第2話

▼日本橋橋詰 大名行列が通る直前の路傍


【湯屋での疑問をそのままに、八五郎・熊五郎・与太郎の三人はこれも仲良く日本橋まで歩いて参ります。銘々、日本橋に並ぶ店で何か買いたいものがあるようで。そのように歩く中でも、やはりカピタンの正体について話が及びます】


八五郎  <いや、思えば思うほど、摩訶不思議な響きじゃねえかい?>

熊五郎  <ん?何が?>

八五郎  <あ、いや、さっきのカピタンっつうのがさ>

熊五郎  <そうか?よくある音じゃねえか>

八五郎  <いやいやいや、日本の言葉にゃおおよそ見つけられないだろ?俺にはどうも、南蛮の言葉に思えるけどなぁ>

熊五郎  <日本の言葉にない?どこが?>

八五郎  <お前もお前で不思議なやつだなぁ。よおく考えてもみろ、ピなんて音が入ってることからもう馴染みがねえや>

熊五郎  <そんなこたぁねえ。比丘尼ってあるじゃねえか。南蛮に尼さんなんてのもおかしい話だろ?日本の言葉だよ>

八五郎  <う、そう言われちゃおしまいだが>

熊五郎  <与太、比丘尼って知ってるか?>

与太郎  <知らね~>

熊五郎  <湯女が尼さんになると比丘尼になるさ。夜になりゃ、橋のたもとに若いのから年増までわんさかいるぜ、きっと>

与太郎  <へ~。なんだかわからないけど、賑やかそうだね>

八五郎  <熊、やめろい、与太じゃからかいがいもねえ>

与太郎  <ね~ね~、カピタンって何?>

熊五郎  <お前が言ったんじゃねえか。馬鹿>

与太郎  <カピタンも比丘尼も、聞いたこともないや>

熊五郎  <あ~あ、与太。お前の忘れん坊にゃコリゴリだよ。八、こりゃ、そもそもそんなやつがいるかもわからんぞ。いや、言葉自体ありゃしねえかも>

八五郎  <勘弁してくれよ>

与太郎  <なんかわからないけど、ごめんね~。思い出したらまた言うよ>

八五郎  <もういいや、馬鹿野郎め>


【三人がまた馬鹿な話をしながら日本橋に差し掛かると、何やら橋の向こうの騒がしい様子がこちらにも聞こえて参ります。三人もしばし足を止めて通行人と一緒に観察しています。すると、橋を箒で払う者が何人か見え、次に、橋の丸みのその頂上から、整然と列になった見通しの毛槍が見えて参ります。そして、今や奴の担ぐ先箱まで明らかになってきました】


掛け声  <下に~、下に~>

八五郎  <お、ありゃ行列だ>

熊五郎  <めんどくせえのにぶちあたっちまったな>

八五郎  <はぁ、ここらへんでいいか>

与太郎  <なに、なに?>

八五郎  <おい、熊。与太のやつをしっかり頼む。わけもわからず手討ちにされたら敵わねえから>

熊五郎  <はいよ>

与太郎  <みんな正座しちゃって、どうしたの?>

熊五郎  <お前も同じようにしろ。くれぐれも行列を横切るな、頭も上げるな、切られちまうぞ>

与太郎  <ひえ、わかったよ>


【三人は行き合わせた他の人たちと一緒に地面にへりくだります。この行列がどこの藩の何家だか、三人とも直前のドタバタで確認しないまま伏してしまいました。季節は梅雨の雨催い。あじさいの陰からは気の早いカエルの鳴き声。日本橋の路傍がまだ雨でぐちゃぐちゃに濡れていなかったのがせめてもの救いです。三人は、カピタンに続いて、頭上を通る大名行列の正体もわからないでおります。その時、与太郎が小声で】


与太郎  <あれ?もしかして、今通ってるのがカピタンかも>

熊五郎  <馬鹿。いましゃべるな>

与太郎  <大丈夫だよ。小声だから聞こえやしないよ。今急に思い出したんだ。カピタンってのは、江戸に来て、どこに行くかというと、ここ日本橋の薬屋に来るそうなんだ>

八五郎  <カピタンってのは薬が必要なのかい?>

熊五郎  <八、お前まで。いい加減にしろい>

八五郎  <悪かったよ。与太、今は黙ってろ>

与太郎  <え~、しょうがないな~>


【こうして佐賀藩鍋島家の大名行列が三人の前を通り過ぎてゆきます。しばしの間があって。ひとたび前を通り過ぎてしまえば、そこは江戸の町人、慣れっこなもので、何事もなかったように頭をあげ元の通りです】


熊五郎  <ふう、肩凝った>

与太郎  <何だったんだ?いったい>

八五郎  <大名行列なら、お前もこれまで何度も見たことあるだろ?>

与太郎  <ああ、そうだったの?なんだ、てっきり日本橋にきたカピタンの一行かと思ったよ>

熊五郎  <そういえば、そんなこと言ってたな。おい、カピタンっつうのは、大名みたいな行列でこっちに来んのかい?忘れてばっかりなのに、なんで思い出した?>

与太郎  <なんでだろう、わかんない>

八五郎  <それでも、ま、わかったことが一つでも多くなりゃいいや>

熊五郎  <んなもん、すぐに誰も気にしなくなるだろうけどな>

八五郎  <おうよ。よくよく考えりゃ、カピタンなんて知らなくても俺ら何一つ変わりゃしねえ>

与太郎  <それが、どうだろうね~?>

八五郎  <なんだ、含みがあるように言いやがって>

与太郎  <女郎にもてるかもよ>

熊五郎  <なんか思い出したのか?>

与太郎  <言ってみただけ~>

八五郎  <からかいやがって、馬鹿野郎>


【この日、三人は結局これを最後に日本橋で各々の用事にてんでばらばらとなりました。誰もカピタンが何かは分からずじまい。誰も正しい答えを知らない問いに、三人の興味が失せるのも時間の問題。こうしたなかで、次は何が起きますやら。次回のお話にて】

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