3-4 腫瘍


 第七居住区。数ある居住区のうち、特に外側に位置した地区。戦闘区と隣り合っている区域だ。ここに人民護衛軍の前線基地が置かれている。 

 ここに置かれている戦車や戦闘車両は、常に優秀な整備兵によって整備・点検されている。いつ『宇宙人』が攻めてきても対応できるように、戦闘員が乗り込んだらすぐさま出動できるようなっている。

 ある整備兵が、戦車へ溶解剤ガス弾を積み込む作業を行っていた。必要な量を積み込み、数を確認し、最後に戦車のエンジンの点検を行う。

 ここで異常に気がついた。エンジンがかからないのだ。分解して原因を探す。タービンが焦げ付いているようだ。真っ黒な粘土状のものが大量にこびりついている。

 燃料にゴミが混ざってしまったのかとも考えたが、それにしては量が多すぎる。誰かが故意にやったとしか考えられない。しかし一体誰が?


 整備兵は一応上官に報告を行ったが、あまり大事にはならなかった。念のため口外はしないようにとの指示があった。すぐに持ち場に戻って、整備を続けるようにとのことだった。あっさりとした対応に、整備兵は首をかしげた。

 再び整備を続けていたが、次々に異常が見つかった。エンジンの焦げ付きなどはまだ良い方だった。燃料の入れ間違いや、吹きさらしに放置された砲弾。鍵が開いたままの戦闘車両。何から何まで酷い物だった。


「いくら何でも士気が下がりすぎじゃないか……?」


 しかしこの整備兵は他の兵士を指導できるような立場ではない。

 そもそも、人がいない。あと4人、一緒に作業していなければならないはずだ。なのに辺りを見回しても誰もいない。ひょっとして自分が間違っているのだろうか、と不安になる。

 手伝いが誰もいないので仕方なく一人で作業を進めていく。骨が折れる仕事だった。初めこそ、戦場で戦う兵士たちを陰で支えるという使命に燃えていたが、それも長くは続かなかった。ただ、飯を食うために兵器のメンテナンスをしているのだった。目の前にある戦車は、それは人類を守る盾にもなるし、兵士たちを弔う棺桶にもなり得る。どちらになるかは自分たちの腕にかかっているが、直接戦場で闘うわけではないので、どうしても実感が湧かない。おそらく他の整備兵たちもそんな理由で士気が下がってしまったのだろう。


「だからってこれは酷すぎるよなぁ」


 そんなことを考えながらぶつくさ言っていると、後ろに気配を感じた。


「なんだ、やっと休憩が終わったのか?」


「……」


 返事はなかった。嫌みを言わない方が良かっただろうか。そもそも上官だったらどうする。整備兵は慌てて振り向く。そこには同僚の顔があった。


「なんだ、おどかすなよ」


「……」


 同僚が、どろりと融けた。固体が融けてしまったといういうよりは、元々液体だったものが元の液体に戻ったという感じだった。


「……は?」


 呆然としている整備兵へ向かって、同僚だったものが覆い被さる。

 悲鳴は、聞こえなかった。



 中央居住区。人民護衛軍本部。技術部管轄の研究所。戦闘区で戦闘を行っていた部隊が壊滅したという知らせが入り、騒然となった。居住区へと『宇宙人』が流れ込んだという。


「一体何があったというんだ!」


「ついに溶解剤が効かなくなったのではないか?」


「そんなはずはない、あれは定期的に更新しているんだ。抵抗を持てるはずが……!」


 そこへ、ある研究者がやってくる。


「キュリオシティ、どうした」


 研究所の所長である初老の男が、幽霊でも見たような目でキュリオシティを迎える。彼女はずっと個室と地下の専用実験室とを行き来していてばかりだったため、本当に研究をしているのかすら怪しまれていた。


「とうとう、人類が終わる時が来たようですね。なので挨拶に来ました」


「何を言っている?」


「おそらく今回の襲撃には耐えられないでしょう」


「なぜそんなことが分かる。第七居住区を新しい戦闘区にすればいいだけだ。まだまだ抵抗は可能だ」


「それが、そうでもないらしいですよ。人間の中に『宇宙人』が紛れ込んでいるようです」


「馬鹿な!」


「軍の装備や設備が大規模に破壊されています。これは事故ではありません。人為的なものです」


「だから、『宇宙人』が紛れていると?」


「ええ」


「馬鹿馬鹿しい、不運が重なっただけだろう」


「そうだといいんですが。では、私は地下に籠もります。皆さんも逃げた方がいいですよ」


 誰一人、立ち上がる物はいなかった。ここは中央居住区、これ以上逃げる場所など無い。ここが落ちれば、それが人類の終わりだ。



 研究所を後にしたキュリオシティは、小さく笑みを浮かべていた。


「やっとこの時が来た」


 分厚い金属製の扉を開け、地下実験室へと足を踏み入れる。コンクリートと靴がぶつかり合い、音が反響する。


「人類はこれで終わりだ。そして、終わりの次には始まりが来る」


 キュリオシティは並べられた試験管を見つめる。その中には小さな魚のようなものが浮かんでいた。それはまるで人間の胎児のような形をしていた。


「人類は、新しい姿を手に入れる。そうだろう、『宙』」


 実験室の中央。多目的実験台。その上に横たわる『宙』に向けて、キュリオシティは囁きかけた。



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