第39話

「消すだなんて……そんなつもりはないわ」

「じゃ、どういうつもりなんだ。僕は消されると分かって話すほど、彼のためには生きてないんだ」


 ――そうか

 こいつは自分が前に出ている時に、自ら死を選ぶこともできるんだ

 自分だけが消されるならば俺も同時に消す……ということか


「消さない。あなたは無くならない、絶対に。約束するわ」


 俺の中にこいつの動揺が入ってくる

 夢の中で感じたあの感覚


 少しの沈黙のあと、彼は静かにこう言った。

「そうだね。君は約束を破ったことがない、絶対に。君を信じるよ」

「ありがとう」


 こちら側から見ている二人の関係に、不思議な感情が沸き起こる


「母さんは姉さんの後を追って自殺した。その日の朝もあいつはやはりその日起こる出来事の夢を見た。朝起きて母さんが家に居たとき、あいつはとても嬉しそうだった。ただそれを悟られないようにわざと冷たい態度をとってしまった」

「そして、その日のお昼に……」

「冷たい態度をとったから自殺したわけではない。前からその日と決めていたようだ――頭では分かっていても、心は受け入れられなかった」


 お袋――そうだった

 朝姿を見たとき、嬉しくて泣きそうになった

 それを見られたくなくて、わざと冷たくあたってしまったんだ

 そして……死んだ

 俺を残して――


 玲が俺を見ている

 はっきりと、鏡の中の俺を見つめている


「その涙は……」

「ああ、僕じゃない。あいつが泣いている。こんなこと……初めてだ」

「――それっきり実家へは帰ってないの?」

「いや、法事の時だけ帰っていたよ」


 親父……元気かな


「父さん元気だったか気にしてるみたいだよ」

「ええ。とってもお元気そうだったわ。お仕事も順調みたいで、あなたのことを心配しておられたわ」


 そうか……よかった


「……少し急いで話したほうがいいみたいね」

 彼女が独り言のようにつぶやく。

「それから就職して、しばらくは普通に過ごしてたんでしょ?」

「ああ。ただ母さんの件以来彼は引っ込むことが多くなってしまって、ちょっとしたことでも僕を引っ張り出すようになったんだよ」

「でも……分からないわ。どうしてこんなこと――私に夢を見させるようなことをしたの?」


 どうして――何でこんなことを

 これは俺がやったことなのか?

 それとも……


「君は……自分のことは分からないんだね」

「私のこと?」

「ああ、そうだよ」

 彼は笑っている。

 とても幸せそうに微笑んでいる。


 そうか、こいつは……


「あいつが最初そうだったんだ。そして僕――僕は桜が羨ましかった」

「え……」

「夢の中では言ったよね。僕は、君が好きだ」

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