3―5

「……………………んっ」

「もう目を覚ましたのか。地球人という生き物は頑丈だな」

「あいにく……しぶとい事だけが取り柄なもので……」

 目を覚ますと冷血を通り越して全身が液体金属で作り上げられたような男性が目の前にそびえていた。彼はとっくに活動体の破損部位を修復し、私の額にUSB端子の如く指を突き刺すと真っ直ぐ、鉄塔のように屹立している。ぎょろりと両の眼で見下す様子は監視カメラに睨まれているようで、柔らかいかぐやと正反対。同じ活動体でもここまで印象が変わるのか。

「驚かないのか? 多くの知的生命体はこのように、我々と接続した場合何かしらの拒否反応、例えばお前が逃げた時に叫んだようなしぐさを見せるものなのだが」

 男性は無機質で、しかし圧のある声を震わせる。彼がしゃべる言葉一つ一つが電子音声で出力されたようで外見と相まって人間らしさから遠ざける。この活動体はかぐやと違って人間に馴染む気は無いのだろうか。

「あんたかぐやの……イースの調査員の仲間なんでしょう……。驚かないのかって……そりゃどちらかといえば驚いているけど、アイツに何度も体をいじられていたから慣れたの。いいリアクションできなくてごめんなさいね」

 悪態を一つついたことでようやく周囲を確認できる余裕が生まれた。視線を左右に泳がせる。コンクリートがむき出しの地面によく分からない部品やドラム缶の山。ラベルにある工場の名前から二年前に閉鎖した街の工場であることが分かる。上を見ると人間二人が楽々と通れるサイズの穴が月光を漏らしている。宇宙人の癖に隠れる気ゼロかよ……。

「って、今何時よ!」

「時間か。地球の、日本の時刻であれば、現在は午後八時四五分三三秒――」

「ふざけるな宇宙人! 早く私を解放しろ! バイトが! とっくに遅れている!」

「いきなりどうした⁉ この感情は一体……」

 脱出を試みるも私は頭部だけでなく、腕ごと胴体を鎖で巻かれて拘束されている。足だけ自由でも踏ん張った所で鎖はびくともしないし。相手を蹴っても鋼鉄を叩いたみたいで足が痛くなる。工場の奥をよく見ると、かぐやの時と同じクレーターが広がっている。なるほど、液体金属ってたとえはあながち間違いじゃ無さそう。この活動体は廃工場の部品を素材に生まれたみたいだ。

「落ち着いたか」

「……まあね」

「先ほどの感情を分析してみたのだが、この星の文化レベルは相当に低いな。たかが通貨ごときで知的生命体の、人間の生き死にが関わってくるとは。嘆かわしい。あのかぐやの才能をこのような辺境の、程度が低い星で浪費するのはやはりイースにとって損失だ」

「そりゃアンタたちみたいなハイソな宇宙人からしたら取るに足りない悩みでしょうよ。でも、私には真面目に生活が懸かっているの。イースには通貨の概念は無くても労働の概念はあるんでしょう。分かったなら私を解放してバイトに行かせて。今から行けば謝って何とかなるかもしれない。無断欠勤とか信用にかかわる問題なのよ!」

「滝沢エリ、この状況で恐怖しないとは、地球人とはよほど豪胆な種族なのだな」

 感心している所悪いけど、まさか、怖いに決まっている。かぐやと違って目の前の宇宙人は私に危害を加えない保証が無い。トップスピードのスーパーカブをぶつけてもびくともしない鋼鉄人間相手にか弱い地球人が何を出来ると言うのだろう。

 コイツが本当にかぐやと同じ星の宇宙人なのだとしたら……対抗手段があるとすれば、相手の興味を引くこと、知的好奇心を満たすネタを突きつける事くらい。基本的に上から目線の種族であるのなら、常にハッタリを利かせて手札がいくつもあるように装うしかない。弱弱しく縮こまっていたら間違いなく脳をつぶされて終わりだ……。

「なるほど、無断欠勤に信頼か。その概念であれば、我々イースにも存在する。何故ならば、我々はその目的のために、かぐやを回収するためにやって来たのだ」

「かぐやを……回収……?」

 おかしな話だ。かぐやの本体は惑星イースに存在していて、地球に今存在しているのは精神体とその入れ物である活動体。回収するも何も、かぐやは地球にいるのと同時に母星にいるではないか。仮に不都合が起きてもそれは星のほうでなんとかなる問題なんじゃ……。

「なるほど、かぐやが興味を持つ程度には頭が回るようだ」

 相手は私の思考を読むと感心したのか空いた手で顎をさすった。筋肉が全体的に滑らかに動くのではない、各関節や筋肉がパッチワークのように無理やり連動させたような動き。数時間とはいえ私から人間のデータを見たはずなのに動きがやけにぎこちない。

