四章 道化と軍師、そして狼 その12

「静か過ぎる……誰もいないとはどういうことだ?」

 獣の区で二番目に広い町に足を踏み入れたバルナバは、空っぽの町に唖然としてしまった。

「家に閉じ込めっている?……いや建物の中に人の音も気配もねえ。」

 バルナバは何度も耳を澄ましたが、やはり気配はなかった。

「一致団結でも無理な芸当……誰の仕業だ?」

 一方で馬に乗りながら括正は武天の発言に驚いていた。

「はぁー! 町の人を既に避難誘導させただー⁉︎ どうやって?」

「ああ。俺の手の者が指示通りやっていれば、おそらく今災狼がいる町は空っぽだ。」

 武天は淡々と答えた。括正はしばらく空けてた口を再び動かした。

「一体どうやって?」

「説明は後だ。今大事なのは俺がどうそれを可能にしたかではなく、計画通りになったかの事実だ。」

 そうこう馬を走らせていると、空っぽの町の目の前で馬は震えながら自動的に止まった。馬を落ち着かせながら括正は町を見渡した。

「おっとっと。この子がビビるってことは奴がいるという何よりの証拠だ。しかし……フッフッ。」

「何かおかしいのかね? 俺の計画通りに町民がいないのに笑うことがどこにある?」

 武天は括正が笑ったことに少しだけ不機嫌になった。括正は笑顔で友をなだめた。

「いやあ、ごめんごめん。ただ勝利のために多少の犠牲はしょうがないとあっさり割り切っていたはずの鬼軍師が人命を重んじる策を練るとは思わなかったんだ。」

 括正はそう言うと馬を降りた。

「あんたを戦の最前線に連れて行ったのは案外悪いことじゃなかったかもね。」

 括正はそう言うと武天が馬を降りる手助けをした。

「策通りいかないこともあるかもしれない。感情を持ちつつ冷静に、お互い臨機応変に対応しよう。」

 武天は二手に別れる前に括正に言った。括正は武天に向けてサムズアップしてから町の中を小走りした。

「括正君。」

 武天はつい言葉で括正を引き止めてしまった。武天は続けてしゃべった。

「これだけはわかってくれ。僕は君が僕の友達であることがうれしい。はっきり言って角が生えていることや人を殺すことが慣れていることはどうでもいいんだ。」

 この言葉を聞いて括正はにやけて町の中へと走り出した。武天はそれを確認すると、町の中にある違う道を歩き出した。

 一方でバルナバは町の中心にある草が生えた広場に寝そべっていた。

(やっぱり見廻っても誰もいねえ。どうやったんだ?……何よりすごいのが俺がここにいるだろうと思った奴の推理よ。……足音が近づいている。……止まった。目の前にいる。)

 バルナバは目でその人物を確かめるために、両脚に力を込めて起き上がった。

「よう、野良犬。」

 そう言い放った人物にバルナバは驚きを隠せずに動揺してから、笑顔を見せた。

「あっれ〜? あれあれあれ? どこかで会った闇斬撃小僧じゃん。どったの〜? 遠足?」

 バルナバはそこに堂々と立っていた括正を挑発した。括正は笑顔で応対した。

「ピンポンピンポーン、ご名答。ただ形としては課外授業だ。課題内容はことわざの実現だ。」

 バルナバは言葉の遊戯に付き合った括正に対して喜びを覚え、質問を試みた。

「あんたが取り入れたいことわざはなんだ?」

 バルナバの質問に括正はすぐには答えなかった。それどころかバルナバに急接近したのだ。

(俺ほどじゃねえが速い! だがやれやれ、飛び掛かりの居合斬りがわかりやすいな〜。これなら余裕で…)

「おらああ!」

「ブベッ!」

 括正の右手での裏拳が見事バルナバの頰に命中した。

「はああ! タッ! タッ! タッ! タッ!」

 括正の追撃の複数のパンチをさばきながら、バルナバは考えた。

(刀に手を置いたのは陽動か。にしてもこいつ当たり前のように肉弾戦も慣れてるな。型にはまってやがる。だが…)

「リーチも威力も俺の拳が上だ。」

 ようやくバルナバは手を拳をに変えた。括正はそれを確認すると反射的に防御の姿勢に入った。この時もバルナバは感心をしていた。

(へぇ、いいセンスだ。……かわすべき拳と受け止めるべき拳の違いをわかった身のこなしだ。だがこれは対処方がねえだろ…。)

「風パ〜ンチ。」

 純粋な獣の拳と一味違った風を帯びた狼の拳が括正の腹を直撃した。

「ブヘエエエ!」

 括正の体は少し浮きながら後方へ下げさせられてしまった

(痛ええええ! 意識が…。あの村で喰らったのと同じ系統、だが倍の威力!……ぶっ飛ぶ、回避回避回避回避回避!)

