一章 女王になりたい! その3

(ここからは少女の回想である。)


 もう一度言いますけど、あれは5年前のことです。私は生きていくために必死で住める家を探すために旅をしていました。ある日、とある海辺の町に着いた私は、今まで見たこともない船や食べ物、お宝を目にしました。なんとそこは貿易港だったとか。

 これは稼ぎのいい機会だと思い、さっそく私はお客様が金貨を入れる皿を袋を出して歌い出しました。するとたちまち、多くの人が立ち止まって私の歌を聴いてはその中でお金を入れてくれるお方もいました。私辛い時はよく歌うんです。気がついたら上手くなってました。ので、こういう形で金の成る木になったのは願ったり叶ったりです。

 歌い終わると聴いて下さった方々はそれぞれの日常に戻りましたが、その中で一人の素敵なマダムが執事らしき方と共に私に接近して、金貨30枚入った袋を渡して微笑みながら声を掛けてくれました。

「とても素敵な歌だったわ、ありがとう小さな歌い手さん。」

 私は直接お褒めのお言葉を受け取って、とても嬉しかったです。

「ありがとうございます、奥様。しばらくこの町にいるつもりなので、また是非立ち寄って下さい。」

 私のお誘いに、マダムはええもちろんよ、と言いそうだったのですが、隣にいた執事らしきお方が軽く咳払いをしました。マダムは咳払いに気づくと、私に申し訳なさそうな顔をしました。

「ごめんなさいね。実は私達は明日海へ旅立つのよ。この国は外国人が滞在できる期間を厳しく取り締まる傾向があるからね。約一年は滞在できたんだけこれ以上の日数は私の祖国が東武国から目の敵にされちゃいますからね。本当にごめんなさい。」

 私はそれを聞いて少しがっかりしましたが、その後にマダムから嬉しいお誘いを受けました。

「そうだわ。今日私の別荘でホームパーティーを行うの。よかったらあなたも来てくれない?」

「嬉しいです、奥様。でも…。」

 私は思わず自分の服を見てしまいました。とてもパーティーに行けるような格好ではありません。ですが、マダムがその後、人間離れしたことをしたのです。

「お嬢さん、私はあなたの歌からあなたの人柄を見て、誘ったのよ。だけどあなたは自分がどう見られるかを気にしてるみたいね。仕方ないわね、じゃあ。スカーレット・ボロン!」

 そのマダムは何やら唱えると、私の服は気がついたら、素敵なバラ色のドレスに変わっていました。マダムは私に微笑みながら、言いました。

「やっぱり似合うわね。じゃあさっそく私と来てくださる? 泊まるところが無いなら、泊まる部屋も貸してあげるわ。」

 マダムは私に手を差し伸べたので、思わず掴んでしまいました。まるで魔法に導かれたような感覚でした。その夜は人生で最高の夜でした。心が飛び出しそうなほど嬉しかったです。初めてのお誘い。初めてのパーティー。初めての素敵なドレス。とてもハンサムなお方にダンスまで教わって踊ったんですよ。これに喜ばない女の子が他にいますか?

 ですけど私としたことが、つい欲が出てしまいました。おそらくマダムの所有物だった高値で売れる銀の食器がどこに保管されているか、つい見てしまったのです。私は寝たフリをしてちょうど屋敷が静かになるまで待つと、荷物をまとめてその場所へ赴き、袋に入るだけ入れました。私は急いで港町を脱出しましたが、一息ついて下を向いたら、私の赤いドレスは元のボロい和服に戻っていたことに気づきました。

 次の朝、私は隣町の質屋に入ろうとした瞬間、私を捜索していた役人達に捕まってしまい、あの屋敷に今度は無理やり連れていかれました。私は殺されるのではないか、そう思うと、怖くて怖くて、涙を堪えながら身震いしました。屋敷の門を抜けた玄関の前で、マダムと執事がちょうど出航する船に向かうところでした。私は役人の一人に彼女たちの前に投げ飛ばされました。マダムは静かな物言いで役人に問いかけました。

