三章 侍道化の珍冒険 その7

 シーコングの口を脱出してから小舟が浮いていた場所から東武国の距離は、人魚の遊泳速度からしたら、そこまで遠くなかったので、括正と幸灯はあっという間に東武国に帰還できた。しかもちょうど幸灯が小舟を出した蓮の区の海岸に着いたのだ。海岸の土を真っ先に踏んだ幸灯は大いに喜んだ。

「ふわぁ〜。信じられない。括正私達無事に戻ったんですよ。東武国に戻ったんですよ! うううう、うわああああん!」

 幸灯は喜びのあまり大泣きをした。人魚はというとようやく解放されると思い、一息ついたが、括正は彼女を持ち上げ肩に担ぎ始めた。

「ちょ、ちょっとぉ! 離しなさいよ! 約束が違うじゃない!」

 人魚はギャーギャー騒いだが、括正は無視して幸灯に質問した。

「幸灯、ここは東武国のどこか知ってたりするの?」

「ちょ、無視すんな!……ま、まさか私を見せ物にして……いやあ、離して! お願い! それだけはやめてー!」

 ジタバタする人魚を幸灯は心配そうに括正に尋ねた。

「その前に括正、なぜ人魚さんを離してあげないんですか?」

「そうだね。……気が変わった。」

 幸灯は括正のこの言葉を考えるため、黙り込んだ。少しして幸灯は手をパンと合わせてこう言った。

「なるほど。確かに人魚って見せ物としてうまくやればお金がガッツリ稼げますよね。曲芸をやらせるもよし、ただポーズを決めるだけもよしで考えたらきりがありませんね。」

「君は自分がクズ発言している自覚を持ったらどうだ? そういうことじゃないよ。話戻すけど、ここは東武国のどこか知ってるの? 幸灯が宝を隠してる場所とか近くにあったりする?」

 括正の質問に幸灯は淡々と答えた。

「ここは東武国の蓮の区の海岸です。この海岸は時の流れが違う海の城に続く道があると言われているらしいです。お友達が多いお方だったら、仮に城に行って戻ったら知り合いがいないなんて嫌ですよね? だからこの海岸は呪われているらしいので、この海岸もここらへん一帯の森も滅多に人が通らないらしいです。まあ私としてはお金やお宝を隠しやすいので実に都合がいいのですが。」

 括正は最後の一言に反応した。

「おお、近くにあるの?」

「え、はい。ついでに地図もあるので括正も適切なルートで美の区に帰れるかも知れませんよ。行きます?」

「よし、行こう。」

 そう言うと括正は人魚を担いだまま幸灯についていった。


・・・

・・・


 一方で舞台は東武国への進軍を試みた海賊達が滞在している島に移る。数多の海賊と侍が命を削り合っていた。その中で最も派手に何人もの侍の命を絶っているのは、海賊達を束ねるボス、ビリー船長である。

「君と貴様はビリビリ〜。お前らはスラッシュ! お前はトウ! ワロス、蹴ったら死んだー! お前らはドカーン! 次のお前らは焼かれてフェスティバル! からの侍の真似〜! シュパパパパパ!」

 適当なことを言いながら血吹雪を舞踊らせるビリーに敵はいなかった。一方でビリーがいる島の反対側の港、侍達が船から降りては何人かは倒れ、何人かは逆に海賊を斬って進軍した跡地に小舟を片手で漕いで遅れて参戦した一人の侍がいた。

「ゼェ…ゼェ…ようやく着いたぜ。ったくよお、海の魔女に殴られて、どうにか生き残って帰るもよぉ。強え侍はみんな海賊討伐ときた。出世チャンスと見て指された方角にビートに合わせて漕いださ。だけどさあどのみち、この戦場に降りたった順番でいうとよぉ〜」

 侍の名は左腕を失った野心の漢、火雷 狂矢である。彼は何人もの海賊や侍の死体がある港にて大声で叫んだ。

「実質最下位やないかい!」

 狂矢は叫んだ後に腰を下ろすと、しばらく休んで独り言を言った。

「まだ海賊との戦闘は続いているようだ。ってことは俺の功績を残すチャンスもあるということだな。……それにしても海賊の拠点地までもっと掛かると思ったんだが、東武国からさほど遠くないな。この島は海図には存在しないってことか? 高等な教育を受けてる東武国の人間より先に野蛮で品のねえ海賊がこの島を見つけたってどういうことだ? んん〜。」

「んん〜全くいかんね〜。」

「……うおおおお! おいいいって! おいいい!」

 突然の声に狂矢は横を向いて、驚いてしまった。なんと赤白い肌を持ったジーパンいっちょの筋肉質の男が腕を組んでさっきまで狂矢が向いていた方向と同じ方向を向いていた。狂矢は躊躇なくそれに質問した。

「てめえ何者だ? ってかなんなんだ? おうおうこの野郎! 俺のビートを乱すとはいかんな! っつてもおめえのビジュアル、この島じゃ実質最下位やないかい!」

 その生き物は狂矢の方を見ると、言葉を放った。

「いかんな〜、いかんな〜。そんな態度じゃいかんな〜。まあよしとしよう。オラは海の中にある国に一つの調査員、イカの魚人のカイだ。しかし、いかんな〜。」

 カイは再び島を眺めると、狂矢は不思議そうに尋ねた。

「海の中に国が? 何個もあるのか?」

「いかんな〜。事情聴取みたいでいかんな〜。いや、だけどこの事態もいかんな〜。」

 カイは狂矢を足蹴にするような返しをしたため、狂矢は少しイラついた。しかしもう一つ気になることがあったので、再び質問をした。

「イカ野郎、お前がさっきから言っているいけねえことってのはなんだ?」

「いかんな〜。人間の分際で我々みたいな高尚な怪人をニックネーム呼ばわりいかんな〜。だが訊かれたら答えないかんな〜。」

 カイはため息をついてから、狂矢に説明した。

「何がいかんって? この島があることじたいがいかんのだ。本来ここには海しかなかったのだからな。この突然変異に誰も気がつかなかった。近くに住んでいる魚人や人魚、海の王達、そして調査員のオラですら見るまで気がつかなかった。非常にいかんわ〜。」

