高校生とバイトの歴史・統計

 以前、様々な統計から高校生のうち(定期的に)バイトをしている人の割合は、地域差が非常に大きいものの全体ではおよそ2割と紹介しました。

 では、昔はどうだったのでしょうか。学校教育制度上あまり真剣に議論されてこなかった高校生のバイトについて考える一つの材料として、高校生とバイトの歴史を過去の統計を紹介しながら見ていきます。


1.戦後:新制高校制度、「アルバイト」の語の普及

 現在の高校は義務教育を終えた次の段階、大学の前段階という位置づけです。戦前の制度で言えば、旧制高校よりは義務教育を終えて進学する旧制中学に近く、現在ある高校には旧制中学由来の学校が多数あります。とはいえ旧制中学の就学率は1940年でも約7%、同等の教育段階である高等女学校・実業高校を合わせても約2割で、現在の高校とは異なる限られた人のものでした。よって、「高校生」の歴史を見ていく上で参考になるのは現在の6-3-3-4制の教育制度が始まった戦後からになります。高校への進学率は1976年(昭和49)には9割を超え、社会における高校の位置づけは現在にかなり近くなりました。

 アルバイトはドイツ語(arbeit)由来ですが、元の語は労働・研究全般を指す広い語で非正規雇用に限った意味ではありません。戦前から旧制高校の一部で俗語として用例はあったようですが、現在の意味の日本語として「アルバイト」が使われ出したのは戦後の大学生からです。当時大学進学率が1割にも満たない中で、戦後の貧困下で労働せざる負えないエリート達が研究の意味も含む語を用いて労働を前向きに捉える意味で使われ広まったようです。ただし、急速に普及したことでそうした意味は薄れていきます。以下は1950年の高校生向けの進路を考える本で、大学生のものとしてアルバイトに関する記述が多数あり、既にアルバイトばかりする大学生への批判もあります。


あえてドイツ語の辞書に頼らずとも、アルバイトは仕事、労働、事業、勉強、研究、製作、著述などのいみがあり、従来から、仕事、労働、また著作などに主としてつかわれていたわが國で、終戦後は、おもに学生内職のいみを代表するまでにひろまってしまつている。学生は内職労働をアルバイトとはいつても、勉強や研究はアルバイトとはいわず、代表するいみのように、アルバイトのために勉強そつちのけのものが少くない。

(出典:小山文太郎『高校生の進路計画』1950年 p.265)


 最初は大学生の労働を指す語だったアルバイトは直ぐに高校生にも使われるようになり、50年代には高校生のアルバイトを報じる新聞記事がいくつも残っています。1961年の書籍では、高校生がアルバイトをするようになり修学旅行にカメラを持つなど消費生活が変化してきたこと、一方で学費のためにアルバイトをする人もいること、仙台市のある高校新聞の調査では生徒の55%が冬休みにアルバイトをしたと答えたことなどが紹介されており、お金の大切さを学んだなど体験の価値も記されていました。


経済上の必要の有無にかかわらず、もし本人がやりたいというときには、むりに禁止することはないでしょう。しかし、ときには、アルバイトさきで、よくないことをおぼえたりすることがあるかもしれません。また、賃金などが、約束と違うときもあります。やとい主や職場については、じゅうぶんな注意が必要です。

(出典:宇野一・加藤正明・望月衛『子どもとともに : 中・高校生』1961年 p.164)


この通り60年代にはアルバイトという語は身近になっていましたが、高校生のバイトについて大規模な統計が残っているのは70年頃からとなります。


2.70年代 労働省調査と都教育委員会調査の乖離

 70年代には労働省の調査が2度ありました。いずれもバイトをしている高校生は今より少ないという結果が出ています。

 1971年10月には全数調査が行われています。これは現代でもしてほしい調査です。「年少者の保護福祉の基礎資料とする」ことが目的とされています。全ての国公私立全日制高校4187校に対して行い、3534校から回収しています。アルバイトをしている生徒は就業日1.1%・夏休み9.6%でした。長期休業以外でアルバイトする生徒は限られていたという結果です。

 なお、バイト就労を禁止している高校は6.2%でした。対象校を絞り100校のみに行われた個人調査では、職種にかなり男女差があり、男子は配達19.7%・製造工20.5%・土木工事19.5%・販売店員11.5%・飲食店員3.0%、女子は販売店員30.1%・製造工22.0%・飲食店員15.6%・事務員9.1%・配達1.7%でした。

 1977年10月には全日制高校110校を対象に調査が行われ、9月時点でバイトをしている生徒は2.2%、夏休みにした生徒は9.5%、他も含め4-9月の間にバイトをした生徒は合わせて15.1%でした。こちらも、長期休業以外でアルバイトする生徒は限られていたという結果です。なお、バイト就労を禁止している高校は2.7%でした。


