中編1

俺の名前はレイス・クロイス。

クロイス公爵家の次期当主であり次期王妃ヴィアリーナの兄、そして次期国王フランシスの友人でもある。

その俺は二度程、卒業パーティーで殺されて時間を巻き戻る不思議な経験をしている。

時間を巻き戻るのは今回で三回目。


最初の巻き戻りの時のことは今でも忘れない。俺は友人であるフランシスに殺されたのだから。

今思い返して見れば殺される数日前からフランシスの様子がおかしかった。

政略結婚とはいえ婚約者のヴィアリーナを心から愛していたはずの彼が急に彼女を憎むようになり、平民上がりの男爵令嬢に入れ込み初めたのだ。

それを筆頭にフランシスの側近の公爵子息や騎士団長の息子、宰相の息子までが我先にと男爵令嬢に取り入ろうとした。

誰もが異常を感じていたが、原因は分からず迎えた卒業パーティー。

そこで俺は信じられないものを目にした。


用事があってパーティーの開始時刻ギリギリに会場へとたどり着いた俺が見たのはフランシスを初めとした男爵令嬢に入れあげていた男子生徒達がヴィアリーナと対峙する姿。

何がなんだが分からなかったが険悪な雰囲気なのは嫌でもわかる。

他の生徒達は息を潜めながら成り行きを見守っていた。

人の間を縫ってヴィアリーナに駆け寄ろうとすると不意に凛とした声が響いた。


「……フランシス様、本当に私がそちらのご令嬢に嫌がらせをしたとお思いになるのですか?」


ヴィアリーナだ。

異様な雰囲気の中でも背筋を伸ばし堂々とするその姿は実の妹ながら美しいと思った。


「それが真実だろう。フローラが教えてくれた」


フランシスが自らの傍らに寄り添うフローラの肩を抱いてそう告げると、フローラは甘えるようにフランシスにすり寄る。

その光景にぶわりと鳥肌が立った。

俺の直感があの令嬢は危ないと告げている。

今すぐヴィアリーナを守り、フランシスから引き離さなければならないと。


「殿下!これは一体どういうことですか!?」


ヴィアリーナを庇うように対峙する両者の間に割り込むとフランシスは眉を寄せた。


「どうもこうもないよ、レイス。お前の妹は私の愛しいフローラに嫌がらせをした。教科書や制服を切り刻んだり、刃物を持ち物に忍ばせたり、食事に毒薬まで入れたらしいじゃないか。そんな危険な人物をのさばらせておくわけにいかない」

