第8話 この世界に俺が召喚された理由(わけ)


 ルーの顔が深刻なものになる。 

 「こちらのセフィロト大の月スノート小の月の巡りが合ったら召喚を実行するってことで、50日ほど前に契約を結びましたよね?

 それに、こちらに来る際には、言葉を交わすための魔素石の身体への埋め込みも了解してもらいましたよね?」

 ああ、それで、ルーと話ができているんだ……、じゃなくて、50日前って、相棒が死んだ頃じゃねーか!?

 「その契約書を見せろっ!」

 手がかりの尻尾に、思い切り食いつく俺。

 「父のところにあります」

 「よし行こう、今行こう、すぐ行こう!」

 「わかりました」

 ルーが神妙に返事をした。


 そのまま俺達は立ち上がった。

 ルーはテイクアウトの壺を抱え込み、銀貨を一枚支払いに出し、大量の銅貨をお釣りに貰っている。

 この様子からすると、銀貨1枚が銅貨100枚くらいには相当するかも知れない。

 となると、金貨の価値ってのは、すごいものなのかもしれないね。


 もう、なんか、話す気分でもなく、足早にルーの示す道を歩く。

 とはいえ、思ったより近い。

 着いたのは、ちょっとした屋敷? と思うくらいの規模の石造りの豪邸だ。

 暗い中、門をくぐる。

 夜なので、かもしれないけど、使用人とかの気配もない。

 がらんとして、殺風景で、そのためか廃墟じみてさえ感じられる。

 ルーは迷いのない足取りで、一直線に奥のドアに向かった。



 ドアを開けると、さほど広くない石造りの部屋。

 たくさんのタペストリーが石の壁の冷たさを遮断し、暖炉の熱を部屋の隅々まで届けている。

 寝台ベッドには、長い白髪を乱し、うなされているような呻き声を上げる老人がいた。

 ルーは近寄ると、まずは呪文を唱えた。

 これだけ繰り返し聞くと、それが治癒のものなのは俺でも分かる。

 さっきから時間も経ったし、飯も食った。どういう仕組みか判らないけど、少しはMPが戻ってきているんだろう。


 呪文が終わると、ルーは声をかけた。

 「父上」

 ぽかりっていう感じで、老人の目が開いた。

 あまりに眼窩が落ち窪んでいるので、そんな感じがしたのだ。

 元は、大柄な偉丈夫だったに違いない。

 骨格からそれは見て取れるけど、今は、その骨格に皮が張り付いているように見えるほどのやつれようだ。


 「無事に戻ったか。

 無茶をしおって……」

 「役目は果たしたつもりですが……」

 「いいか、今回限りだ。

 呪文による全能感は身体を蝕む。お前は、この道に進んではいけないのだ。

 『始元の大魔導師』様をお連れすれば、魔法を使わなくて済む世が来るから許したのだ。

 で、『始元の大魔導師』様はどこに?」


 もしかして、目も禄に見えていないのかも知れない。

 魔法を繰り返し使うとこうなるのか?

 ちょっとどころでなく、怖い。都合のいい力はないってことなんだろうけどさ。

 「それが……」

 「ルー、さきほど、『役目は果たしたつもり』と言ったな。

 どういう意味だ?」

 うん、老いた見た目なのにツッコミ鋭いな。

 「父上、契約の書をお見せ願えませんか?

 どうも腑に落ちぬことが……」

 「む、もしや、『始元の大魔導師』を名乗らない、ナルタキという者が召喚されてきたのではないか?」

 「なんで知っているんですか、俺を?」

 たまらず、俺、割り込んでいた。


 弱々しくても、明瞭にルーの父親は話す。

 普通に考えれば、まだどこか幼さを残しているルーの父親が老人の域のはずがない。ルーの父親になったのが50歳を過ぎていれば解らなくもないけど、それより生命力を奪われて老け込んだという方がまだ納得できる。

 だから、口調もおそらくは頭の働きも、外見よりはるかに若いのだ。


 「契約を結ぶときは、連帯保証人を付けるものだ。

 ましてや、この世界の命運を賭ける、重要な契約なのだ。

 締約相手が突発的に病気になるかも知れないし、果ては死ぬかも知れない。人とは、明日のことも判らぬ儚い生き物なのだから」

 ちょっと待て。

 これって、相棒が結んだ契約だったのに、あいつは交通事故で死んだと。で、俺がその連帯保証人になっていたってことなのか?


 「まったく聞いていませんが……」

 「ナルタキ殿が保証人として立てられるには、条件が付いていた。だから、連帯保証人の承諾が無かったのだ。

 その条件とは、契約者に不慮の事態が起きた場合で、かつ、ナルタキ殿が財産を持たない場合に発動することになっていた」

 確かに俺、財産なんて持ってないぞ。

 相棒との会社を畳んで、資金も資材も整理したけど、それも全部相棒の奥さんに渡しちまった。自分の退職金に相当するものまで、だ。俺はまた稼げばいいけど、奥さんはそういうワケにも行かないだろうし、教育費とか、愚痴も前から聞いていたからね。相棒の子には幸せになって欲しいと思ったし。

 で、その結果がコレなのか?


