第二十話 決着は……

 「どうしますか? かぐや姫」


 僕の再びする問いに彼女は黙る。 

 顔を僕の腕に埋めて、表情を見せない。

 しかし、明らかに抱き着く力は強くなっている。

 その状態から二分。

 動かなくなったかぐや姫をじっと待っていると、熟考が終わったのか、顔を上げる。

 その目には涙の痕があった。

 よく見ると、僕の服に涙を吸収した後が付いている。

 彼女は僕の方を見ると、柔和な笑顔で答える。


「貴方様はずるいですね。前世からずるばっかり、こちらの予想外のことをしてくる」


 どこか嬉しそうに語る彼女は瞳を潤め、笑顔のまま涙を再び垂らしながら言葉を続ける。


「本当にずるい人。そんなデメリットを提示されてしまっては、私が断れるはずがありません」


 彼女はそう言い、もう一度僕の腕に顔を埋め、涙を拭く。

 完全に涙を拭きとると、力を抜き、僕の腕から離れる。

 そして、僕の数歩先を歩きながらこちらを振り返らずに言葉を紡ぐ。


「分かりました。貴方様の提案に乗りましょう」


 僕はその言葉に心の中でガッツポーズを取る。

 これでようやく奈代さんを苦しみから解放できる。

 その喜びで今にも踊り出しそうなくらいになっていたが、流石にいきなりそんなこをしたら変人のため我慢しよう。

 帰ったら、おもっきり喜ぼう。


「でも、私からもお願いがあります」


 内心でガッツポーズ取る僕に、かぐや姫は振り返り僕の方を見ながらお願いをしてきた。

 竹林のライトアップで神秘的な美しさと、顔に涙跡を残しながらも、笑顔でこちらを振り向く深窓の令嬢のような儚さを含んだその姿は、ゲームのワンシーンにようで、僕の心を不覚にも魅了する。


「お願い?」


 とはいえ、彼女からのお願いならば油断ならないため、蕩けかけた心を引き締め聞き返す。


「はい。いつか私に愛を下さい。 貴方様からの寵愛ちょうあい渇愛かつあい恩愛あんあい求愛きゅうあい敬愛けいあい慈愛じあい純愛じゅんあい鍾愛しょうあい信愛しんあい仁愛じんあい相愛そうあい熱愛ねつあいを……そして、最愛をいつまでもお待ちしてます」


 何度も聞いた彼女の愛を欲する言葉。

 けれど、今までとは違い、狂気を宿した中で放たれたものでない言葉。

 今までは反発するように強い否定をしてきたその言葉に僕は。


「考えておくよ」


 ただ一言だけ返す。


「なら、私は全力でその気にさせて見せます」


 僕の言葉に、彼女は決意を示すように満面の笑みでそう答える。

 それは愛に狂った少女のものではなく、一人のただ恋をする少女のもの。

 僕はそれを否定せず、返す。


「頑張ってね」


 まるで他人事のように言い草。

 普通の人が聞いたら、もっと真摯に返せと怒られるかもしれない。

 けれど、これでいい。

 今はこれで良いんだ。何故かそう思えた。

 僕は少しだけ早歩きをして、彼女の正面に立つ。


「はい! 貴方様のご慧眼に叶うように精進します! 無理でしたら手足を縛って一生に……ふふふ」


 最後の最後に何か不穏なことが聞こえ、一瞬だけ妖しさと狂気が垣間見れる愛の狂信者に戻ったように見れたが、今は突っ込まないでおこう。

 僕は彼女の言葉を正面から受け入れると、今度は横を通り過ぎてそのまま歩き出す。

 彼女も僕を追いかけるように前を向き歩き出す。

 横に並びになったところで、彼女は前を向いたまま話しかけてくる。


「強欲だとは思われてしますが、もう一つお願いをしてもよろしいでしょうか」

「転生してまで愛を求めている人間が今更強欲じゃないとは思ってないからいいよ」

「それは酷い評価ですね」


 むしろ、今までの行動で強欲じゃなかったところがどこにあるのだろうか。

 求めているものが金品ではなく、愛に置き換わっただけで、あり方は完全に強欲で執着質な強盗だ。


「真っ当だと思いますよ。それでなんですか?」


 流石に内心で思っていることまで明かすと怒りそうなので、余計なこと言わないようにしつつ、お願い事が何かを聞く。


「今日一日だけ、私に頂けませんか?」

「それって?」


 それから彼女は、もう一度僕の手を掴んでくる。

 しかも、先ほどとは違い己の指を指の間に絡ませる。いわゆる恋人繋ぎ状態。

 腕を掴まれた時以上の衝撃が走った。


「家に辿り着くまで、いや。最寄り駅まででいいです。このままにして頂いてもよろしいですか」

 

