食事

 漂ってくるのは、肉の焼ける香ばしい匂い。

 鼻腔をくすぐる刺激に、ユーリアの意識は否応なく覚醒する。

 瞼を開くと、そこは先ほど目覚めた時と同じ天井。

 自分がいつの間にか寝ていた事に、一瞬遅れて気がついた。


 彼ーーユクドが部屋を出て行ってから、彼女はベッドに寝転がりながら、自身の今後を考えた。どう生活をしていくか。何をするのか、を。

 そんな事を考えてるうちに、いつの間にか寝ていたのだろう。

 この部屋には時間を確認する手段も、窓も無かった。

 今が昼なのか夜なのかもわからない。


 ゆっくりと体を持ち上げ、自身の体の調子を確かめる様にベッドの上で手足を動かした。

 先刻目が覚めた時より、幾分か調子が良くなった様な気がする。その事に嬉しさと、彼が行使した魔法もどき、もとい精霊術に、関心が高まる。

 

「結局何もわからないままだわ」

 精霊術についても。彼の事についても。

 

 ユーリアは本を読むのが好きだ。昔から様々な本を読み漁り、同世代は勿論のこと、大人と比べても遜色無い冊数を読んできた。そんな彼女だからこそ、旧世界についても魔法という技術についても、そこそこの知識を有している。

 その彼女の知識を持ってしても、『精霊術』などというワードは聞いた事がなかった。

 魔法では無い。なら魔法との違いは? 

 思考の中に潜り……


『ぐぅー』


 込もうとした時に、いまだ漂う匂いにつられて彼女のお腹が鳴った。

 先程からパンらしき芳醇で甘い香りまでしており、肉の匂いと混ざり合い、ユーリアの胃袋を刺激していた。

 お腹からの訴え通り、空腹に一度気がつくと、いてもたってもいられなかった。

 女の子として、ご飯の匂いに釣られるのは甚だ不本意ではあったが、彼女はベッドから静かに降りると、何となく足音を立てない様に、ドアへと向かった。


『ギギッ』


 何かが軋む音、擦れる音に、ユクドは音の先、ユーリアが寝ている寝室の方は目を向ける。

 そこには、ドアの隙間からこちらを伺う少女。

 気づかれた事への羞恥からか幾分か顔を朱に染めている。


「ユーリアさん、で良かったですよね? お待たせしました。もう直ぐご飯が出来ますので、よろしければ席にお座り下さい」

 

 中央には四〜五人が座れそうな丸テーブル。そこに向かい合って座れる様に椅子が二脚。

 既にテーブルの上には、こんがりと焼き上がった何かの肉が、ドンと鎮座しており、そのサイドに丸型と細長いパンが幾つか籠の中に入っていた。

 

 口の中に涎が溢れんばかり湧き出す。

 ユーリア手前にあった椅子を引き、席へと着いた。


「これで最後の料理ですよ〜」


 そう言って彼が持ってきたのは木製ボールに入ったサラダだった。

 けれどその中身は、ユーリアが見たこともない色や形の野菜ばかりだったが。


 手元にあった小皿に、彼は切り分けた肉と少量のサラダを乗せ、彼女の前へと配膳する。


「どうぞ。召し上がれ」


 その号令と同時に、彼女は軽く手を合わせ、数瞬で祈りを捧げると、小皿と一緒に渡されたナイフとフォークで食事を始めた。


 見た目通りの、とても良い味。

 肉はジューシーでサラダには独特の甘味と苦味。

 パンも柔らかく、ほんのりと甘味が広がる。

 文句無しの、美味しいご飯。

 

 けれど、不思議な事にパン以外、どれもユーリアは今まで食べた事のない食材ばかりだと感じた。


 肉も野菜も。家柄、様々な食材を食してきた自負があった為に、この食事との新たな出会いに、彼女はまた一つ、知らなかった事を知れ、微笑む。

 

「満足して頂けた様で、良かったです」


 ユクドの声に彼の顔から目を逸らしながら、ユーリアは黙々と手を動かした。

 色々と考えるより、女の子らしさより、食欲が勝る瞬間だった。

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