三章 侍道化の珍冒険 その12
「グ、己……貴様。」
ただでさえ体力のない武天は、レドブルに首根っこを掴まれ無理矢理攫われていた。
一瞬の出来事だった。武天が指揮を執る捕縛隊は突然強力な向かい風に襲われた。レドブルが授かった翼を用いて繰り出した技だ。しかしそれは陽動に過ぎなかった。レドブルは捕縛隊の背後に回り込み、最後尾の兵の固まりで高みの見物を試みていた武天を鷲掴みした。そのまままた翼を利用した荒技で砂嵐を発生させて、武天を連れて森に隠れるように飛び去った。それが数秒前の出来事である。
「詰みだな、鬼軍師さんよう!」
飛びながらレドブルは高らかに言った。
「お前を拷問して吐けるもの吐かしてやらぁ!」
レドブル優越感に浸りながら優雅に木々を避けながら飛んでいた時だった。
「刺―火巣!」
括正が背後から両手で刀を持った状態で強力な突きを放ち、レドブルの背後に見事直撃した。
「いでええええ!」
レドブルの背中は少し燃えて、痛みで思わず武天を離してしまったと同時に、ぶっ飛ばされてしまった。落ちていく武天は悲鳴をあげた。
「うわああああ!」
「おっと、まずいな。ツア!」
同じく空中にいた括正は近くの木を蹴って、武天が着地しそうなところを武天より早く着地して、彼をお姫様抱っこでの状態で見事キャッチした。
「お怪我はないですか、松平の若殿。」
括正は優しく微笑むと、武天は少し涙目になった。
「括正君……生きていたのかね? 君は死んだと聞いたのだ。」
「へへ、まあ後で話すよ。」
括正はなだめると、武天は落ち着きを取り戻した。
「それもそうだ。それにしてもありがとう。手間を掛けさせてしまってすまない。」
「全くだよ。どうせお姫様抱っこするんだったらかわいくて素直な女の子がよかったぜ。」
「いや空気読みたまえ!」
武天はツッコミをした後に、降ろされると括正に質問した。
「見たと思うが、奴はなぜか翼を授かったようだ。……勝ち目はあるのか?」
括正はこの問いに不敵に笑った。
「もちのろんだよ。奴は空を飛べるだけ。僕のやることは変わらないよ。あんたはすぐに戻ってここに向かわせな。ただあくまで囲むだけだ。戦わせない方がいい。」
括正はそう指示すると、武天は了解した、と言ってすぐに連れてかれた道を引き返した。
「さて…。」
括正が走っていった武天を確認して反対の方に振り向いた瞬間だった。
「んもおおおお!」
翼を荒々しく動かしながら、怒りを燃やした地響きのレドブルが戻ってきた。
「小僧、てめえ何者だ⁉︎」
宙にいるレドブルの質問に括正は淡々と答える。
「がっかりするなよ? 僕が侍道化だ。」
しばらくの沈黙の後、レドブルは大笑いをした。
「あはははははははは、冗談きついにも程があらあ! おめえが侍道化のわけねえだろ! 侍道化はもっと筋肉質な殺戮武人と聞くぜ!」
この発言に括正は鼻で笑って、笑顔のまま目を睨ませた。
「俺の目を見てみな。逸らさず睨み返してみな。」
この挑発にレドブルは多少の苛立ちを覚えた。
(ケッ、これだからアマチュア戦士は。俺と目を一定の秒数以上合わせて念じれば心読まれるの知らねえのか? 乗ってやらあ! どれどれ、お前の策を……なっ!)
レドブルが括正と目を合わせた瞬間、地響きと恐れられた傭兵は思わず飛ぶのを辞めて地面に急降下。尻もちをしてしまった。
「て、てめえ! 俺を踏み台に…俺の角を使って吸血鬼に⁉︎」
その時の括正の心には恐怖がなかった。あるのは静かな殺意と角を奪い吸血鬼になるビジョンだけ、策はなかった。レドブルはそれが恐ろしくて仕方なかった。
(こいつ、戦闘力の差をわかっていないのか⁉︎ だめだ! 一つのことしか頭に入ってこねえ!)