 狂矢はこのことに非常に驚いた。

(あ? てめえらも気がつかないうちに島ができただー? 海の住人をも欺く誰かか何かがいるってことか? 海賊の中に? いやもしくは……まさかあのお方が海賊どもを手引きするためにこの島を…)

「いかんわ〜。いかんわ〜。」

 狂矢の思考をカイの思考が遮った。狂矢は魚人の方を見ると、彼は何やら小型な連絡機のようなものを取り出したが、すぐに狂矢の視線に気づいた。

「あ、これね。東武国は発展途上の国だからわからんと思うが、これは通信などに使う小型の魔法の鏡だ。スマミラって言われてるな。この現状を今から王様に伝えないかんと思ってな。最近オラも買ったばっかで…」

 突然カイのスマミラは手元を離れ、狂矢の手へ引き寄せられた。狂矢の頭は即座に考えた。

(仮にこの島の発生があの方の所業なら、自然の力に関与できる“奴ら”の目を盗んだのは、何も知られたくない。つまり……。)

「いかんね〜君。勝手に人のもんとっちゃいかんよ…」

 ピキピキ、バコッ!

 狂矢は握力でカイのスマミラを使用不能にした。カイはもちろん激怒する。

「いかん! いかん! いかん! おんめえどういうつもりだ!」

 怒った魚人に対して、狂矢は不敵に笑った。

「キャキャ、島に着いたら大将目掛けでワンマンパレードと思ったがそうはいかねえ。海のなんちゃらには連絡も報告もさせねえ。」

 狂矢はそういうとまだある右手で刀に手を添え、イカの化け物と距離を置いた。

「つまり、今日が貴様のファイナルライブだ、下っ端ぁ!」

 狂矢に下っ端呼ばわりされたカイの怒りは頂点に達していた。彼は容赦なく合計6本の腕に闘志を宿した。

「下っ端だぁ? 魚人様を舐めるな! おんめえ程度に武器を使うのもいけすかん!」

 一瞬でカイは狂矢の懐に急接近した。流石の狂矢も焦った。

(は、速い! 避けれ…)

「いかかかかかかかかかかかかか!」「ぶぶぶぶぶぶ! ぶ! べ! た! べ! かす!」

 カイの6本の本気の拳を狂矢はもろに喰らってしまった。

(クソッ! これが魚人のパンチ……一撃一撃が重すぎる! 意識が今にも飛びそうだ。 だが……。)

 狂矢を殴り続けているカイはふと違和感を感じた。

(こりゃいかん! 普通オラの連撃は後ろにぶっ飛ぶか意識が飛ぶはず! こいつ人間のくせに倒れねえ! 目も死んでねえ!)

 狂矢は拳を構えた。

(こいつの拳はパワーがあって確かに痛えが、中身がねえ。なんとなく日常を過ごしているような拳だ。それに俺の左腕を奪った忌々しいタコ女に比べればパワー不足だ。)

「このビートは…」

 狂矢は拳に念を込めた。

「俺のものだ!」

 狂矢の一撃必殺の拳はカイの六本を跳ね除け、彼の腹を直撃した。

「いかあああああん!」

 カイはそう叫ぶと後ろにぶっ飛んで海に落ちた。致命傷を受けながらも起き上がったカイは大声で叫んだ。

「おのれええ、八連毒水砲!」

 するとカイの双方に4つずつ横に長く魔法陣が発生した。

「こうなったら毒を帯びた水大砲でおんめえごと島を消してやる!」

 しかし、カイの宣言に狂矢はきわめて冷静だった。狂矢は刀を納めて、深く呼吸をした。

「覚悟を決めたようだな。発射!」

 カイは右手を伸ばすと、狂矢がいる島に向かって八つの毒の入った国劇的な水のビームが飛ばされた。しかしちょうど当たるであろうところで狂矢は手を伸ばして、間一髪で八つの砲弾が止まってしまった。次に狂矢は人差し指以外を曲げて腕を大きく振ってこう唱えた。

「雷刻 “揺れ戻し” 。」

 すると、水のビームは電気を帯びてそれぞれの魔法陣ヘと戻って、魔法陣ごと破壊された。

「い、いかん!」

 カイは消えた魔法陣を右も左も見てそう叫ぶと、前を見たが狂矢は海を走りながら急接近しつつあったので、カイは武器の小刀を六本だして構えた。

「お、オラに武器を持たせるとはおんめえ、なかなか…」

「やかましい!」

 狂矢は容赦なく一振りで六本の小刀を弾いた。続いて狂矢は必殺技がカイに炸裂した。

「火雷震!」

 狂矢は叫ぶとを縦に振った。すると火と電撃を帯びた衝撃がカイを襲った。

「いかああああ!」

(いかん、これは痛い! だがオラはイカの魚人! やられたフリして再生すれば……この技……炎と電気がオラの体を振動して、あ。)

 カイの体は跡形も無く消えてしまった。狂矢は刀を納めると捨てゼリフを吐いた。

「俺と出会ってしまった貴様の運勢は……実質最下位やないかい。」

 狂矢は次に騒ぎが大きい島の方へ体を向けて歩き出した。

「さて、出世を約束するような戦場へ参ろうか。」

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