はピクリとも動かない。


(なっ! 身体が凍ってる!? もしかして氷属性の魔法なの!? しかも無詠唱だし! ちょっ、相手が悪いってもんじゃないじゃない!)


 あまりの焦燥に気づけなかったが、モカの首から下は全て刹那の間に氷漬けにされていた。

 氷属性の魔法。

 それは派生属性、または合成属性と呼ばれる特別な魔法で、大陸全土を見渡しても使える者はほとんどいない。

 数少ない使える者となると、元九賢人序列三位のクレスティーナ・アレキサンダーなど、伝説級の魔法使いの名が上がってしまう。

 さらにはその派生属性を無詠唱で発動させたという事実。無詠唱は通常の詠唱に比べ、難度、使用魔力が階級一つ分も上がってしまう高等技術だ。

 相手は格上。

 しかも善戦することさえ困難な領域の相手だと今更ながらに気づき、モカは戦慄した。


「もう一度言う、無意味だ。ムト・ジャンヌダルクに立ちはだかれる者はいない」


 繰り返される青年の冷たい言葉は、モカの真後ろから。

 だがそこで彼女は、ある可能性に気づく。

 それは青年が自称する、世界最強の魔法使いの名。

 彼女は微塵も青年の言葉を信じていないが、もしも青年が英雄の名を語り続けるのならば、この窮地を抜け出せる可能性があった。


「……そのムト・ジャンヌダルクっていうのは、あの英雄の? 貴方は自分が三年前に世界を救ったあの英雄だと言うの?」

「そうだ」

「なら、その証拠が欲しい。もし、貴方があの英雄その人だと証明できるならば、これまでの非礼を謝るわ」

「証拠? どうすれば信じる?」


 期待していた通りの問答。

 どうしても自らを英雄だと言い張り続ける青年に対し、モカは挑戦的な言葉をゆっくりと紡いだ。


「明日、ここホグワイツ国王の首都ゼウスに“救世の三番目”ユラウリ・カエサルが来ることになってる。もし貴方が本物のムト・ジャンヌダルクならば、彼女がその証明をしてくれるはずよ。だってユラウリ・カエサルは、三年前にのムト・ジャンヌダルクに会ったことがあるから。そうでしょう?」


 そこまで言い切った時、初めて思案する表情に変わった青年を見て、モカは心臓の音を高鳴らせる。

 ここで青年が英雄の名をあっさり切り捨てれば、そこからが彼女の本番だ。

 英雄の名にこだわる様子の青年から、なぜこのような事件を起こしたのかを聞き出す。

 目的を聞き出したあとは、それに対して協力をする振りをして、一旦この窮地を抜け出す。

 どうにかして青年を騙す算段を考えつつ、祈るような気持ちでモカは返答を待つ。



「……わかりました。それでいいです。ちょっと今の状況がよくわからないけど、とにかくそれで俺の疑いが晴れるなら」

「え? いいの?」



 しかし予想外にも返されたのは了承の答え。

 それを受けたモカは、あっけにとられた声を漏らす。

 気づけば収まっていた威圧の気配。

 背後から聞こえる声には、もう鋭利な刃の如き冷たさはない。


 

(もしかしてこの人本当に……?)



 そしてこれまでとはまた別の戦慄に晒されながら、モカは増援を呼ぶべく合図の笛を高らかに鳴らすのだった。

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