「お侍さん、これは何事ですか?」

「魔法使い殿、早朝この者の荷物を調べましたところ、魔法使い殿の食器らしき物が見つかりました。」

 そう言うと、役人は私の袋をマダムにお渡したのです。マダムはゆっくりと一個ずつ食器を取り出し、確認しては執事に渡していました。

「確かに全部私の物ね。ですがお侍さん、あなたは何か勘違いをしてるわ。この食器は全部私が彼女にあげたのよ。」

 マダムのこの発言に私は思わず、え?、と言ってしまいました。何が起きているか全くわかりませんでした。役人の方々の中にも、え?、と言う者もいました。マダムは話を続けました。

「そうそう歌い手さん、あなたもとんだうっかりさんね。あなたに金の食器もあげたはずなんだけど、あなたは大急ぎで持っていくのを忘れたみたいね。といっても無理もないわ。この袋じゃ入らないわね。だから金も銀も全部入る大きな袋を用意させてもらうわ。ピロピロ、ドーン!」

 マダムはまたもや不思議な力で大きな袋を作りました。マダムはそのまま執事に任務を与えました。

「ダンクス、金の食器も荷物にあるわね? 銀と合わせて一個ずつ、この子の新しい袋に入れなさい。」

 執事は、仰せのままに、と返事をするとその通りにし、マダムは役人達にお礼をしました。

「頼んでもいないのに、この子を探してくれてありがとう。おかげでこの子の忘れ物を渡すことができました。任務ご苦労様です。…まだ何か?」

 役人達は戸惑いながらもその場を立ち去りましたが、その後私は思わず堪えていた涙をつい解放させてしまって、大泣きしてしまいました。

「うわああああああああん、なぜです、奥様、なぜわたしなんか⁉︎ 私なんか死んでも誰も悲しまない、底辺の存在ですよ。奥様の気持ちを裏切ったんですよおお⁉︎ なぜです⁉︎ なぜです⁉︎」

 私は何がなんだかわからなくなっていました。気がついたら私は泣き疲れたと同時に、執事のお方は袋詰めを終えていました。マダムは執事にありがとう、と言い袋を受け取りすぐに私に近づいて、袋を私の隣に置きました。

「あなたにこの食器を受け取る資格はありません。ただこれも忘れないで。どんな人間も罪をなかったことにすることはできないし、許される資格もありません。」

 私は言葉も出ませんでした。一体どうすれば?という疑問が何度も脳を横切りました。だけど私としては予想外の言葉がマダムの口から出ました。

「だから安心して、私もあなたと同じ罪人だから、あなたを裁く権利はない。いいえ、本当は誰にもないのよ。だから私にできる唯一のことは、あなたを許すことなの。」

 私の心には戸惑いがありました。多分、彼女の言ったことが壮大過ぎてわからなかったのだと思います。マダムは私に質問した。

「あなた、名前はなんていうの?」

「名前は…ありません。」

 この時私はさっきお侍さんに言ったように修道院のことは、恥ずかしくてとても言えませんでした。だけどもしかすると、慈悲深いマダムはそれすらもわかっていたのかも知れません。次の質問は意外でした。

「あなた、夢はあるの?」

 なぜここで?と思いました。というのは私には、実際に夢があったからです。私の人生は理不尽そのものだと思っていました。理不尽な境遇や虐げられた存在でも居場所がある楽園に行きたいとずっと思っていました。しかしその時、思わず夢を拡大させて言いました。お侍さん、秘密にしてくださいね。

「私は…不幸者です。ですけど、世界には…私と同じくらい…もしくは私より辛い目に遭っている人はたくさんいると思います。…そんな方々が幸せに暮らせる国を作って、…女王様として治めたいです。」

