第38話 そうか、これが恋というものか

 朱里さんが俺の家に来なくなってから三日が経った。

 

 明らかにおかしい。

 ここ最近は毎日俺の家に足を運んでいたというのに、三日も来ないなんて今まででは考えられなかった。


 心配になった俺は電話を掛けたのだが、それにも出ない。

 メールもしたけど、もちろんそれも返信がない状態だった。というか、既読すらついていない。


「そろそろ家に行ってみるか……」


 靴のかかとを踏んだまま家を出て、隣の朱里さんの家のインターホンを押す。

 しかし、何も返ってこない。


 沈黙あるのみ。


「(これはさすがに心配だ……)」


 朱里さんに何かあったんではないかと思い始めたら、急に焦ってきた。

 しかし朱里さんとの連絡手段がない以上、今朱里さんと話すことはできない。


 ということは、事情を知っていそうな人物に尋ねてみるしかないだろう。

 

 自宅に帰宅してすぐさま携帯を取り出し、真澄さんに電話を掛けた。

 割とすぐに、真澄さんは電話に出た。


『はいもしもしー』


「あっ真澄さん。単刀直入に聞きたいんですけど、朱里さんどうしてるか知りません?」


『……朱里は実家に帰ってるよ。私と一緒に』


「え……」


 実家に帰った?

 その言葉が脳内で何度も何度も流れて、頭の中を真っ白に染めていく。


『実家の位置情報送っとくね』


「な、なんでですか?」


『電話をかけてきたってことは、朱里に会いたいのかなと思って』


「…………はい」


 俺は決意を固めるように肯定した。

 

 朱里さんに会いたい。

 

 この三日間で俺はその気持ちに気づいた。

 それに、当たり前が当たり前であることの大切さも感じた。


 俺は当たり前のように朱里さんがずっと俺の隣にいるもんだと思っていた。

 でも違った。そんなのは俺の憶測でしかなくて、ただの自意識過剰。

 

 現にこうして、朱里さんは俺の隣にいない。

 遠くに、遠くに行ってしまった。


 こんなにも誰かを愛おしいと思うことがあるのか。

 

 散々すかした態度をとっておきながら、いざスキンシップされないと逆にしてほしくなる。

 俺はツンデレになってしまったのだろうか。


 いや、そんなことはない。

 きっと、俺は自分の気持ちに気づいたのだ。


 離れたことで、気づくこの思い。

 今すぐに朱里さんの隣へと行きたい。

 唐突にハグしてきてほしい。

 理不尽に甘えてきてほしい。


 朱里さんの一挙一動から感じられる愛が、今はとても恋しい。


 そうか。きっとそうなんだ。


 

 これが、恋というものなんだ——



「会いたいです。お願いします」


『全く……直哉君は自分の気持ちに鈍感すぎるんだよなぁ。でも、気づいたからには突っ走ってよね?』


「はい」


『じゃあ、こっちで色々と説明するね。でもその前に、自分の思い、伝えなよ?』


「わかってます」


『じゃあ、位置情報送っておくから、着いたら私に連絡入れてね』


「はい」


『じゃあ、またあとで』


 そこで電話は切れた。


 詳しい事情は何も分からない。


 なぜ朱里さんが急に実家に帰ったのか。

 なぜ俺に何も言わずに行ってしまったのか。


 ただ、そんなことは今どうでもいい。


 俺は今朱里さんに気持ちを伝えることだけを考えればいい。

 それ以外を考えてしまうと頭の中がごちゃごちゃになって、整理がつかない。


 だからわからないことは考えないでおいた。

 それが正解だと、一つのことだけを考えていればいいと俺は思うから。


 犬吠埼。


 真澄さんから送られてきた位置情報には、その地名があった。

 千葉県にある、関東最東端の場所。

 一度だけ両親に連れられて行ったことがある場所だ。


「結構時間かかりそうだな……」


 今ちょうど土曜の朝と昼の間くらいの時間だったため今日中に着くとは思うが、ここから五時間ほどかかる。


 でも、それくらいはいいか。

 いや、それくらいあった方が、今の俺にはいいかもしれない。


「よし。行くか」


 最低限の荷物をリュックに詰めて、家を出る。

 

 お隣以上恋人未満は、もう終わりだ——

 

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