「おらあああ!」

 括正は気合で背中を地面に傾けて、これ以上ぶっ飛ばされるのを避けた。

「ヒュー、ヒュー! 逆転の発想、感服感服。」

 バルナバはそう言いながら拍手をした。括正はエレガントにお辞儀をしながら、笑みを浮かべた。

「恐縮だな。だが今ので満足して欲しくないな。」

 括正はそう言いながら、堂々と立ち尽くした。

「答えが遅くてすまなかった。僕の取り入れたいことわざは…」

 括正は笑みを浮かべたままだった。

「窮鼠猫を噛むだ!」

「グオ!」

 バルナバは急に両脚に痛みを感じて、尻もちをした。

(ひざが…斬られている?)

 バルナバの両ひざから大量の血が溢れていた

「体が丈夫過ぎるのも考えものだね〜。致命傷にも鈍感とはな。」

 括正の挑発に苛立ちながら、バルナバは頭の中で状況を整理した。

(拳での戦いは腕自慢じゃない。誘いだったんだ。奴が刀を使わなければ俺も爪を立てない。その賭けに奴は勝ちやがった。そして俺が攻撃に出た瞬間、俺の長身故の死角を利用した。俺知れず刀を使えたわけだ。)

「あんた恐ろしいね〜。」

 バルナバは倒れた状態で賞賛した。括正は真顔に戻った。

「悪いけど、自己再生はさせないよ。」

 括正はそう言いながら合図をした。すると、半円を描くように無数の何かがバルナバの方へ飛んできた。

(爆弾⁉︎…屋根から…あいつは!)

 バルナバは降ってきた爆弾の軌道元を確認して、防具屋の主人を口論で黙らせた少年が自分をにらんでいるのをを目の当たりにした。

(そゆことか〜。ええコンビやないの〜。だが…)

「相手が俺じゃな〜。ホイ!」

 バルナバは腕を横に一振りすると、それによって爆弾たちは発生した風に誘導されてまっすぐ中に武天の方へと向かってしまった。

バゴォーン!

 武天が立っていた屋根は大爆発をした。

「おい、嘘だろ?……武天んんんん!」

 括正はショックで叫んでしまった。

(また僕は守れなかったのか? 友を…。)

「ふー。」

 バルナバは脚が再生すると起き上がってしまった。

「嫌いじゃなかったんだよな〜、あの兄ちゃん。あ、もちろんあんたも嫌いじゃ、」

 バルナバがしゃべっていると、爆発で起きた煙の中から弾丸が飛んできた。

(ん? え…。)

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 つい目を向けてしまったバルナバの腹部に直撃して、彼は悲鳴を上げた。しかもその弾丸には電流が帯びており感覚が麻痺してしまった。煙の中から銃を構えた武天が現れた。