 彼女は前を向いたままそういう。

 髪で陰になり、薄暗くはっきりと見えないその表情が、ライトアップ用のライトで一瞬だけ映る。

 表情は真顔のままだが、顔は真っ赤に染まっており、かぐや姫らしからぬお願いと行動。しかし、それが勇気を振り絞ってこの行動しているのか分かった。

 流石に勇気を振り絞り行動した、彼女のそれを振りほどく無粋な真似はしない。

 むしろ、しっかり前置きしてくれる分、今までよりマシだ。


「はい。お供させて頂きます。お姫様」


 だから、僕はそう言って手を握り返す。がっちりと手を繋ぎ、決して離れないようにする。 

 けれど、やはり気恥ずかしいものがある。僕まで顔の温度が高くなっていることが自覚出来てしまう。

 きっと今鏡をみたら、だらしない顔をしているに違いない。


「……」

「……」


 お互いに相手の顔を見てみたいという気持ちよりも、気恥ずかしさが勝った結果、周りからみたら視線を真っ直ぐのまま手を繋ぎ、ぎこちなく歩くカップルが爆誕した。

 奇行をしないため、そのうち手を繋いでいるのがかぐや姫なのか奈代さんなのか分からなくなる。

 恥ずかしさから声が出せず、お互いな無言になる。

 普通の恋人のような行動に、一瞬だけ実は既に奈代さんに戻っているのではないかと錯覚してしまう。

 問いただしてみたい。 

 本当に君はかぐや姫なのかと。

 けれど、してはいけない。

 それは勇気を振りぼった横に立つ少女に対して恥を掻かせることになる。

 だから、この疑問だけは胸の奥底にしまう。


 それから竹林を抜けて、入ってきたときは反対側の門から出る。

 近くに駅に向かうためのバスがあったので、そこでバスに乗り、街へと戻った。

 街に着くとすぐに最寄り駅へと向かった。もちろんその間ずっと手を繋いだままだ。

 もはや、誰かに見られたらヤバいという感情は湧くだけの余分な思考などできていない。

 時折、彼女の方から力を込められる手に、握り返してお互いの存在を認識しあうことだけを繰り返し、気が付けば駅に着いていた。

 駅に辿り着くと約束通り手を離す。

 既にお互いの顔からは赤さが引いており、いつも通りの顔色となっていた。

 奈代さんの住んでいる場所と、僕の住んでいるところはこの駅からは反対方向になるので、送れるのはここまでとなる。


「では、約束は守ってくださいね」

「はい。君が約束は守る限りは僕も約束を破るつもりはないよ。週二回の約束の日に関しては、奈代さんの生活もあるし、奈代さんに事情を説明したうえで決めてもらうけどいい?」

「ええ。構いません」


 一応、自由にできる時間は一時間とはいえ、奈代さんにも予定があるだろうから、それとの兼ね合いを調整する必要があることだけを了承してもらう。

 かぐや姫があっさり了承する。

 もっと何か言われるかと思ったが、彼女も何か思うことがあるのだろうか。

 とにかく、こちらとしては助けるのでありがたい。


「今日はありがとうございました。 次にお会いできると気を楽しみにしております」

「僕はどんなお願い事がされるのか恐怖しながら待ってるよ」

「ふふ」


 僕の皮肉に、かぐや姫は目を丸くしたかと思ったら、少しの苦笑をする。


「では」


 そして、その一言だけ告げて目を瞑る。

 たっぷり十秒待っていると、再び瞼が開く。


「あれ? ここは」


 間違いなく奈代さんだった。

 確認しなくても分かる。

 かぐや姫は約束を果たし、しっかりと元に戻った。


「藤原君。私は」


 やっぱりと言うべきか、彼女にはかぐや姫と入れ替わった時の記憶がなかった。

 もしかしたら、独占欲の強いかぐや姫のことだから、あの記憶が自分のものだけだと手放さないからなのかもしれない。 

 そんな考えを巡らせている間も、奈代さんは困惑したような表情で、こちらを見つめる。

 その視線には、状況の説明を求めるようにという追及するような感情が乗せれらていたが。


「ごめん。説明は今度するよ」


 僕は頭を下げながら、そう告げた。

 本来ならすぐに説明をするのが誠実な対応と言うものだろう。

 しかし、今日はもう無理だった。

 色々あり過ぎて、自分の中でも整理が追い付いていない。

 なので、事情説明は一旦後日に回して欲しかった。

 

「えっえ?」

 

 当たり前だが、何がなんだかわかっていない奈代さんは混乱した。

 周りもなんだなんだと言った視線を向けている。


「わ、分かりましたから顔を上げてください」


 周りの視線に耐えかねたのか、彼女は焦ったようにそう言って僕の不誠実な対応を許してくれた。

 顔を上げると、未だに困惑はしているものの、先ほどよりは幾分柔らかくなった表情で僕を見つめる。


「その代わり、明日の学校でちゃんと説明をしてくださいね」

「ありがとう。この埋め合わせは今度するよ」


 咎めながらも、許してくれた彼女の感謝を告げる。

 まだ聞きたいことがいっぱいあるのだろうに、今は聞かないでおいてくれる彼女の優しさには本当に助けられる。


「じゃあ。時間も遅いし今日はここでお別れ……ということでいいんですよね」


 状況が分からないながらも、時計を見て推測する奈代さんに僕は頷く。


「では、今日はありがとうございました」

「いや、僕の方こそ綺麗な光景を見せてくれてありがとう。一生忘れないよ」

「なら良かったです」


 僕の感想に、笑いながら喜ぶ奈代さんと共に、改札を潜る。

 

「私はこっちなので」

「僕はこっちです」


 それぞれ反対側のため、別々のホームに降りるための階段に向かう。

 ホームに降りる直前、振り返り階段を下っていく奈代さんを見る。

 奈代さんはかぐや姫が僕と握っていた方の自分の手を眺めながら、ホームに消えていった。

 僕も電車が来る音が聞こえたため、急いで階段を下る。

 家に帰る頃には、既に疲れ果てていた。

 流石にそのまま寝るわけにはいかないでの、いつもよりも長くお風呂に入り、寝間着に着替える。

 風呂を上がる事には、もはや日付が変わる時間にまでなっていた。

 正直、明日も学校があるため、このまま寝た方が良いが、長く湯船に浸かったせいか、少しだけ眠気が消えてしまったので、今日の振り返りも兼ねて、ゲームをしながら今日あったことの脳内整理をするいことにした。



 そして翌日、思った以上に体が疲れていたためか、ゲームをやりすぎたせいか、寝坊しかけたことは言うまでもない。

 

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