「どうせ彼女がいなくなれば催眠も解ける。いま情報を開示した所で、将来的に消えるのであれば開示してもいい、か」

 そう言うと男は私の額から指を引き抜いて……ジャケット、ワイシャツと一枚一枚丁寧に脱ぎ始める。

「ちょっ! いきなり何してんのよ!」

 現役のボクサー顔負けの鋼の両碗が、鎧のような胸筋が、着実な動きによって露わになって行く。

「――ッ⁉」

 たくましい肉体にまず生物的に勝てない事を思い知らされる。かぐやが親しみやすさに特化したのだとしたら、男のそれは戦うための肉体だと主張している。

 そして……私が言葉を失ったのが腹部にあるとある器官。ありえない事に、私は腹部から視線を感じていた。はじめは相手の肉体が誇る生理的なプレッシャーでは無いかとビビっていたけど……シャツが取り払われるとそれは逃避を許さなかった。

「こ、これれげ、■■■の関係者、か」

「想像以上に賢い少女だ。我らがイースの■■の資格を与えてもいいほどだ」

「た、し、か、に。地、球、も、侮、れ、な、い、な」

「――――ッ‼」

 鋼鉄の如く引き締まった肉体の中で腹部だけが異様に柔らかい。そこには色の三原色図のようにブヨブヨとした頭部のような何かが折り重なって存在していた。六個の目、三つの口、その他顔面の部位が気泡のように浮かんでは消えを繰り返しそのどれもが私に照準を合わせている……⁉

「ううっ……げぇっ……」

「ふむ、地球人にこの姿は刺激的、だったか」

 私が吐き戻すのを、一挙一動を腹は興味深そうに見つめる。彼らは、この男は一体何なんだ? すると私の疑問に答えるように腹部の表情が引きつり始める。左側に浮かんでいる顔は左腕に、右側に浮かんでいる顔は右腕に、下腹部に浮かぶ顔は下半身に意識を伸ばしたように四肢の各部が動き始める。彼らは脱ぎ散らかしたシャツとスーツを取り上げ、バラバラな動作を組み合わせると実に丁寧に着始める。

「本来は着替えなどといったプロセスは必要ないのだが、君のような聡い人間を相手にする場合は、まず事実を伝えた方が理解が進むと思ってね」

 ネクタイまで締め上げるとそこには悪夢の沼が隠され、外見は屈強なSPにしか見えない。けれど――

「あなた達は、なの……?」

「いや、だ。腹部の彼らが肉体の各部の操作を、頭部の私が三人に行動のバランスを伝える役割を持つ。我々はこの活動体を四人の精神体で操作している」

「でも……かぐやは一人じゃない。そんな窮屈そうに体を動かして、アンタ結構悪目立ちしていたわよ。何が目的なのか知らないけど、四人一人一人で行動するのが一番効率が良いんじゃ……」

「もちろん、我々とて出来る事なら、それぞれ活動体を用いて行動するのが最適解だと、理解している。だが、君がかぐやと呼ぶあの調査員は特別な素質を持っていてね。彼女はイースからの常時バックアップを受けることが出来ない、母星での精神補足ギリギリの範囲まで精神体を飛ばせる稀な才能を持つ。我々四人も辺境の惑星まで精神体を飛ばせるが、彼女は頭一つ飛びぬけていてね。活動体を比較してもらえればその差が視覚的に理解できるだろう」

「……」

 国家公務員で、情報収集能力や環境への適応能力もあって……悔しいけどかぐやが優秀な人材だって証拠はたくさんあったけど同僚にそれを補強されるとは。しかも、他人に真似できない稀有な能力持ち。そんな奴が何で……。

「……なんで私を襲ったのよ。確かに私はアイツの協力者……不本意だけど。でも地球人なんてアンタたちにとっては取るに足らない存在なんでしょ。バイトの邪魔をしないでほしいんだけど」

 何でかぐや追われているのか、と聞くことが出来ないのは私がかぐやを庇ったからなのだろうか。でも、かぐやと違って目の前のコイツにはなぜか素直になれない。何かを言ったらそれがそのまま私達に不利になるって脳が警告している!

「取るに足りない存在だかろこそ、と言うべきか。我々は君から何故かかぐやに近い反応を受信したのだ。四人分の回線を利用しているのだが、やはり、レーダーの反応が鈍いな。彼女を正確に捕えることが出来なかった」

「どうせ蛮族ですよ……。で、勘違いで捕えたんだったら尚更解放して欲しいんですけど。私の存在なんてアンタたちの役に立たないでしょ」

 私はふんぞり返るとこれ見よがしに鎖を見せつける。なんだったら上目遣いもサービスする。さあ早く解放して。

「君はかぐやという存在の重要性をまるで理解していないようだ」

 しかし相手はギロリと私を捕えて離さない。ただ睨まれただけなのに全身が一瞬で緊張する。情けない事に見せつけた鎖はカチカチと震え出し、腹部からも睨まれている気がして再び吐き気が襲い掛かる。

