第一話 出会いは軽く

 朝日が昇り始め、外から甲高かんだいカラスの鳴き声が聞こえて来る時間帯。

 “記憶きおくはその人の【いま】の性格せいかく形成けいせいする。”

 そう解説する目の前のゲームの画面から目を逸らして、徹夜明てつやあけには厳しい陽の光が舞い込んでくる窓へと目を向けた。

 後一時間あといちじかんもすれば完全に太陽が顔を出すとい言ったところだろう。僕は今が止め時だと思い、もう一度ゲーム画面に向き直し、セーブを行い、メイン画面へと戻る。

 メイン画面には、様々な少女が表示されており、ゲームのジャンルがいわゆるギャルゲーと呼ばれる類のものであることを容易に想像させる。

 しかし、別にギャルゲーが好きと言う訳では無かった。

 それは部屋の景観けいかんを見ても、それが分かる。

 天井まで高くある本棚ほんだなには教科書や参考書以外にも、八割方がライトノベルや漫画で詰まっており優に千五百冊は超えている。本棚の端っこにはゲームと思われるものは十数個程度で、そのジャンルも様々である。その中でもギャルゲーと呼ばれるニ、三個しかない。

 世間一般ではオタクと呼ばれるものであるかもしれないが、僕は自分のことは広く浅くのタイプのオタクだと思っている。

 何か一ジャンルに熱狂するのではなく、多くのものをやる。

 ゲームに棚に戻しながら、時計を見る。

 時計には四時二四分と指示されており、日付は平日を示していた。


 「休みの日でもないのに、徹夜したのは久しぶりだなぁ」


 普段ならやり込んでも、学校に支障をきたさない様に徹夜はしないように自制じせいをしている。

 徹夜するなら次の日に学校がない日にという取り決めをしていた

 しかし、買ったばかりのゲームが思いの外共感きょうかんの出来る作品だったた。そのため、いつもなら決まった時間に寝ているが、主人公に入りきってしまい、時間を忘れてしまっていた。


「まぁ。偶には仕方ないか」


 熱中してしまっては止められないのはオタクの性だと割り切る。

 本棚に入りきらなくなり、ベッドに置きっぱなしにされた本をかき分けて、布団の上に倒れ込む。


(今から寝て、ご飯を抜けば二時間は寝れるな)


 頭の中で登校時間を考えて、どれくらい寝れるのか計算すると念のためスマホのアラームを設定して枕元に置き、目を閉じる。


(にしても…)


 直前までやっていたゲームのことを思い出す。

 ゲームの内容は、記憶を失っているヒロインとの学園恋愛ものというありがちなものではあった。

 そして、その途中のルートとして、ヒロインが現在の記憶を取り戻すよりも前に、前世ぜんせ記憶きおくを取り戻すというとんでもない場面があり、そのルートが思いの外気に入った。

 セーブする直前の場面も、前世の記憶を取り戻したヒロインのことを何と呼ぶべきか悩んでいるというものであり、ここで前世の名前で呼ぶか、今生こんじょうの名前で呼ぶかという選択するという場面であり、悩む主人公が周りの登場人物から助言を貰っているシーンだった。

 その助言の一つである先程まで見ていたテキスト。


 “記憶はその人の【今】の性格を形成する。”


