第25話 真澄さんはついに飼い主を卒業する

 その後、一時間以上かかって朱里さんの成長を収めた動画を真澄さんの解説付きで見ていた。

 途中から内容が入ってこなかったのだが、とにかく真澄さんが朱里さんのことが大好きだということが伝わった。兄弟ならとてつもないシスコン。


 一通り朱里さんの過去を聞き終わった現在、もう冷えてしまったインスタントコーヒーを飲みながらぼーっとしていた。


「朱里と付き合うのはきっと大変だよ~。直哉君の場合、たぶん私の想像の五倍くらいは大変そう」


「そ、そこまで……」


「でも、二人はお似合いだと思う。すごい上からになっちゃうんだけど、直哉君になら朱里のことを任せてもいいなって思う」


「……そうですか」


 ここまで親身になって朱里さんのことを教えてくれた。

 でも、俺は大胆になろうと思ってはいるが結論を出すことはまだできていなかった。

 だから、まだ付き合うかなんてわからない。


「真澄さん。これを真澄さんに言うのもあれなんですけど……僕朱里さんと付き合うの迷ってるんです。というか、まだよくわからなくって」


 俺がそういうと、一瞬驚いた表情をした後、すぐにいつも通りの柔和な表情になった。


「そっか。まぁそれほどに真剣に考えてくれてるってことだもんね」


「まぁそうなんですけど……自分が朱里さんのことを好きなのかまだよくわからなくって」


「ピュアだあなぁ……でも、私の経験則からして、好きってことに気づく瞬間は突発的に来るよ。それも、理由もよくわからずに」


 窓の外を見ながら、コーヒーはまた一口飲んだ。

 そして優し気な表情で、俺に視線を向けてくる。


「今わからなくても、焦らなくても大丈夫。いつかきっとわかるはずだから」


 真澄さんは本当に大人っぽかった。

 むしろ大学生なのかと思うくらいに、人生経験の差を感じる。

 

「まぁ直哉君はちょっとピュアすぎるけどね。私だったら普通に気づいてる」


「気づいてるって?」


「それは、私から言っちゃったらダメでしょ? 直哉君が答えを出すべきことなんだから」


「……そうですか」


 真澄さんがそんなことを言ってしまえば、まるで外から見れば答えが出ているみたいじゃないか。

 でも、やはり結論は出ない。


 俺に大胆さが足りないから。

 朱里さんと過ごした時間が足りないから。

 恋愛経験が足りないから。


 きっと俺にはまだまだ足りないものに満ち溢れている。

 でも、真澄さんの言う通り焦らなくてもいいかもしれない。実際、朱里さんは返事をせかしているわけではないんだし。


 ただ、俺がこの胸の中にあるもやもやした感情を、明確にしたいだけ。

 確かに自分の中に正体不明なものがあったら気持ちが悪い。

 だけどそうやって排除しようとしているから、余計にわからなくなっているのかもしれない。


「きっと素直に朱里と関わって、たくさんのことを考えないで、『朱里のことを好きなのか』。このことだけを考えれば、わかるよ。もちろん、直哉君にしかわからないことがね」


 にこっと微笑みながらそう言う。

 真澄さんの言う通り、俺はごちゃごちゃ考えすぎていたのかもしれない。

 もっと、素直な気持ちで。


「まぁこれで真面目な話は終わり! お二人が幸せになることを私は祈ってるよ~?」


「ありがとうございます。最善の選択をしようと思います」


「うん! 楽しみにしてる!」


 真澄さんはそう言ってアルバムやらDVDやらを紙袋に入れ始めた。

 その時、インターホンもならずに扉がガチャっと開く。


「直哉くぅーん‼ ようやく終わったよぉぉ‼」


 そういいながら俺に飛びついてきた。

 俺に受け止められるほどの筋力はなく、そのまま床に倒れる。


「ちょ、ちょっと朱里さん⁈」


「直哉君が私の充電器だよぉ~‼」


「突然気持ち悪いこと言わないでくださいよ! 真澄さんもいるんですよ?」


「真澄? ああーいるね。そんなことよりかまってくれよ~」


 真澄さんがすごいぞんざいに扱われた。しかし、真澄さんは気にせずにただにっこりと笑っている。

 その笑みが少し怖かったのは、気のせいだろうか。


「じゃあ直哉君。朱里のことは頼んだ!」


「えぇ~真澄さん~!」


「えへへ~直哉君~」


 当たり前のように俺の頬をすりすりしてくる。

 真澄さん、さてはこの猫を飼いきれなくなって俺に押し付けてきたな。


 ただ、ずいぶんときれいな猫だけど。


 さて、素直な気持ち……か。

  

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