第5話 ツッコミは、相手が半分死ぬまで
そこで、良い手を思いつく。
『魔術師の服』の服を、俺が着ればいいんだ。
俺、「始元の大魔導師」だから、『魔術師の服』をきっと
で、この娘が俺のスボンの裾を折り返して穿いて、作業服を羽織れば、この世界では多少変な格好でもタブーには触れるまでのことはないだろう。
もういい加減、ここから出たいよ。
俺は、ベルトを緩めてスボンを脱いで、それを渡そうと振り返った。
がんっ!
いきなり、目から火花が散った。
そのままつんのめるように、うつ伏せに崩れ落ちる。床板が視界いっぱいに広がり、打ち付けた鼻までが痛い。
「なにをするんですか!?」
そりゃ、俺のセリフだ。
アンタ、その水がそこそこ入ったままの水指で、俺を殴ったのか?
「なにをするって、俺の服をアンタが着て、『魔術師の服』を俺が着れば……」
「あっ、そういうこと!?」
なにがそういうこと、だ?
ああ、ああ、解った。
「俺はケダモノじゃねー。
いきなり問答無用に殴るな。
死ぬぞ。俺、そんなので殴られたら死ぬぞ」
ようやく、そう呻く。
「死なせません!!」
次の瞬間、水指の水を頭からざばっと掛けられて、俺は震え上がった。
口にするとぬるいぐらいだったけど、頭から掛けられるとやたらと冷たいぞ、コレ。
「回復の泉の水です。
安心してください。極めて微少ですが、回復の働きがあります。
これで、治りもしませんけど、絶対、今より悪くもなりません!」
待てや、コラ。
エラソーにいうことじゃねーだろ!?
「お前な、俺をもっと大切にしろ!」
と文句を言っているそばから、いそいそと俺のズボンを穿いてベルトを締める、カチャカチャと音がする。おそらくは、だぶだぶの作業着姿が完成しているんだろうけど、頭を上げてそれを見るには、頭ん中がくわんくわんしている。
そして、たぶんどころか絶対に、俺の苦情なんか、聞いちゃいない。
女の子が、俺の脱いだ服を気持ち悪がらずに着てくれるのは、それはそれで傷つかなくて済むけどね。でも、その意味はぜんぜん違う。
だって、ほら、とんでもない言い草が聞こえてくる。
「これが、『始元の大魔導師』の道服。火炎に会えども燃えず、氷霜に会えども凍らず、刀槍を通さず、さぞや力があるのでしょうね……」
「ないぞ。そんなもん。
絶対、返せ。
それより、すごく寒い」
Tシャツとパンツでずぶ濡れの俺は、止まぬ痛みに耐えながら呻く。
今まで、コミュ障ゆえの悲劇ってのは多く体験してきたけど、ここまでのってのは初めてだ。少なくとも元の世界で、いきなり殴られたことないもん、俺。
水をぶっかけられたような気持ちになったことはあっても、それが(物理)ってこともなかった。
「では、これを」
そう言って、『魔術師の服』を投げかけられる。
「つ、冷たい……」
やっぱり、コレ、金属とは言い切れないけど、なんらかの相当に熱伝導の良い素材で織られているよな。濡れた身体からの、体温の奪われ方がヤバい。
ヒートシンクを着ているようなものだ。
「殺す気かっ?」
さすがに、「訴えてやるっ!」は飲み込む。
「寒かったら、自分で立って、暖炉の脇に来てください。
床に段差があるので、私の力では『始元の大魔導師』様を動かせません」
いや、涙が出るほどありがたいことを言うねぇ。
四つん這いで、ようように暖炉脇まで移動してダウンする。
ああ、熱伝導が良いってのは、火の近くだと必要以上に暖かい。いや、熱い!
何だこの服。
熱収支が敏感すぎる。
ようやく、仰向けに転がって、火から遠ざかる。
焦点の合いきらない目で、娘の方を見ると、ごそごそと人の頭に手を突っ込んできた。
「こぶができてます。
良かったですね。こぶができていないと危ないんですよ、頭の怪我って」
「それ、本当の話か? それとも、単なる言い伝えか?
コレ、アンタにやられたんだけど、そのセリフはないだろ」
「いえ、水指が、あなたに頭突きされたんです」
さすがに、むかっときた。
「謝れ!!」
「ごめんなさいっ!」
アレっと思うくらい、素直に謝られた。
− − − − −
後から知ったんだけど、この世界のツッコミは激しい。
簡単な下位の治癒魔法は、魔術師でなくても嗜みとして使える人は多いし、それで軽い怪我くらいは一瞬で治せる。だから、元いた世界のドツキ漫才は、こっちでは半殺し漫才になるという差が生まれる。
つまり、取り返しのつく、つかないの境界が、元いた世界の常識とは大きく異なる。
ただ、それもMPがないときは成立しないので、与えた痛みの量を減らせなかったら、そこは当然のように謝罪もする。
それを知るまでは、なんて乱暴で性格の歪んだ娘かと思っていたよ。
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ルーの挿絵です。
久水蓮花 @ 趣味小説書き(@kumizurenka22)様にいただきました。
ありがとうございます。
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1333072632242085902
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