「どうだったかね? 俺が自ら改造した銃の威力は。」

「ぶてーん、生きていたのかぁ⁉︎ だけど作戦は…」

 括正は武天の生存に一安心すると、自分が伝えられた作戦のことを案じた。

「心配ない。半分成功だ。」

 武天のこの発言に括正はへ? 、と反応すると武天は淡々と答えた。

「先の戦で人は絶望的な状況からすぐに立場が逆転すると高慢になりやすいことを学んだ。それを今回利用させてもらった。それだけだ。」

 武天がそう説明するとバルナバは痺れを振り払いながら喋り出した。

「へへ、見事。おまけに半分成功とはよくわかってるな〜。俺はこうして立っているぜ〜。」

「ごもっともだ人狼君。君のタフさは俺の想定外だったわけだ。本来だったら君を戦闘不能にするつもりなのに残念だ。」

 武天はそう言うと、括正の方へ向いた。

「すまないが、後はお願いできないかね?」

武天のこの質問に括正は反応した。

「充分弱らせてくれたんだ。軍師殿は休んでな。」

 括正はそう薦めると、武天は捕縛隊を呼ぶためにその場を去った。括正はバルナバの方へ顔を向けた。

「情けねえ。自分が情けなくてしょうがないぜ。」

 括正は重みを込めて言った。

「強くなるどころか、あんたの言葉に踊らされてたんだからな。」

 括正は指をバルナバに指した。

「認めるよ。僕はあんたと同じ人殺しだ。それにあんたと同じようにそれに快楽を感じたことも認めよう。」

 この時バルナバの表情は少し驚いていた。

「だけど僕はあんたと違って、快楽に浸らずにそれを悪と認識してやる! 死ぬまで向き合ってやる!」

 括正は堂々と答えると、バルナバは笑みとともに賞賛をした。

「虫唾が走るほど立派な心掛けだ。怠惰な聖騎士や宣教師に聞かせてやりてえ。」

「あ、だけど今僕がここにいるのはそういった理由じゃないよ。」

 そう言うと括正は怒りを表すように服とターバンを脱ぎ捨てて裸になった。

「あんたに気持ちをぶつけるためには人間の侍として偽っている僕じゃ届かない。違うか?」

「へっ、違いねえ。俺もあんたの種族は初めて見る。角も立派で脚は俺よりふわふわそうじゃねーか。」

 バルナバの評価に括正は少しキョトンとした。

「初めて受けた……リアクションだな。僕もあんたのことそこまで嫌いになれないよ。だが、許せねえもんは許せねえ。」

 括正は刀を抜いた。

「お前を倒すのに大義や武士道なんてもったいねえ! あんたは赤子や子供を無闇に殺した。それを僕は怒っているから再び挑む! それだけだ!」

 括正はそう叫ぶと刀、拳、蹴り、噛みつきのぶつかり合いがしばらく二人の怪人の間で続いた。

「ヒュー、ヒュー! トリッキーな戦いをするね、ヤギ男。俺が弱体化してるとはいえヤギが狼とケンカするなんて聞いたことねえ!」

 バルナバは喜びで満ち溢れていた。

「殴られても蹴られても、引っかかれても立ち上がるのもまたいいね。…伍層の爪!」

 距離をおいた括正にバルナバは爪を立てて、斜めに大気をひっかくと五つの飛斬のような衝撃波が平行に括正の方に向かった。

「グッ!」

 その内の三つを回避したもの、二つに括正は当たってしまった。バルナバはそれを確認して笑った。

「アッハッハ、あんたらフォーンは人狼や吸血鬼みたいに速い自動回復ができないようになってるから不便だよな〜。あっ、そういやおめえどうして体早く復活したんだ? 俺結構本気で殴ったぞ。」

 バルナバの質問に括正は笑みを浮かべて答えた。

「へへ、たいしたカラクリはないさ。小さな聖母ちゃんが助けてくれたのさ。」

 疑問に思ったバルナバに括正は賭けのような挑発を試みた。

「そういやあんた…悪い奴なのに美しい狼だな。人間状態もイケメンとみた。」

 括正がそう言った瞬間、バルナバはこれまでを逸した殺意で突撃した。しかし括正はそれでも冷静だった。

(ビンゴだな。隙多し。)

「黒鎌一閃!」

 括正は自慢の技を見事バルナバに炸裂させた。

「ぐああああ!」

 通常より速い移動速度の分、威力は数倍である。

「おかしいと思ったんだ。本で調べたが人狼が最もうまく力が発揮できるのは人間と狼の間の状態。確かにあんたは二足歩行だが、狼寄り。後ろめたいことがあるんじゃないか?」

 括正は丁寧に説明すると、バルナバは不機嫌そうに答えた。

「図星なことを平然と言いやがる。海の向こうじゃ俺の人間の容姿を見ただけで惹かれる女性がうじゃうじゃいたんだ。」

「いやうらやましいことこの上ないね!」

 この括正の発言にバルナバは怒りを露わにした。

「俺は昔から俺の容姿を美として褒める奴らが大っ嫌いだったんだ! だから今のこの姿を維持しつつ、誓ったのさ! そいつらが後悔するほどの対極的な功績を残すってな!」

 バルナバは高らかに叫んだ。その後すぐに攻撃を仕掛けるべく雄叫びをあげながら、突撃した。

「うがあああああああ!」

「黒鎌乱閃! うららら!」

 狩人は正気を失った獲物に容赦はない。括正は無数の黒い斬撃でバルナバを攻撃した。その光景を遠くから不思議な力で見ていた者がいた。

「何の余興だ? 嘘だろ? 災狼よ。てめえは数日後、余が倒すはずだったのだぞ! あんなヤギ小僧に負けるのか⁉︎」

 蛇光は自分の屋敷で拳を握り、その辺一帯の大気が酷く荒ぶり歪んでいた。

「こうなったら余が二人諸共…チッ、急接近かよ。ずらかるか。」

 蛇光は近づいてくる複数の気配に気づくと両手を一回強く叩いた。すると屋敷ごとその場所から彼は消えてしまった。

 一方で括正はバルナバを町の外まで追い詰めることに成功していた。括正は刀に力を込めて叫んだ。

「トドメだああああ!」

 括正が心臓を目掛けて突き刺そうとした瞬間。

「肉球風撃!」

 バルナバが獣の肉球を強く伸ばすとそこからとてつもない気圧が括正を直撃した。

(あ、熱い! そして強力!)

