四章 道化と軍師、そして狼 その6

「君はいつも軽装なのかね?」

 目だけ見えるように顔を布で隠した武天は全身黒で控えめな防具の括正に聞いた。今日は獣の区の主力大名の軍との決戦の日であり、早朝から兵に紛れた二人は会話をしていた。

「心臓や脳とか当たったら明らかに致命傷になる部分はしてるよ。だけど僕は動きやすさ重視だから。攻撃は攻撃で防ぐか避けた方が効率的だからね。」

「攻撃は最大の防御。君はその考えを信じているタイプの人間なのだね?」

 武天はそう聞くと、括正は頷いた。

「そういえばあんたのことだから暗記したと思うけど、ちゃんと指示に従ってね。伝え方はハンドシグナルかもしれないし、口頭による暗号かもしれないけど頑張って。」

「了解した。」

「後僕いつもと違って言い方キツめになるかもだけど、別に武……鬼君のこと嫌いってわけじゃなくて、命に関わる現場だからそこは了承してね。」

「君は口はドジっ子だな。了承した。」

 しばらく兵に紛れながら移動すると、休憩地点に到着した。

「僕達の所属している隊はまだ出動しない…ってのは知ってたよね?」

 括正は武天に問いかけると、武天は冷静に答えた。

「ああ、俺の作戦だ。」

「だよね〜。時間はあるからあんたはこの近くにあるこの村に行ってきてくれ。」

 そう言いながら括正は地図を出して指を出した。

「出発する前にも言ったけど、先日この村には丈夫な防具があると聞いて行ってみたんだが、鬼君の場合買った方がいいと思う。後、もう一度言うけどこの防具屋の主人にはに警戒心必須だね。行き来確認したが、ここから距離は短いし危険はないと思う。」

 括正の説明に武天は頷いた。

「まあ俺の素顔を知る者は限られているが、大丈夫だと信じよう。」

 武天はそう言うと地図を受け取り、一旦途中で声をその場を去った。括正はそれを確認すると兵用の飯屋に向かった。が、途中で声を掛けられた。

「久しぶりだな。岩本のお坊ちゃん。」

 老練っぽい声に括正は目を合わせてしまった。

「ゲッ! 工藤…み、ち、な、が。」

「おいおい〜、お主。ゲはないだろ。ゲは。」

 あぐらをかいていたその漢は、幾千の修羅場をくぐり抜けた武将らしきオーラを持つ坊主の老人だった。名を工藤 道長という者である。

「ワシは地響きのレドブルの討伐を賞賛したくて声を掛けたんじゃ。」

 道長はそう言うと、括正は社交辞令として挨拶を始めた。

「道長殿、お久しぶりです。お褒めの言葉感謝でございます。」

 括正は挨拶をすると同時にあることに気づいた。

「道長殿、護衛の者は?」

「全員クビにした。ここにも来ておらん。」

 道長は淡々と答えると、括正は感情任せに話し出した。

「何を考えているのですか? 僕の父上が何度もお救いした道長殿の命は戦で散るためにあらず。」

 括正はそう言うと、道長は真剣な顔で応答した。

「無論、お主の父には感謝している。おかげでその度に大義を成せられた。あれほど武士道を大切にしてそうな漢はいないと思っておる。」

 道長はここで一転、先程の不敵な笑顔に戻った。

「だが同時に性に合わん。あれほどの侍がなぜ権力を持ちたがらん? ワシなら手柄を全て利益に変えるがな。おまけに得体の知れないヤギ人間の赤ん坊を拾って子供にするとは、意味がわからん。お主の活躍や奉行を聴いている。お主もうつけだが、お主の父も相当なうつけじゃ。」

 道長がうつけと言った瞬間、括正は怒りで刀を抜いて、老兵の首を目掛けて斬ろうとした。

「父上を馬鹿にするなあああ! 策略武人!」

 括正はそう言いながら、全力の一撃を試みた。しかし。

「なっ!」

 何と道長は指一本で括正の斬撃を受け止めた。いや、正確に言えば道長の指は括正の刀に直接触れてはいなかったが、ギリギリのところで刀が止まっていたためそう見えたなのだ。それに加え、括正は体を一歩も動かせなかった。

(う、動けねえ! この感覚はの技は体験がある。父上との練習稽古、あの海賊に海に放り投げられた時、あ……後朝廷の都に行った時か…。)