 今もですけど、その時もとても恥ずかしかったです。だけど本気でした。私はマダムは大笑いすると思ってました。しかし、彼女は優しく微笑んで言ってくれました。

「なんて素敵な夢なんでしょう。おかげであなたに素晴らしい名前を思いつきました。」

 マダムは瓶を取り出し、今からあなたに名前を付ける儀式として油をあなたの頭に注ぎますからキチンと騎士みたいにしゃがんで、と指示をしてきたのでその通りにしました。マダムは少量の油を私の頭に注いで、語り出しました。

「あなたは私の物を盗み、私の心を裏切りました。ですが私はあなたを許します。そのかわり、人を許す心、人を思いやる心、これをあなたの生涯に刻んで下さい。誓いますか?」

「誓います。」

 これは私の本心でした。マダムはまた注ぎました。

「ではあなたに名前を授けます。あなたは国を創り女王になるという素晴らしい夢を持っています。私はあなたを助けることは禁じられていますが、名前を与えることによって励みを与えられます。夢を叶える途中でも、叶えた後でも、常にどんな人間にも幸せを与える灯火とならん。そういう思いを込めて、あなたに幸灯ユキビという名前を授けます。」


(回想はここで終わり、物語は事情を括正に説明し終わった現代に戻る。)

・・・

・・・

「という訳で、私の名前は幸灯と申します。よろしくお願いします。…あれ?」

 幸灯は話を終えると、括正は唖然としていた。

「なんて素晴らしいマダムなんだ。不可能に等しいがいつかお会いしたいなぁ。」

 括正は感想を言うと、幸灯は両腕をバタバタさせながら共感した。

「ですよね⁉︎ですよね⁉︎いつか国ができたら遊びに来て欲しいです。」

 括正は今度は幸灯を称賛した。

「君もなんて素敵な夢なんだ。応援したいよ。」

 しかしこの時、括正は彼女の気持ちを傷つけまいとある思いを隠していた。

(彼女の夢は確かに素晴らしいが、そんなのは理想主義に決まっている。そのマダムも良い人そうだけど、この子に現実を叩きつけずに中途半端に希望を与えるとこだけはタチが悪いな。)

 そんなネガティブな思いを胸の内に秘めていると、括正はある質問を幸灯にしたくなったので、訊いてみた。

「なあ、幸灯ちゃん。君の国には、そのなんだ…怪人には居場所はあるのか?」

 幸灯はしばらく考えてから、返答した。

「うーん…怪人って人ですか?」

「人って漢字が入っているから、人間として扱われる資格は充分にあるよ。…で?どうなんだい?」

 括正が再び訊くと、幸灯は腕を組んでまたうーんと考えてから答えた。

「はっきり言って、私はあなたと違って怪人にいいイメージはないので、とても人間とは思えません。国が乱れるきっかけにもなるので、なしだと思います。あ、ですけどお侍さんみたいな怪人マニアの人間は大歓げ…」

「その理屈なら俺は人間じゃねええ!!!」

 括正は急に癇癪を起こし、ずっと被っていたターバンを地面に叩きつけた。急に怒った括正に驚いた幸灯は括正の頭の特徴の一つに気づいた。

「え…嘘…生えている。」

 括正の頭には何と、二本の角が生えていた。括正は怒りに身を任せ、長靴も脱いでしまった。括正の脚は黒い毛で覆われ、先っちょはヒヅメになっていた。幸灯はその姿に思わず恐怖で悲鳴をあげた。

「キャアア!化け物おお!いやあああ!来ないで!」

 括正の心は悲しみと怒りで覆われ、目には涙があふれていた。

「俺の角を見ろお!足先を見ろ!俺は半分ヤギで半分人間の怪人:フォーンだ!どうだ、怖いだろう?お前みたいな見かけで人を判断する奴が、幸せの灯火となる女王になるなんて無理だ!」

 幸灯はこれを聞いて急いで荷物をまとめて、泣きながら夜の森の闇へと消えていった。括正は激しく呼吸を続けると、一息つけてから、大泣きしてしまった。

・・・

・・・

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