「滝沢エリ、君は我々の母星が人口消滅の危機に瀕している事は理解しているようだ。まったくかぐやは、民間人に対してここまで情報を開示してしまっていたのか。まあ、君という証拠を母星に送信できたことで、我々はようやくここに来た目的を果たすことが出来る」

「かぐやからは母星の危機を救うために調査員はフルで飛んでいるって聞いたけど、アンタたちはこんな所で油売っていていいの? アイツなら今日も研究のために街中駆けまわっているわよ。」

「かぐやという特異な才能は、このような辺境の星で、しかも恋愛などといった不確定要素などに浪費させるわけにはいかない」

 歯ぎしりに、手のひらを貫かんばかりに握られる両こぶしに、震脚と言わんばかりの貧乏ゆすり。相手の中でくすぶる爆発力の正体は怒りか、嫉妬か。一つ言えるのはコイツが動いたらわたしの命どころか一見万能なかぐやですら危ないと言うこと。

「かぐやには我らがイースで発見した最効率のミッションについてもらう。確かにイースの知的好奇心を満たすのであれば、平時であれば辺境のエキゾチックな情報は喉から手が出るほど求めて止まないものだが、今はそのような状況では無い。

 君をかぐやと間違えて拉致した事は、謝罪しよう。しかし、君を調べた事で、君がかぐやにとって重要な関係者であることが分かった。君の言葉通りに、彼女が街を飛び回っているのであれば、方法は至ってシンプル。君を人質に取るまで」

「かぐやが私なんかのために体を張ると思う? 私は十把一絡げの地球人に過ぎないのよ」

「地球人の中で、彼女が君と最も長い時間を過ごしている事は、君の記憶が証明している。無駄な抵抗は止して、我々に協力する方が身のためだと思うが」

「……チッ」

 考えうる中で最悪な答え。相手の決意は固い。これじゃあハッタリに、説得には無意味だ。私には惑星単位の人間を満足させる言葉なんて持っていない。

 隙をついて逃げるにしろ、この鎖じゃ……詰んだ。私は……アイツのためにどうすればいい。

「……はぁ?」

「?」

 今私は何を考えた……? 自分勝手に一人で生きることがモットーの私が、こんな極限状況下でかぐやの、他人の、しかも宇宙人の心配を? 

「ありえない……」

 かぐやはいつの間にか私の精神の深いレベルにまで催眠術を及ぼしたみたいだ。でなきゃこんな感情ありえない。私の生活において家族ですら他人。そして他人である以上、私の生活を脅かすのであれば不要で……むしろコイツに協力した方が、前みたいに静かな生活が戻って来るんじゃ――

「――っ……うっ……」

「おい、地球人というのは、嘔吐しやすい生き物なのか」

 落ち着け私。感情を悟られるな。これは、これは間違いなく私達にとって知られたら不利な物。利用価値を見出されたら、一体何をされるか――

「何をそんなに、ヒステリーに」

 止めろ、私の中に入って来るな。そんな無機質な指を入れてくるな。近寄るな――

「――嫌だ。近寄らないで!」

 何に嫌悪したのか恐怖したのか分からない。けど、言葉はもはや本能で私は目の前の脅威にただただ屈するしか無かった。

「なんだ。どうした。一体君に、何が起きた」

 相手の指が入り込むのにもうコンマ0秒もない。終わった。私の中で何かが終わった……。

「バツン!」「お待たせしましたぁ! 月見庵で~す!」

「……」

「……」

 男の指が止まる。そして、私達は同時に声の方向へと顔を向けた。

 なじみのあるスーパーカブのシフトペダルの音に、エンジン音。そしてこの空気を読まないマイペース過ぎる声は……!

「いたいた。もうエリ、急に消えたと思ったらこんな所にいるんだから。そば屋のみんな心配させちゃだめじゃない。結構探したんだよ」

 どんな原理か分からないけど、かぐやは私と男の間にあっという間に割り込むと回し蹴りを決めて相手を退ける。そして手刀の一閃で鎖を切断して私を解放した。

 大丈夫? 破れた屋根から差し込む光を受けて柔らかな表情が、声が私に向けられる。

「……バカ。遅いのよ……」

 こんな状況でも私は素直になれず、出てくる言葉は強がりばかり。でも、それが私達のいつも通りで、それを理解したかぐやはさらに微笑みかけてくれた。

「さてと。色々聞きたい事はあるけど、まずはなんで君たちが来ているのか教えてもらおうかな」

 私を庇うようにかぐやは男に向き直る。

「……」

 男もまたひしゃげた右手を再生させながら私達を睨みつける。役者は揃い、第二ラウンドの幕が切って落とされようとしていた。


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