五章 暗闇より希望の光 その8

「え?」

 括正は急に横を向いた。木々の奥に異変を感じたのだ。

(どこからか何かが現れた。……なぜだ? 僕の体が行けと言っている。)

 一誠の頼みを途中で放棄するのをどうかと思いながら、括正はつい立ち上がり、その方へ歩き始めた。しばらく歩くと自分より小さな者がうずくまっているのに気づいた。括正はすぐにその者の正体に気づいたが、その者は彼を見るなり逃げようとした。

「ちょちょ、待って待って。」

 括正は慌てて、少女の手首を掴んだ。

「僕だよ、幸灯。」

「か、括正?」

 ひとまず幸灯は座り込んだ。括正は幸灯が怪我をして精神的に病んでいることにすぐに気づいた。怒りの灯の火花が今にも着火寸前だった。

「誰だい、繊細な君をここまで精神的にも肉体的にも追い詰めたのは? 9度の死を与えてやるわ。」

 括正がそう言ったのと同時に、幸灯は涙を流した。

「括正……あなたがついて行こうとした少女は……もう、いません。何も残っていません。」

 泣きながら言う幸灯を括正はしゃがんで優しく頭を撫でた。

「そういうこと言わないの。メッ!」

 注意した括正に幸灯は話続けた。

「私は偽者の王子様の言葉にそそのかされ、楽な道だと思って、自分の意思で血肉の果実を食べてしまった。」

 落ち込みながら衝撃的な事実を言った幸灯に括正は驚いたが、すぐにいい言葉が見つかった。

「そうなんだ〜。だけどね幸灯、力にすがりつくのは間違ったことじゃないんだよ。今回幸灯が手にした力の本質には悪があった。僕もかわいこちゃんに血肉の果実を勧められたら絶対食べちゃうな〜。」