「魔法とはまた違う特殊能力―念力。道長殿も念操者かよ。」

 括正は恐る恐る言うと、道長は笑顔のまま答えた。

「ご名答。今のお主に勝ち目はゼロじゃ。刀と殺意を納めるがいい。」

 道長はそう言うと、括正は仕方なく刀を納めた。

「お主は誤解しておる。うつけとはワシが使う一番の褒め言葉じゃ。」

 道長はそう言うと括正は腑に落ちない言い分を返した。

「うつけとは愚か者という意味では? 言われていい気分ではないと存じます。」

「愚か者とうつけの違い……いずれお主もわかるさ。……しかしお主の怒りの沸点も面白いのう。父を馬鹿にされて怒るか。いい拾い子じゃ。」

 そう言いながら道長は括正に接近した。

「これも何かの巡り合わせ、お主に頼みがある。」

 そう言いながら、道長は括正の耳元で小声で頼みを囁いた。括正も流石に動揺する頼み事だ。

「いやなぜ僕が? あなたの問題でしょ?」

「確かにワシの問題じゃ。だが下手したら世界が巻き込まれる。ワシの実力で足りなかったら仕方ないじゃダメなのじゃ。」

 道長はそこでまた小声になった。

「まだガキであるお主に脅しをかけるのはあれだが、言うこと聞かなきゃ若を戦場にお連れしたことバラすぞ。」

 これを聞いた括正は舌打ちをした。

「チッ、バレてたか。わかりました。もしもの時は私が手を下します。充分弱らせて下さいね。」

「ワシも侍じゃ。当然じゃ。ありがとう。やはり岩本の坊ちゃんは真のうつけだ。さて、ワシは武将達が集まる軍法会議場に戻るかのう。」

 そう言いながら道長は高笑いしながらその場を去って行った。



・・・

・・・


「だからよ〜雷百って防具あるだろ〜? 金あるからくれよ〜。」

 バルナバはある村の防具屋の主人にお願いをしていた。

「そんなのない。帰りたまえ。私にはコネクションがある。」

 頑固な店主は防具を売るつもりはなかった。

「ふん!」

 バルナバは諦めて家を出ることにした。

(あの野郎俺が金無いと判断して嘘つきやがったな。おそらくコネクションも見栄だ。肝が座っているのは大したものだ。ここでひと暴れもいいかも知れんがどうせならもっとでかい引き金で暴れてえ。……おや?)

 先程括正と別れた武天が防具屋の店の前にやってきた。

(へぇー、あんなガキでも兵士なのか? まあ一流の泥棒もいるんだ。驚くことじゃねえ。……しかし女装も似合いそうな童顔だな。いかにも少年っぽいのに聡明さや賢さもありそうだ。奴の目的はおそらく同じ……身なりはどう見たって貧乏だ。どう出る?)

 バルナバがそう考える一方で、武天は店を見つめていた。

(策は万全。いざ入らん。)

 そう決意して武天は足を踏み入れた。

「御主人、雷百という防具をお願いする。」

 武天はそうお願いするのをバルナバは窓から見ていた。

(へっ、この店主は身なりで真実を言うか否か決める。つまり、店主は嘘をつく。)

 バルナバの思った通りに防具屋の主人は答えた。

「小僧、どこでそれを知ったか知らんがそういうものはない。帰れ。」

 この主人の言い分に武天はかなり冷静だった。

「そうか。しかしおかしなお話だ。30人以上の人間に雷百という防具はこの村のこの店にあると聞いているのだ。」

 淡々と答える武天にバルナバは感心していた。

(ほぉー、嘘を嘘で返すか。いいね〜。最高に悪だね〜。ここで店主が口であいつに嘘を付いていると言ったら、カウンターを喰らう。実際売っている輩には売ってそうだからな。よってガキの次の発言までおっさんは黙るしかない。)

 そうこうバルナバが考えている内に武天は口を開いた。

「俺の推測は二つ。その内の一つは貴殿に恨みがある詐欺師がここら辺に潜んで特殊な防具があるといホラを吹いているということだ。だとしたらこれ以上被害者を増やさないという大義の下、そいつを捕まえるべきだ。そう思わないかね?」

 推しを強く言い張る武天に防具屋の店主は少し動揺していた。

「た、確かにその通りだ。だけど小僧は何もする必要はない。俺の問題だ。俺にもツテがあるし。」

 防具屋の店主の発言に武天はさらに推した。

「そうはいかない。俺も被害者なんだ。問題の解決のために是非尽力しよう。早くそのツテを呼びたまえ。……それとも俺のもう一つの推測を念の為聞きたいかね?」

 武天は最後にそう聞きながら睨むと、防具屋の店主はまるで鬼に睨まれたように寒気を感じてしまった。防具屋の主人は白状することにした。

「……すまん小僧。嘘を付いていた。雷百という防具は店にある。」

「知っていた。最初からあると言いたまえ。さっさと用意したまえ。俺のサイズは…」

 武天は自分のサイズを説明している時にバルナバは感服していた。

(堂々とした奴だ。見事に手に入れられそうだ。)

 防具屋は渋々防具を持ってきた。

「えー、代金は…」

「おっと、そうはいかない。ただで貰い受ける。」

 この発言にバルナバも店主も驚いた。

(何、一体どうやって?)

 バルナバはさらに興味津々になった。防具屋の主人はついに怒り出した。

「ふざけんじゃねえ! なんでただでおめえなんかに…」

「ふざけているのは貴様だ。いいだろう。払ってやらんでもない。しかしこちらはこちらのコネクションを利用して訴えさせてもらう。どういった罪状でどれだけ貴様からむしり取れるか説明するとだな…」

 武天はわかりやすく罪の具体性と代価を説明して、合計を言った。主人は完全にあたふたしていた。

「そ、そんなに? 俺は生活でき…」

「だったら今選びたまえ。この防具をただでくれるか、後で俺に大金を奪われるか。どちらかを選べばどちらかは無しだ。さあ! さあ! 選びたまえ!」

 結果、武天はただで高価で便利な防具を手に入れることに成功した。休憩場に戻る途中でバルナバは思わず引き止めてしまった。

「おい、神童!」

 バルナバはそう呼びかけると、武天は振り向いた。

(大男…だが長身。顔がよく見えない……何者だ?)

 武天はそう考え事をしていると、バルナバは爽やかな風に乗せて袋を武天の方に飛ばした。手に掴んだ武天はそれが金の入った袋だということに気づいた。

「見物料だ。楽しかったぜ。」

 バルナバはそう言うと、武天は何かを感じたのか返事もせずに急ぎ足で休憩場に向かって行った。

(へぇー、最後まで賢いな〜。)

 バルナバはそう思うと、違う方向へと向かった。

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