「あんた、この国で狩られる側になるって思わなかっただろ?…道化乱歩。」
括正がお得意の技を言うと、ゆっくり歩み寄るフリをしてジグザクに風の如く接近したと思いきや元の場所に戻っていた。
「もらったぜ、必需品。」
括正はそう言いながら、手に持ったものを見せた。
「てめえ! いつの間に!」
レドブルは念のため右手で確認したが、間違いなく括正の手元にあったのは自分の角だった。
「ゆ、許さんぞおおおおおお! んもおおおお!」
レドブルは立ち上がり、距離を置いて拳を構えた。
「おめえはもう俺に勝てねえ! 武器なし、威力上がり、広範囲の軟骨武乱致を喰らいやがれ!」
レドブルの脅迫に括正は落ち着いて、介錯をしてる時に付けている白ピエロの仮面を顔に被せた。
「あんたはこの仮面に無意識に集中して目をしっかり合わせられない。つまり、あんたは僕の心が読めない。」
括正の説明にレドブルは動揺を隠せなかった。
(チッ、今度は本当に読めねえ! だがだからと言ってこの技を対処できるわけじゃねえ!)
「軟骨乱致!」
レドブルはそう言って地面を叩くと、上に相手を突き上げる風の衝撃が括正に向かっていった。しかし…。
「邪愚輪具!」
括正はそう叫びながら、刀を前に持ち、手首のみで勢いよく刀を回した。
(な、あの小僧! 手首と刀だけで俺の軟骨乱致を防ぐどころか打ち消しやがった!)
レドブルは自分の自慢の技が打ち消されてことに驚きを感じた。
「おいおい、あんた驚き過ぎだぜ? パワーやスピードがなくても、手首を鍛えてタイミングを見計らえば誰でもできる曲芸だよ。さて…」
括正は仮面を外した。
「いつまでも隠し事は良くないな。また心を見せてあげるよ。」
(へ、こいつ自ら覗かせるとは……まじかよ! マイキーの非じゃねえ!)
レドブルはまたしても、震えてしまった。
「なぜ貴様みたいな雑魚が、手からビームを?……どうせハッタリだろ?」
「さあな、それはあんたが決めろよ。」
そう言うと括正は左手を伸ばして、レドブルに手のひらを見せた。
(ハッタリじゃねえ!)
人生で己の恐怖を感じたことがないレドブルはまたしても動けなかった。
(さて……集中だ! この技頭で覚えずとも体が知っている。)
括正は刀を持っている右手を左腰の近くに置き、力を溜めながら、ゆっくりと標的に近づいていった。レドブルは何に怯えればいいかもわからなかった。
(こ、このままじゃあの静かな殺意が込められた刀に斬られる! だが下手に動いたらビームでアウトだ。どっちがやべえ⁉︎ 考えろ! ビーム? 刀? ビーム?)
「タイムアウトだ、牛男。」
気がついたら括正の刀が届く範囲にいた。
「沈め。羅剣!」
技を叫ぶと同時に刀を高速で平行に振り、空気を遮るような白い太刀筋を作った。
「グ…ハッ。」
レドブルは気絶して仰向けに倒れた。その後に括正が斬った部分の鎧が斬れて、血が軽く出た。
「へへ、心が読めるのが逆に枷だったな。おかげで僕の想像を現実だと思い込んだんだからね。ビームなんか出せねえての。」
括正は刀を鞘に納めた。
「まあでも、こいつがそう思ってくれたおかげで一歩も動けずに、威力は一級品だが発動できるまで時間が掛かって隙ができる羅剣をお見舞いできたからいい陽動にはなったな。」
しばらくして武天が捕縛隊を率いて、レドブルは連れていかれたしまった。その場には武天と括正だけが残った。
「括正君、美の区を救った英雄にこう言うのは申し訳ないが……君魚臭いぞ。」
武天の発言に括正は自分の匂いを嗅いだ。
「うお、くせええ! シーコングに丸呑みにされてから、嗅覚麻痺してた〜。そういや、シーコング脱出してから僕が遭遇したほとんどの奴が鼻をムズムズさせていた気がする。」
括正の発言に武天の方が驚く。
「いや、気づけよ!……俺の隠れ別荘の一つが近くにあるから、一緒に行かないか? 庭に温泉がある。そこに隠れている君もどうかね?」
武天が目の位置を括正から逸らして訊くと、括正は不思議に思って後ろを向いた。気づかれてビクビクしながら、幸灯が出てきた。