 ここまでは、70年代バイトをする高校生は今より少なかったという結果ですが、違う結果の調査もあります。東京都教育委員会が69-70年に都立高校全日制24校の生徒に実施した調査では、「アルバイトをしたことがありますか」という質問に66.1%があると回答しました。短期を含む経験の数値としても、時期の近い先述の71年労働省調査とあまりに乖離した結果となっています。労働省調査では東京都のバイト率は全国とそう変わらず就学日1.1%・夏休み9.1%であり、東京都の傾向とも言えなさそうです。当時から学校により大きな偏りがあったことや、学校が把握しきれていないバイトしている生徒が多数いて学校調査と生徒調査に差が出たことなどが考えられます。

 とはいえ、バイトを禁止している高校が1割に満たないところを見ると、80年代以降よりはバイトをする高校生は限られていたと推測されます。第3章で紹介したように、1989年大学生を対象に高校時代の校則を尋ねた調査では、3分の1の高校がバイト全面禁止でした。調査方法が違うので単純に比較できず留意する必要はありますが、80年代のバイトの広まりを受けて校則が強化されていったことは考えられます。


3.80-90年代 高校生バイトの普及

 80年代の貴重なアルバイトに関する調査・研究として、出版社学生援護会(現パーソルキャリア社:転職メディアdoda等を展開)が発行していた『アルバイト白書』というものがあります。1980年から85年にかけて毎年発行され、当初は大学生について扱っていましたが83年と84年は高校生に焦点を当てて調査研究を行っていました。

 1984年1-3月高校生1892人に対して行った調査では、定期的アルバイト従事者は20.5%、短期を含めたアルバイト経験率は65.4%でした。ただし、このバイト経験率は高校以前も含めています。調査対象の23.7%は初めてバイトした時期を小中学生の時と回答しており、特に経験率に関しては対象者の性質を考慮して見る必要があります(対象抽出の詳細は不明)。定期アルバイト従事者は現在と同等の2割となっています。

 

 続いて、90年代の貴重な学校文化に関する調査・研究に福武書店(95年よりベネッセ)が発行していた『モノグラフ』シリーズがあります。

 その高校生版で、1991年6-7月に関東4都県16校の高校2年生3246名に行われた調査では、アルバイトをしている生徒が29.6%、アルバイト経験率は65.4%でした(うち14.8%は中学時代に経験)。この調査では対象16校個別の割合も公開されており、アルバイトをしている生徒が2割を切る学校がありませんでした。全校がアルバイトを認めている学校と思われるため、高校生全体よりは高い割合が出ていると推測されます。その中で3割であれば、現在とそこまで変化はないと言えるでしょう。


 高校生アルバイトの存在は定着し、ある程度高校生を労働力として当てにする社会となりました。90年代までの高校生のバイト率を整理した2002年の研究では「今後も、一層定着し拡がっていくだろう」と予測されていた高校生のバイトですが、これ以上は拡大しなかったことがこれ以降の統計から見えてきます。


4.00年代~ 高校生バイトの定着

 2000年1月に関東4都県の進路多様校52校の3年生6855名に行われた調査では、通常授業時のバイト勤務を経験したことがある者が66.2%いました(経験率81.7%×バイトをした時期休暇のみ・不明を除いた81.1%)。一方で、2000年10月に4都県(東京・新潟・宮城・福岡)の公立6校1-3年生2020名を対象とした調査では、バイトをしている生徒は6.8%でした。0.9%という学校もあり、地域差・学校差が大きいことが伺えます。

 2007年に高校1-3年生1461人が回答した調査では、アルバイトを現在しているが16.3%、したことがあるが今はしていないが15.0%でした。

 また、バンダイネットワークスなどが当時のケータイ向けエンタメサイトGAMOWで2007年4月行い、高校生841人が回答した調査では「現在アルバイトをしている」と回答した割合は30%でした。当時のティーン向けケータイサイト利用者という属性もあって、やや高めの割合となっていることが推測されます。

 さらに、2007年10-12月に都立高校普通科2年生1548名が回答した調査では、現在バイトをしている生徒は33.6%でした。ただし四年制大学進学率60%以上の高校に在籍する生徒に限ると8.8%であり、学校による大きな差がありました。調査を見る上では、対象者の性質を十分考慮する必要があります。


 第1章で紹介したバイトをしている生徒は2割程度、ただ地域や学校によって大きな差があると示す近年の調査と、それほど離れた結果にはなっていません。各学校や地域の労働市場が高校生のバイトをどう扱うかという方針・態度は80-90年代に形成され、以降は基本的に維持されていると考えられます。


5.半世紀の放置 教育として・福祉として

 見てきたように、現在のようにおおよそ2割以上の高校生がバイトをするようになって半世紀が経ちます。その間に各地の高校が・職場が生徒のバイトにどう対応するか様々な経験があったはずですが、そうした経験は全く共有・蓄積されていません。高校生とバイトの関係は、ロクに実態把握もなされず、各人思い思いの考えで対応されています。

 バイトの是非は個別の事例ごとに違うのでしょうが、せめて高校生と労働の関係は歴史上も難しいということを、学校も生徒も雇用者も保護者も知っておく必要はあると思います。働く生徒も働かない生徒も同年代の労働について知る機会が少しはあるべきでしょう。


(本文おわり。詳しい参考文献は以下URLに記載)

https://note.com/gakumarui/n/nade6a169ad0e

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