三章 侍道化の珍冒険 その1

 暗い海の中で、傷だらけで動けないルシアは考え事をしていた。

「あなだも、誰かの嫌な部分によって傷ついたからって自分の光を殺さないで! 私たちはみんな愛され愛されるために生まれてきたの! 復讐のために生まれたんじゃない!」

「物理的な力にしか惹かれない生き方に意味なんかないわ。私は自分の醜い心を清めたいからこそ心を見て人を選ぼうって決めてるの! おわかり、能無し。」

 幸灯と清子の言葉が頭から離れなかったのだ。

(ばっかじゃないの⁉︎ 私に聖人君子のような優しさはないっての! だから誰も私を愛さなくて当然よ! だけどあの二人みたいになってみたいって思っている自分が居るわ。どっちかの心臓を食べれば私もああいう風になれるのかな? ……う、羨ましくなんかないんだからっ! 私は復讐さえ果たせば他人にどう思われようと平気よ。……平気だって言ってんでしょうが! どうせ私の心は汚くて真っ暗ですよ〜だ。今さら心を磨いたって何もかも手遅れよ! 私の道は闇の中にしかない。……それにしても体が動かないわね。ここはどこ?)

 清子から受けたダメージで動けないルシアは深い海の流れに身を任せるしかなかった。


・・・

・・・


 舞台は魔女達の決闘から数日後の蓮の区に変わる。数日の間清子と幸灯はレッスンをしながら幸灯がお金や宝を隠した複数の場所を移動して他の人に見つからないための魔法陣の暗号をつけていた。

 二人の東武国中を巡る旅が始まる前に清子が幸灯に謝ったことがある。

「幸灯、私ね、お札貼りが終わったら、やっぱり魔法学校に戻って卒業しなきゃいけないわ。」

「えええええええ〜!」

 幸灯は涙目で驚くと、清子は両手で彼女のほっぺを優しく触った。

「ごめんね、本当にごめんね〜。でも海の魔女との戦いで改めて自分の傲慢さや未熟さが見えてきて、より深く魔法や世界の知識を身につけたいって思ったの。」

 清子の決意を聞いても、幸灯は慌てて引き止めようとした。

「で、でもあの緑の炎であの人を圧倒していたじゃないですか? あれがあったら怖いものなしですよ。」

 幸灯の発言に清子は大きく首を振った。

「いいえ。あれは本来私のお父様がまだ使ってはいけないって私に言ってた切り札に等しい特別な力なの。今回は人格は乗っ取られなかったけど、すごく私の体力と魔力が消費されたのはあなたもこの三日間を通してわかったでしょ?」

「ええ、確かに。清子ちゃん今日の朝まで全く体が動かないので、私が食事をアーンして食べさせたり、役人から逃げる時私が担ぐ必要があったりと、結構困りましたね。」

 幸灯は正直に言うと、清子は若干苦笑いをしながら幸灯に注意した。

「幸灯ちゃん、私に対してなら別にいいし、正直であることはあなたの素晴らしいところだけど、もうちょっと人の反応を気にして話そうね。」

「えっ、……あ、やだ。私ったら、ごめんなさい。」

 幸灯は遅れて自分の発言に気づいて謝ると、清子は軽く彼女の肩を叩いた。

「いいのよ、いいのよ。今度から気をつけようね〜。……本当はあなたも連れて行きたいけど、軽はずみにそういうことしたら国際問題になり兼ねない。本当にごめんね。ちゃんと卒業したら、必ずかけつけるから。」