「あ、あの……初めまして。」
幸灯は緊張しながら、挨拶をした。括正は驚いて反応した。
「あれ、てっきり違うとこ行くと思ってたんだけ…」
「あなたが心配だったんですっ! なんで無傷なんですか⁉︎ バーカッ!」
幸灯はつい感情的になって怒ってしまった。括正は笑顔で彼女をからかい出した。
「えええ〜。心配してたの〜? 嬉しいなあ!」
そう言いながら、括正は踊りだすと、幸灯はさらに怒った。
「うるさい! 臭いのに生意気です。」
この発言になぜか武天が反応した。
「いや臭さは君も同じくらいなんだが……そして言葉は意味を理解して使うものだ。」
「生意気って使い方私合ってますよ。だって括正は、んぷ!」
幸灯が事実を言おうとした途中で、括正は急いで彼女の口を塞ぎながら空いている片手で彼女の腰を持った。それから距離を置いてから、小声で囁いた。
「僕あいつに国創り誘われたんだけで幸灯に忠誠を誓ったから断ったんだ。あいつ身分が身分でプライド高くなっているとこあるから、これは秘密にして。」
これを聞いて、幸灯は数秒考えてから可愛く頷いた。二人が武天のいる方向に戻ると、武天は話し始めた。
「君達……色々大丈夫かね?」
すると、幸灯はお姫様のような上品なお辞儀をした。その後手を合わせ、首を傾げた。
「まあ、あなたは私を迎えに来た白馬の王子さまですか?」
「「いや、急にどうした⁉︎」」
括正と武天は思わずツッコミを入れてしまった。その後に武天は淡々と質問に答えた。
「まず俺は確かに特定の地域を治める権力者の息子だが、どちらかというと若殿だ。後、戦場は白馬より黒い馬の方が目立たず移動しやすいのだ。」
「王子じゃダメなんですか?」
幸灯はまた首を傾げて問いただした。武天は澄ました顔で答えた。
「お嬢さん、覚えとくといい。この世界は残酷で、卑劣で、不公平だ。だから白馬の王子さまは存在しないのだよ。」
これを聞いて少し涙目になった幸灯がいた。だがそれに気づいたわけじゃないが、なぜか括正が怒り出した。
「いるわ、ガリ勉やろう!」
「いや括正君、何故に君が怒るのだね? それに勤勉であることは悪いことではないから、俺は褒め言葉として受け止めよう。」
武天の言葉を気にせずに、括正は語り出した。
「勇敢な白馬の王子さまや最高にかっこいい真のヒーローが近くにいなかったらこの世の果てまで探しに行けばいい! 理想がいなかったら自分がなればいい! 自分が理想になれる自信がないなら理想が誕生しそうな国を造ればいい。ね、お嬢さん?」
括正の言葉に幸灯は笑顔を取り戻しはい! と言うと武天は軽く笑って。
「ふふ、面白い。……それはそうとお嬢さん、初めまして。俺は松平 武天と言う侍だ。君のことはなんて呼べばいいかね?」
武天の質問に幸灯は真面目に答えた。
「未来の女王陛下でいいですよ。」
「……いや、そういうことではなくてだな。君の名前を俺は知りたいのだよ。」
武天はそういうと、幸灯は少し慌てた。
「え? え? あー! そういうことだったんですか⁉︎ すみません。」
必死に謝る幸灯にを武天は不思議に思った。
(この子は本気で言ってたのか? いや、括正君も何一つ動揺してねえし! どゆこと?)
「武天さん、こんにちは。私は幸灯と申します。」
幸灯は先程のように上品なお辞儀をして、挨拶をした。
「先程も言ったように俺の別荘がある。括正君は強制参加だが…」
「いや、なんで俺強制⁉︎」
「ここまでの君の経緯を是非聞きたい。後俺は友達が少なくて寂しいのだ! そして君は面白いから好きだ。」
「素直でかわいいな、おい!」
武天は視点を幸灯に戻した。
「君も女性なら臭いのは嫌だろう。来ないかね?」
この誘いに幸灯は目をキラキラさせて、はい、と答えると三人は別荘に向かうのだった。 こうして括正は無事に美の区へ帰還したのだった。
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