鉛筆の教育学4 学校と鉛筆の歴史 ~筆から石盤、そして鉛筆へ~

 日本での筆記具は、江戸時代まで毛筆でした。子どもでも、寺子屋では半紙を重ねた「双紙」に墨で書いていましたが、紙は高価なので何回も重ねて書いたり、水で書いたりしています。商人の元での丁稚奉公では、「砂手習ひ」といい、盆や箱に砂を入れたものに文字を書いていました。

 明治に近代的な学校制度が整備される際、多くの子どもが一斉に学ぶという形式において、いちいち墨を擦ったり、文字の乾燥を待ったり、筆を洗ったりする時間もなければ、道具を広げられる場所もあまりなく、学習にとって非常に不便でした。そして、貧しい家庭を含め全員の就学を目指す上で、貴重な和紙を用意する経済的負担は大きい壁でした。

 そこで、子どもの筆記具として登場したのが石盤(石板)でした。半紙の大きさの石である石盤に、「石筆」という蝋石を筆にしたもので文字を書きます。石盤は日本だけでなく、一斉授業形式である近代学校の発祥である1800年頃のモニトリアル・システムで用いられ、世界の学校で使われました。日本では、初の教育制度である「学制」が出された1872年(明治5年)の「小学教則」にて、以下のように石盤を使った指導が掲載されています。


教師盤上に書してこれを授け前日授けし分は1人の生徒をして他生の見えざるよう盤上に記さしめ他生は各々石板に記し,終わりて盤上と照らし盤上誤謬のあらば他生の内をして正さしむ。

(教師が黒板上に書いて教えて、前日教えた分は1人の生徒を指名して他の生徒が見えない様に黒板上に書いて、他の生徒は石板に書いて、書き終わったら黒板と照らして、黒板に誤りがあれば他の生徒が正す。)


 石盤も高価だったため代用品が色々と作られ、厚いボール紙に黒砂を塗って白チョークで書く「紙製石盤」や、木盤・瓦盤といったものもありました。ただ、石盤は重い、割れやすい、移動中に文字が擦れて消えやすいこと、面積に限りがあること、文字を唾で消す子どもが多く衛生上の問題が出るなど、様々な問題がありました。

 児童の学習用に紙が使えるようになったのは、和紙より大量生産に向く洋紙が、安価に製造できるようになった1900年頃(明治30年代後半)からでした。鉛筆と洋紙の学習帳という組み合わせが、価格の低下とともに徐々に広まっていきます。

 なお、日常生活においては明治末期から大正初期かけて、毛筆からペンや鉛筆への転換が進みました。以下は1922年に書かれた当時の状況です。


今日の時勢は毛筆の使用と全然反対の方向に進みつつあるものである。今日のごとき忙しい社会において毛筆を使用することは、仕事の能率を低下することが実に甚だしいので、現に銀行・会社等における事務はすでに毛筆と縁を絶つてゐる。最近日本郵船会社では社内における筆墨硯をすべて廃止してしまつた。

(中略)銀行・会社のごとき社用上の帳簿や文書はみな硬筆によつて居るし、学生の筆記にも毛筆の用ゐられることはほとんどない。

(出典:杉山(2018)p.123、原文:『国語教育』7(3)、1922年)


 鉛筆と学習帳によって、書きやすく、消すことや保存も容易となり、準備の手間もなくなりました。ただ、経済的な問題から、石盤が昭和初期まで使われた地方もありました。


 学校の筆記具もずっと変わらないわけではなく、こうした歴史を辿ってきました。鉛筆の普及から100年、文字や絵図を記す手段も様々に変化する中、決まりにせよ禁止にせよ、何も考えず前例踏襲するのではなく、学習における「書くこと」についてしっかりと考えた上で検討する必要があると思います。



【参考文献】

・添田晴雄「筆記具の変遷と学習」『近代日本の学校文化誌』p.148-195、思文閣出版、1992年

・杉山勇人「近代日本における筆記具の変遷史 ―習字・書写書道教育の基礎研究として―」『公益財団法人日本習字教育財団学術研究助成成果論文集』4、p.90-131、2018年

・船倉武夫「数学と道具:教室・黒板・白墨・石盤・石筆」『倉敷芸術科学大学紀要』5 (2000): 119-130

・文部省『小学教則』出雲寺万治郎、1873年

・唐澤るり子「モノが語る明治教育維新 第21回 ―明治期の花形筆記具・石盤」2018年、三省堂HP:https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/mono21(2021年4月23日確認)

・「石板」三重県総合博物館HP:https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/83001046688.htm(2021年4月23日確認)

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