 括正は何メートルか後ろにぶっ飛ばされてしまった。

(今のは効いたな。あいつが万全なら死んでた。)

 括正が驚いていると、手を伸ばしたままだったバルナバは手を下げて言った。

「勢いって怖いね〜。俺もビビったぜ。あんたからしたら初めて出した新技だ。」

 その後バルナバは踏ん張る姿勢をみせた。

「だが今から出すのは俺の自慢の技だ。にいちゃんは町とおねんねしな。これが全てを顧みない怪人の強さだ!」

 バルナバはそう言うと、力士達と戦った時の倍以上の息を吸い込み始めた。括正は一瞬焦ったが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

「危機的状況でのひらめきはあんただけの専売特許じゃねえ。」

 括正は刀に込めた。刀を包む黒い闘気の上を血のような赤い何かが溢れていた。

「あんたの信念から生まれた強さも間違いなく一級品。」

 括正は素直にバルナバを称賛した。

「だが僕は違う生き方を選ぶ。奪ってきた命や奪うであろう命、救ってきた命や救うであろう命、全てを背負う。重荷と喜び、二つを背負って生きてやる!」

 両者は睨み合いながら、お互いの技を貯めた。

(肺が今にもはちきれそうだ! だが自由のため、確実にあのヤギを倒さなきゃならねえ!)

 バルナバはそう思いながら、口に風を吸い込んだ。

(刀が…重い! 体が持つか、いや持たせる! 奴がこの国をこれ以上荒らさないために! 犠牲者をこれ以上出さないために!)

 括正はそう思いながら刀に力を込めた。

 やがて決着の時。僅差だったが先に技を放ったのはバルナバだった。

「大地ヲ切リ裂ク獣王ノ咆哮!」

 大声で言った後に、バルナバの口から破壊力の高い爆風が解き放たれた。

「嵐をもかき消すバラとなれ! 飛斬、血染の黒豹!」

 括正はそう叫びながら刀を強く振ると切れ先から彼の7倍の大きさがあるであろう赤い血のような波動を帯びた黒い斬撃が解き放たれた。この攻撃は風の勢いを括正の言葉通りかき消し、バルナバに直撃した。

「グアアアアアアアアアアア、ぎゃああああああ!」

 この攻撃によってバルナバの体のあらゆる部分は焼けるように切り刻まれ、体が完全に動かなくなってしまった。しばらくしてから括正は仰向けの大の字になって倒れたバルナバに歩み寄った。バルナバは笑みを浮かべていた。

「まいったな〜。動けねえ〜。今回に関しては自己回復は無理だな〜。」

 バルナバは状況をわかりやすく説明すると、括正は言葉を発した。

「まだ口は動くんだ。あんたもしぶといね。ふー、結構今の技体力奪うなー。」

 括正はそう言うと空に顔を向けた。

「もうじき捕縛隊が来る。だがあんたのことだ。どんな牢獄に入れられても、諦めずに抜け出す方法を考えるに決まっている。そして大空に羽ばたくんだろうね。」

 この括正の発言にバルナバはにやけながら反応した。

「俺をよくわかってんじゃねーか。うれしいぜ。まあその洞察力に免じて、もうこの国には何もしねえ。おとなしく出ていくから安心しな。」

(最もクソ蛇に知らず知らず利用されるのはごめんだという理由もあるがな。)

 バルナバはそう思っていると、括正が笑顔で彼と目を合わせた。

「誰よりも自由でいたいと思う心。そこから生まれる人狼としての強さ。正直うらやましいよ。」

 括正がそう言うとバルナバは言い返しをした。

「うまく理解できねえが、あんたもいいもんもってんじゃねーか。……あんた名前は? 異名はあるのか?」

 バルナバは質問すると、括正は手を丸めて親指を自分の胸にあてて、高らかに答えた。

「僕は岩本 括正。異名は……侍道化。」

 それを聞いてバルナバはかなり驚いた。

「にいちゃんが…侍道化? ……確かに噂に当てはまるところはあるな。」

 バルナバは今度は空を眺めた。

「括正君よ〜。あんたは確かにフォーンだが、ヤギなんて生易しいもんじゃねえ。」

 バルナバは深く息を吸った。

「お前はどこまでも喰らいつく、ジャッカルだ!」

 こうして災狼の暴動は鬼軍師と侍道化の活躍により食い止められたのであった。


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