 この言葉がみょう印象深いんしょうぶかく残った。


「なら、唐突とうとつに前世の記憶を思い出す人とかはどうなるんだろ」


 時々テレビなどで特集される、前世の記憶を持つ人というものと照らし合わせながら考えるが、思考は長く持たなかった。

 次第に眠気は限界に達し、考えようとする脳の機能が停止する。

 僕は考えることを諦め、訪れた眠気に抗わずに意識を深く沈める。




 予定通り二時間で起きることが出来たが、やっぱり寝足りない。

 普段ルーティンをしっかりしている分、こういう偶の行動が響く。

 二度寝をしたいという誘惑があるが、わざわざ遠い学校を選択することを親も許してくれたのだ。

 その信頼に入学早々にゅうがくそうそう裏切りことは出来ないため、目を擦りながら制服に着替える。

 着替えが終えて下に降りるが、両親は共働きのため既に誰もいなかった。

 僕は棚から買い置きのパンを手に取ると家を出る。

 電車に乗り、県境けんざかいを超えて揺られること一時間半。

 駅には多くの人で溢れかえっている。

 最初の頃は、田舎ではありえない人口密度じんこうみつどに慣れなかったため新鮮さがあったが、流石に一ヶ月も通っていれば慣れるもので、今ではただただ暑苦しいと思うだけだ。

 駅を出て、しばらく歩くとようやく学校に辿り着く。

 家を出てから二時間。何とかホームルームの開始時間ギリギリには教室に辿り着くことが出来た。

 教室の扉を開けると、ホームルーム前ということもあり、流石にほとんどの人が既に来ており、教室内は賑やかだった。

 内心、僕が一番最後かと思っている扉から教室内を見ていると後ろから声が掛かる。

 

「どいて貰ってもいいですか? 中に入れませんので」


 丁寧ながらも冷たい言葉に驚き、僕は後ろを振り向く。

 そこには身長160センチ後半と少し男子の中では低い自分の肩程度の大きさの女子生徒が立っていた。

 僕はその女子生徒のことを知っていた。

 同じクラスメイトなのだから知っているのは当然なのだが特にその容姿もあって、有名だった。

 奈代輝夜なよかぐや

 それが目の前の女子生徒の名前。

 腰まで掛かりそうな長い髪は大切に手入れされているのが見て取れる程に綺麗で、光る絹糸きぬいとの様な真っ黒な髪は、見る人を惹きつける。スタイルも良く、胸は豊満ほうまんとは言えないが、腰回こしまわりの細さも合わせてスレンダーという言葉がぴったりだった。宝石でも埋め込んでいるのはないかと思う程に綺麗きれいな黒い瞳。何よりも顔が美しかった。みやびな雰囲気と名前が相まって、見る人をとりこにする現代のかぐや姫と言う言葉がぴったりだろう。

 同じクラスとは言え、まだ入学して一ヶ月であり、全員お互いの距離を確かめながら仲の良いグループを作っている最中。まだ、同性間どうせいかんでのグループ作りに勤しんでいる頃合いの中、同じクラスとは言え、女子との関わりが少ない。

 もっと言うなら、閉鎖的へいさてきな田舎暮らしをしていた僕には初めての人と仲良くなるコミュニケーション能力が低く、未だに同性間での仲良しグループも上手く築けていない。なので、僕には目の前の女子は程遠い存在だろう。

 そのため、間近に立って話をする場面とはほぼ無い。

 だからこそ、初めて近くで見てその美しさを再認識さいにんしきした。

 そしてその美しい顔を真っ直ぐにこちらに向けて、問い詰めるかのような鋭い目線を飛ばしていた。

 その目は早くどいて欲しいという意思が良く伝わってくる。

 ここで退かないという意地悪をする理由もないので、素直に身を引いて、横にずれる。


「ありがとうございます」


 一言簡素にお礼を言うと、中に入っていき、窓際の一番前にある席に座った。

 座るまでの間に、多くの人に挨拶をされ、そして笑顔で返しており、コミュニケーション能力の高さの片鱗へんりんが伺える。

 そのコミュニケーション能力がうらましかった。

 というよりも、それほどの笑顔を出来るなら、何故僕に対しては簡素的だったのだろうか。道の邪魔をしていたので、僕が悪いのだが、他の人と笑顔で挨拶を返すところを見ていると、不思議と違和感を得てしまう。

 しかし、その理由を考えても仕方ない。

 どうせ今後、関わることなどほとんどないのだから。

 そう自分に言い聞かせて、廊下の先に見えている担任が来る前に席に座ることにした。

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