「私はそのようなことしておりません!証拠がおありなのですか!?」

「うるさい、黙れ!反論できる立場だと思うな罪人め、私は次期国王だぞ!」


怒鳴る姿はもはや俺の知るフランシスじゃなかった。

フランシスは自分の立場を笠に着て理不尽に人を裁く傲慢な人間じゃない事を俺はよく知っていた、なのにどうしてこうなってしまったのか。

フランシスだけじゃない。

男爵令嬢を囲っている男子生徒達もそれぞれこんな風に徒党を組んでか弱い女性を責め立てるような性格の人間ではない事を、それなりに付き合いのある俺は知っている。

となると原因はひとつ。


「……お前……殿下達に何をした!」


俺はフランシス達に庇われているフローラを睨み付ける。

こいつが何かしたんだ。

こいつのせいでフランシス達はおかしくなった。


「きゃっ、怖いわフランシス!あの人私のこと睨んでる……きっとヴィアリーナと一緒で私を憎んでるんだわ……私を殺そうとしてるのかも!」


フローラは大袈裟にびくりと肩を震わせフランシスに抱き付く。

するとフランシスは一瞬動きを止め、フローラに甘ったるい微笑みを向けながらこう言った。


「フローラの害になるものは全て私が処分してあげるから安心してくれ、今すぐ殺してしまおう」

「殿下!?何を……が、はっ」


想像もつかなかった身勝手すぎる言葉にぎょっとした次の瞬間。

俺の腹部を鋭利な氷の塊が貫いていた。それがフランシスの魔法だと理解するのに数秒かかった。

一拍置いてじわりと流れ出した血が熱いのか冷たいのか分からないままぐらりと体が倒れる。


「きゃああぁっ!!」

「嘘だろ、殿下がクロイス様を魔法で……!?」

「誰か!公爵家に連絡を!」

「急いで止血を、手当てが出来るものは居ないか!!医者を呼んでこい!」

「お兄様!!しっかりなさってください、お兄様っ!!」


誰かの悲鳴をきっかけに一気に会場がざわめきだした。

けれど俺の耳に届いたのはヴィアリーナの声だけだ。

いつもの落ち着きは何処へやら、かなり取り乱しているようだ。


「大丈……夫……だから……ヴィ……これくらい、なんとも……」


安心させてあげたいのに口がうまく回らない。

頭がぼんやりして視界もぼやけてきた。

腹部を貫かれているはずなのに不思議と痛みは無かった。


「嫌……嫌だよ、お兄様……一人にしないでっ……死んじゃ嫌!」


ヴィアリーナが泣いているその声すら段々と遠退いていく。

助けなきゃ。

傍に行って大丈夫だって安心させてやらなきゃ。

俺はあの子のたった一人の兄なんだから。


そう思うのに俺の意識は闇に沈みやがて消えていった。

これが一番最初。


意識が闇に飲まれた直後、俺は自分の部屋で目を覚ました。

慌てて腹部を見てみたがそこには傷ひとつない。

状況が理解できないまま、ヴィアリーナが無事か確かめたくて急いで部屋に押し掛けた俺は顔面に思い切り分厚い参考書を投げ付けられた。


「乙女の部屋に朝っぱらから半裸で飛び込んでくるなんて何を考えてますの!お兄様の変態!」


そこでようやく自分の姿に気が付いた。

腹部を確認する為に寝間着の上着を脱いだまま、つまり上半身裸のまま妹の部屋に乗り込んでしまったのだ。

二回目の人生は妹からあらぬ疑いをかけられてスタートした。







時間が遡っていると気が付いたのはその後すぐ。

屋敷の誰に聞いても卒業パーティーの一年前の日付だという。丁度フローラが編入してくる前日だった。

最初は信じられなかったが、学校に顔を出してみるとフランシスが挨拶してきた。

フローラに関わっておかしくなる前の、ヴィアリーナを溺愛してやまない俺の友人であるフランシス。

彼に会って漸く俺は時間が巻き戻ったのだと実感した。


俺はすぐに行動を開始した。

フランシスがこれからやって来るフローラに関わらないようになるべく傍についていることにしたのだ。

そのお陰かフローラがやって来て半年たっても、卒業パーティーが一週間前に迫ってもフランシスに変わった所は見られない。

ヴィアリーナとの仲は順調でフローラの付け入る隙もなく、ただただ平和だった。


もしかしたら時間は巻き戻ってなどいなくて、一年前に俺が見たのはただの悪い夢なのかもしれない。

そんな風に思い始めていた俺は最後の最後で気を抜いてしまった。


「ヒロインの思い通りに動かないキャラクターに存在価値はないの」


そんな言葉と共に俺は胸にナイフを突き立てられていた。

卒業パーティーまであと三日という時に、一人で校内の人気のない廊下を歩いていた俺は急に姿を現したフローラに襲われたのだ。

まさかこんな風に直接手を出してくるとは思わなかった。

胸元が熱くて苦しい。

床に倒れ、思うように呼吸が出来なくて口を魚ようにパクパクさせる俺を見下ろしてフローラは無邪気に笑う。


「せっかくの隠しキャラだから私が王妃になれたら愛人にしようと思ってたけど……攻略を邪魔したり悪役令嬢を庇うバグなら無くていいわ。他のヤツに取られるのもしゃくだし消去しちゃうのが一番よね」


フローラが何をいっているのか理解できない。

こいつは王妃の座を狙っているのか?

それでヴィアリーナを貶めフランシス達を手中に収めようとした?


「まったく、ヒロイン特有の魅了魔法も便利じゃないわね。発動条件とか聞いてないわよ、バンバン使えればもっと楽に逆ハールートに入れたのに……でもまぁいっか、これから私の思い通りになるんだから。待っててフランシス、未来の王妃が攻略しにいくわよ」


俺がとっくに死んだと思ったのかフローラは上機嫌で立ち去っていく。

口にした言葉を俺が聞いているとも知らないで。

魅了魔法、それは公には認知されていない人の心を操る魔法だ。あいつはそれを使っていたのか。早くフランシスに知らせないと。

這って進もうとするが体が動かなくなってきた、きっと俺はこのまま死ぬのだろう。

もう目が開かないし寒くて仕方ない。


もし、また時間が戻るのなら俺は今度こそこの悪魔に復讐してやる。


強くそう思いながら俺は意識を手放した。


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