 括正は素直に元気づけるために答えたが、幸灯はまだ落ち込んだまま呟いた。

「そのせいで多くの未来を奪ってしまいました。」

「おいおい〜。僕はどうなるんだよ〜? 戦場でも処刑台の上でも、何人もの方々をこの世から断ち切っているぜ。」

 括正はそう言うと、幸灯は激しく反論した。

「あなたは国の任で仕方なく戦ったり、介錯をしたりしてるだけじゃないですか! 私は…血肉の果実に身を委ねて多くの方を八つ当たりのように殺したのですよ!」

 幸灯はそう叫ぶと、括正は座り込んで幸灯の手を強く握った。

「そうだね〜。君の言う通りだ。だけどね幸灯、僕だって職務なのに憎しみを込めて殺めた命もあるんだよ。」

「え?」

 下を向いていた幸灯は思わず括正と目を合わせてしまった。

「あなたが?」

「そうだよ。それに動機はあくまで動機。罪の上下を決めるものじゃない。僕と君は悪いことをしたって時点で同罪なんだよ。」

 括正はそう言うと、立ち上がった。

「僕も君も罪滅ぼしなんてできないよ。だけど過去の過ちを忘れないままより素敵な人物に生まれ変わる努力をすることはできる。」  括正はそう言いながら手を差し伸べた。

「外国に行こう、幸灯。女王になる道をさ、見つけに行こう。大丈夫。僕が一緒さ。」

 括正の言葉に反応するように幸灯は手を取って、起き上がった。二人は森の中を歩き出した。括正は大まかな今後の計画を語り出した。

「とりあえずお金は今必要な分だけ隠れ倉庫から回収して、残りは例の魔法使いちゃんの呪文でその場で転移させよう。」

「……そうですね。東武国から近くの大陸までどう移動するんですか?」

 幸灯は作り笑顔をした状態で質問をすると、括正は腕を組み首を傾げた。

「そうだね〜。外国に行く手段、外国に行く手段、外国に行く手…」

「余が貴様らのトンズラを許すと思うか?」

 突然割り込んできた声に、括正と幸灯は恐怖を感じた。すると、目の前に服が若干破れた疲れ気味で息を切らしていた宮地 蛇光が急に現れた。

「ハッ、うう。」

 幸灯は恐怖で思わず括正の後ろに隠れた。括正は盾になりながら、蛇光に訊き出した。

「兆の区からも見えた高さだったぞ。あんた一誠さんにぶっ飛ばされたはずじゃ。」

「正解だ。……おかげで余は蛇の姿に戻れなくなった。」

 蛇光は息を切らしながら言った。

「だが奴も甘ちゃんよ。余にとどめをさせたのに、人命優先の行動をした。おかげで余は回復する時間を持てて、奴をあの世へ送れた。」

 それを聞いて括正と幸灯は驚いてしまった。蛇光は笑みを浮かべた。

「何を驚いているんだ? 余がここにいるってことはそういうことだ。体力の少なかった奴でさえも余は苦戦した。だが余は最後に赤の戦士―赤間 一誠を殺したのだ。」

 この世の希望が消えた。それを蛇光から聞いた二人は絶望した。蛇光は話を続けた。

「余は東武国では赤の戦士という悪党を倒した英雄と語り継がれるだろう。真実を知る者を生かすわけにはいかん。特に…」

 蛇光は括正に集中して視線を送った。

「貴様のような出来損ない怪人なんかな! 蛇ン苦!」

 蛇光は自慢の即効で殺せる蛇を解き放った。慌てた括正は身構えた。その時だった!

 ドン!

 幸灯が括正を横に押した。

「え?」

 括正は地面に倒れながら戸惑った。

「あああああ! きゃあああ!」

 蛇光が生み出した小さな蛇は幸灯の首を横から容赦なく噛みつく。

「あああ! 痛い! 痛いです!」

 幸灯は痛みで倒れてしまった。蛇光はニヤニヤしていたが、括正はすぐに幸灯の近くに駆けつけた。

「幸灯! ちくしょう、離れろ悪魔め!」

 括正はなんとか蛇を掴み、遠くへ投げた。蛇は地面に着く前に煙のように消えてしまった。

「幸灯! 幸灯! しっかりして! 大丈夫だから! 僕がいるから!」

 そう言いながら括正は袖の布を少し破り、幸灯の首の血を拭いた。

「括…正。ごめんなさい。あなたが住みやすい世界…造りたかっ…た。こんなどうしようもない私を…信じてくれて…ありがとう。」

 幸灯はゆっくりとまぶたを閉じてしまった。括正は絶望しながら、それでも声を掛けた。

「幸灯?……幸灯? 幸灯! 幸灯! 辞めてよ、死なないでよ! おい!」

「シャシャシャシャシャシャア! 最高だな! 殺す順番間違えたけど、美味な絶望だ! 弱いくせに夢を持つから身を滅ぼすんだよ!」

 蛇光は偉そうに少女を罵った。

「馬鹿にも程があるだろ? こんな出来損ないの怪人のために死ぬなんてよ〜。実質最下位やないかい! なんてな、がっ! …グエッ!…か…か…。」

(おかしい…余が浮いている? 首が苦しい! なぜだ? ……なんだと?)

 目の前を見ると、括正が腕に薄い紫のオーラを持っていた。手はまるで首を持っているような形をしていた。

(嘘だろ⁉︎ あんな雑魚が念力を⁉︎ こいつ、念操者になりやがっ…)

 蛇光が考えている間に、括正は空いている片手で優しく幸灯の体を地面に寝かせて腕を蛇光の方に伸ばしたまま立ち上がった。

「地面に連続でキスしな!」

 そう言いながら括正は腕を大きく振り落とし、蛇光の体も誘導されるように地面に叩きつけられた。

「ガハッ!」

 一発では終わらない。括正はもう一度蛇光を宙に浮かせて地面に叩きつける。この動作を何回も行った。

「ガハッ! ガハッ! ガハッ! ガハッ! ガハッ!」

 そこでは終わらない。括正は両手を使い、念力で木の枝を二本折り、蛇光の背中に直撃させた。

「いってぇ! …後ろから⁉︎」

 苦しむ蛇光に括正は冷静に怒りの言葉を解き放った。

「お前は弱さを馬鹿にしたよなぁ? 弱い僕や彼女を馬鹿にしたよなぁ? だったら僕がお前に弱さにある誇りを見せてやる!」

 こうして侍道化と侍大蛇の戦いが始まった。

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