 「ルー、枕元の文箱に契約の写しがある。

 ナルタキ殿に見てもらうが良い」

 ルーは、重厚な黒い木造りの箱から羊皮紙の書類を取り出した。

 羊皮紙と言っても、きっと羊はいないのだから、正確にはヤヒウの革に違いない。

 木造りの箱も、相当な価値があるのだろう。

 だって、考えてみれば、この世界にまともに木が生えているとも思えない。

 パルプもないから、紙も作れないだろう。

 儀式とかでもなければ木を燃やすことはできないだろうし、建築も石が中心となるだろう。


 いかに工夫し、なんとか生活の向上を図っていたとしても、この世界の貧困さは覆い隠しようがない。

 そうだね、ゴジラが結構な頻度で、定期的に無差別に世界を焼き払いに来る世界では、豊かになりようがないよな。

 この世界の人間が味わっている辛さと無力感が、改めて身につまされるようだ。


 ルーに手渡された、羊皮紙。

 そこに書かれている文面は、俺には二重に見えた。日本語と見知らぬ文字が重なって見える。

 とりあえずは、日本語の方だけに集中する。


 相棒よ、お前、こんなことに片足突っ込んでいたのか。

 ただ、期間があるのは救いだな。

 一年で戻る予定だったのか。

 それは、俺にとっても救いだ。


 で……。

 お前もこの世界の貧困さと救いの無さにじっとしていられず、そして、俺たちの技術が応用できるかも知れないことに賭けたんだな。

 1年間の、単身赴任をするつもりだったのだろう。

 妻と子がいる身でも、この世界の窮状を知ってしまった以上、見捨てられなかったんだな。


 ……報酬は、金100キロか。

 そうか、鉱物のみが、両方の世界で共通の価値を持つ物質なんだ。

 でも、この世界の金の価値はわからない。さっきの銀貨と銅貨のレートから推測すると相当のものだとは思うけどね。金なんて、投資したこともないし、アクセサリーとして買ったこともない。

 ただ、相棒は妻と子もいたし、きっと1年の単身赴任に相当する額ではあるのだろう。

 また、この世界からしても、世界全体を救う額としては高くないという判断があるのだろう。


 「ルー、金貨と銀貨はどれくらいの比で交換されるんですか?」

 この世界での価値を知りたくて聞いてみた。

 それによって、相棒が、この世界での俺たちの技術の価値をどう考えていたか判るからね。ふっかけていたか、安上がりに考えていたか、だ。


 「金貨?

 そんなものはありませんよ」

 えっ!?

 「どうして!?」

 「銀が一番の価値ある金属です。ですから、王も、銀貨を遣わされるのです」

 「この世界では、金は珍しくないんですか?」

 「ええ、魔素流が地を焼き尽くした後、そこには賢者の石が生成されています。

 それと、他の金属を触れさせるとことごとく金になってしまうので、厄介なものです。鉄や錫も金になってしまうので……。

 そうなると、重いし、柔らかくて工具にもなりませんし、なんの用にも立ちません。

 畑を耕している時に、農具に賢者の石が触れて金になってしまったら、ぐにゃぐにゃに曲がってしまって使い物になりません。

 さっきの食堂でも、昔、大鍋に入れた野菜の根に賢者の石が絡んでいたらしくて、鍋が一気に金になってしまったことがありました。金の鍋つるではその重さに耐えられなくて、鍋が転がって熱いスープが流れ出して、何人もが重度の火傷を負いました。

 その時は、魔術師が総出で治癒にあたったんです。

 金は、錆びもせずずっとそこにありますし、重くて柔らかくて使えないし、焼き尽くされる地を連想させる見たくもない金属です」

 あ、そういう扱いなんだ。

 賢者の石って言われても、それがなにか分らないけれど。

 で、ルーの顔に嫌悪感が浮かんでいるのも、見間違いではなさそうだ。


 となると、相棒、こちらの世界の相場では、ボランティアで仕事していたみたいだね。

 つまり、相棒は、俺たちの技術は神の御業級と考えていたということだ。


 そして、1年後帰れるならば、少なくとも1回は異世界貿易ができるってことになる。

 こちらでは無価値でも、金ってもしかしたら俺の世界じゃ、すごいんものなんじゃないだろうか。

 あいつは、夢見がちなことを言っていても、いつも足は地に付いていた。この辺りも俺には真似できない。

 相当の額かも知れないね。金100キロって。

 金相場なんてと、まったく関心がなかった自分が悔やまれるよ。

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