 幸灯はしばらくブスッと不機嫌な顔をしたが、しばらくしてから言葉を放った。

「わかりました。……国を出るまではたっぷり甘えさせて貰いますからね。」

 今日はその別れの日である。幸灯は大泣きしていた。

「うう、清子ちゃん寂しいですうう〜。あなたがいないとわだじなにもでぎまぜん!」

「お、おかしな幸灯。私と出会う前からあなたはあなたなりにしっかり生きてきたんだから大丈夫よ。」

 清子も大泣きしそうだったが、幸灯に弱い部分を見せまいと、必死に我慢していた。

「それに永遠の別れじゃないのよ。絶対にまた会うために別れるんだから。その時は最高の笑顔で出会いましょう。」

 幸灯は泣きながらも「はい。」と答えて、二人で抱き合うと、清子はホウキに乗って手を振りながら、海の彼方へ向かって飛んでいった。

「「さようなら〜。また会う日まで〜」」

 手を振り合う二人を太陽が優しく見守っていた。清子は東武国が見えなくなると前を向き、我慢していた感情を解放し、大泣きした。

「うわああああん、ユキビいいいい! 寂しいいい!」

 この後魔法学校に戻った清子は人脈や人望を集める最後の学園生活を送ったとか、それはまた別のお話。

 清子が見えなくなって数時間後、泣き疲れた幸灯は前向きに頑張ろうと海辺を歩いていると釣竿の入った古そうな小舟があった。

「舟の動かし方と釣りの仕方を清子ちゃんに教えてもらいましたし、ちょっとやってみようかな……」

 幸灯は飯の確保のために大海原に小舟で駆け出した。


・・・

・・・


 一方で舞台は美の区の林の中にある岩本家の小さな屋敷の庭に移る。

「つあああ!」

 括正は修行の一環として、火を起こすための薪を斧で四等分していた。突然小走りで足音が近づいてきた。城を抜け出してきた武天である。括正は笑顔で彼を迎え入れた。

「おお、ヤッホープリンス! どうしたんだい? また岩本家の庶民飯を味わい…」

「君は正気かねっ⁉︎」

 武天は大声を上げると庭の丸太にとある紙をバッっと置き、強く指を指した。指の先には岩本 括正と書いてあった。括正はふてくされたような顔をしながら呟いた。

「チッ、ばれたか。権力の乱用にも程があるよ〜。」

 括正の発言にお構いなしに武天は話すのだった。

「なぜ君の名前がこの名簿に載っているんだ⁉︎ 朝廷の任務で外国に行っている家族が心配するとは思わないのかね? 」

 武天の持ってきた紙の上には“海賊討伐徴兵”と書いてあった。五つの区はいがみ合ってはいるが朝廷にだけは、政治的権力がないにも関わらず絶対服従である。朝廷は近海に出現する海賊を恐れて、区ごとにある程度の兵を集めて、海賊討伐用の東武国連合軍を作るようにお達しがあったのだ。尚この軍に命の保証はない。

 括正は渋々答えた。

「仕方ねえだろう……残り一名手我こそはと手をあげる奴がいなかったんだ。僕が署名しなきゃ行きたくない誰かが強制的に行かされるか、もっと最悪な結果だけど、人数が集まんねえのが朝廷への謀反と捉えられて、美の区が他の四つの区に潰される。」

「だからって、幼い君が背負う必要はなかろう! 外国の海賊だ! この国じゃ想像できん魔法や科学を持っている! 強力な冒険者や怪人がいるかもしれん! 君ははっきり言ってそんな巨大な力を前に無に等しい!」

 武天が全力で抗議すると、括正は笑顔で答えた。

「へへ、ちょっとワクワクするじゃねーか? 鎖国の国で世界を知るいい機会だ。それに僕は何かを背負ったつもりじゃない。示されたんだよ、海に行けと。僕より大きくてすごい何かに。」

 武天はこの発言を理解できなかった。

「何を言ってるか、俺には理解できない。」

「今は理解しなくていいさ。これは僕の試練なんだから。でもいつか武天君も理解できるって信じている。」

 括正の言葉に不快感を感じながら、武天はある事柄を話した。

「俺たちが廻っている何個かの村の寺子屋があるだろ? あそこの子供たちは君にべったりで俺にはなつかん。」

「いやそれあんたが頑張って無愛想な顔やめて、楽しそうな顔すればよくない?」

 括正は天然な発言をした。

「そういう話ではない。君がいつもより危険な戦場に行くのは子供たちは知らないだろう?」

「いや僕もあんたもまだ子供じゃないか。子供であるあんたは知ってるからいいじゃん。」

括正の屁理屈に武天は腹を少し立てた。

「そういうことでもない! だいたい君は僕にも言っていない訳で、僕がこの名簿に気がついたために俺がわざわざ……もういい。今の君と話しているといつもと違って疲れる。」

 武天は文句を言い終えると、背中を向けて言った。

「命を死と決して交換するな。呑まれても喰われても、絶対生き延びろ。」

 武天はその後、静かに岩本の家を立ち去った。

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