四章 道化と軍師、そして狼 その8
「君も魔法を使えたとは驚きだよ。」
武天は横に座りながら、括正に質問をした。
「ん、ああ。最近習得したんだよね。父上の書斎を掃除してたら、メモ書きがあったんだ。魔力が低くてもできるから、やってみたんだ。そのかわり体力をすごくとるね。」
括正は説明すると、空を仰いだ。
「なぜ道長殿がそれを知っていたかは謎だけど。」
道長が息を引き取った後、クビにしたはずの彼の部下数人が涙を流し、遺体を持って行った。そして何故か全員涙を頑張って堪えながら笑顔で括正の肩を軽く叩いたのだ。それを思い出し括正は手を肩に置いた。
「もしもこの戦にて道長殿が参加していなかったら、敵の総大将の捕獲は難しく、獣の区が政権を握っていたかもしれん。雄也は危険思想の持ち主。我々が負けていたら、より多くの者が自らの強い意志で彼についていき、メルゴール中が混乱に陥っただろ。」
武天は淡々と話した。
「道長殿はこの戦をどうしても避けられなかった。だからこそ君に何かを託した。少なくとも俺はそう見えた。」
「……僕は一体何を託されたんだ?」
括正は不思議に呟いていると、急にくノ一が彼らの前に現れた。括正はうわっ!っとびびったが武天は冷静に対処した。
「どうした、スズメ。」
くノ一は小声で耳打ちをした。武天はガタガタと震え出した。
「私は伝令を他に届けなければならないので、御免!」
そう言うとスズメは風の速さでその場を去った。括正は気になって武天を揺らした。
「武天君、どうしたの?」
その瞬間、武天は勢いよく括正の腕を掴んだ。
「この区を去るぞ! この国にしばらく潜伏していたイカれた人狼、災狼がついに暴れ出した。ここから北で暴れ始めて着々と首都に向かっているらしい。」
括正はそれを聞いて驚いた。
「災狼がこの国に⁉︎ 何故だ⁉︎」
「奴に理由はない。好きな時に好きなだけ暴れる。そういう男だ。」
武天は震えが止まらなかった。括正は彼の手を振りほどき、立ち上がった。
「だったら答えは一つ。侍として向かい打たなきゃ!」
「お前は災狼の恐ろしさを全くわかっていない! 東武国の強い侍の五本の指に入る、あの火雷 狂矢を打ち破った化け物だぞ!」
括正はそれを聞いて、歩くのを辞めた。
「君が知るのは無理がない。ものすごく強い我が国の侍が異国の怪人に負けた。世間はそれだけで騒ぐから、この情報は一部の権力者のいる地域にしか知れ渡っていない。」
武天はそう説明すると、括正は激しく動揺した。
(う、嘘だろ? あの狂矢殿が負ける? あんな強い侍が負けたのか? 狂矢殿が強いのは僕が身を持って知っているんだ!)
・・・
・・・
(ここからは括正の回想である。)
僕が狂矢殿に遭遇したのは武天君と出会ってしばらく経ってからの頃だった。彼の護衛で朝廷まで出向いた時、僕は公家の娘と廊下で出会った。姫君は戦乱が続いている国を嘆いていた。戦争放棄の署名活動も健気に行っていたそうだ。僕は彼女を元気づけようと励ましをしたんだ。
「姫様大丈夫ですよ。内戦ももうすぐ片付きます。全ての区はまとまりますぞ。」
僕は自分の意見も述べたんだ。
「戦がなくなれば、犯罪もぐぐんと減ります。私の苦労も少しは減ると…」
「聞き捨てならねえな! おいいい。 おいって!」
その声はズカズカとやってきた。おそらく二十代の侍だった。なぜか怒っていた。
「ターバン腹黒小僧! 俺のビートを乱してくれたな!」
狂矢殿は勢いよく僕に接近した。
「俺の名は火雷 狂矢! 答えろ小僧! 貴様はいつどこでどのように苦労した⁉︎」
怖かったけど僕が勇気を出して答えようとしたんだ。
「ハッ! 申し上げます! この私は、グワ!」
「ロックじゃねえのにやかましか!」
狂矢殿は僕の首根っこを片手で掴み分厚い廊下の壁に僕の頭を叩き付けたんだ。彼が強いことは理解はできた。
「言ってみろ、クソガキ! 貴様は何を頑張った?」
殺してやる。
「申し上げてみよ、小僧!」
殺してやる。
「オラどうした! 貴様の苦労話聞かせろよ!」
殺してやる。
狂矢殿が僕を壁に叩きつける度にそう思った。
殺してやる。
殺してやる。
殺してやる。
殺してやる。
殺してやる。
殺してやる!
殺してやる!
殺してやる!
殺してやる!
殺してやる!
だけど僕じゃ狂矢殿に勝てないともわかっていた。あの時、姫君が誰かを呼んでなかったら、僕は確実に狂矢殿に殺されていた。恐ろしい侍だ。
(回想はここで終わり、現代に戻る。)
・・・
・・・
「狂矢殿が負けた相手に僕なんかが…。」
括正は武天に背を向けて立ち止まっていた。武天は括正に呼びかけた。
「子供である我々がどうこうできる相手じゃない。一旦戻り、俺が討伐隊を編成する。君が心配することはない。…おいどこへ行く?」
ゆっくり歩き出す括正に武天は質問した。
「あんたがそうしている間に被害が増えないと言えるのか?」
括正の質問に武天は答えることができなかった。括正は話を続けた。
「怖くないわけじゃない。今にもちびりそうだし、誰かに任せられる重荷だと思っている自分がいるのも情けないよ。だけど侍としてここで逃げたら自分を誇れるか? そう聞かれたら今の僕は立ち向かうしかないよ。」
括正は振り向いた。
「あ、だけどあんたはついてくるなよ。あんたは自分のできることと得意なことをやればいいから。」
そう言うと括正は草原の先の森へと走って行った。
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