第32話 Re.8月14日 サキの世界③

 

 センパイっ……センパイどこ?


 周りは知らない人だらけ。


 センパイが隣にいないだけで、別世界に来たような不安に襲われる。

 気にもとめてなかった雑音が体を締め付けるみたいで息苦しさすらあった。


 右も左も分からないまま走り続けていると、一ヵ所だけ台風の目みたいに人が寄り付かない場所が目立っていた。


 その中心には服装から見て警察と思わしき人。

 そして、捕まってるセンパイ。


 駆け寄っていくとセンパイは簡単に解放された。

 よかった、悪い事した訳じゃないみたい。


 走り疲れたあたしは、呼吸を整えるのに必死だった。


 こんなに走る羽目になるなんて……反省しろよこのヤロー。


 怒りが通じたのか、センパイは頭を下げた。

 正直、そこまで真摯に謝られるとは思ってなかったから面を食らった。


「いいよ」


 と、許した直後、後ろで花火が上がった。

 あたしだって振り返って花火をみたかった。


 けれど、センパイがずっとあたしの顔を見てるもんだから、何故か「あたしも花火見たいんだけど、いいよね?」なんて許可をとってしまった。


 いいよ、と許可を貰ったあたしはついでにセンパイの腕に絡みついた。


 告白するなら今しかない。


 あわよくば、花火の音でかき消してくれるかも。そしたら、直接「ごめんなさい」ってお断りされなくて済む。……って何弱気になってんだ。


 最初から叶わない夢だったんだ。

 その夢が醒めるだけよ。


 大きく息を吸って、肺に溜め込んだ。


「ねぇセンパイ。あたし、」


 ああ、言っちゃう。嫌だなぁ。


「宮田センパイのことが好き」


 あーあ、言っちゃった。


 センパイの腕から伝わる鼓動が早くなったのが分かった。

 花火はあたしの告白をかき消してはくれなかったみたい。


 でも、センパイはいつになっても返事をくれなかった。


 ぼっーと花火を眺めていると、告白自体が夢だったんじゃないか、って思い始めた。


 あれ? 花火終わっちゃった……。


 花火が枯れたら祭りが終わる。

 もの哀しい雰囲気に包まれた人々が再び動き出す。


 突っ立ってると、他の通行人の邪魔になってしまう。


「あー、綺麗だったぁ! センパイ、あたし達も帰ろっか」


 センパイは頷いた。あたしの告白を聞こえてないフリしてるみたい。


 歩き出した途端、足に強い痛みが走った。


「センパイ、ちょっと待って。足痛い」


 センパイに下駄を脱がされると、指の間が真っ赤になっていた。


 緊張していたせいで、今まで痛みに気づかなかった。


 すると、そんなあたしを気遣ってか、センパイが背中を見せて屈んた。


 背負ってくれるらしい。


 なんだか悪い気がして遠慮した。

 でも、センパイは変なところが頑固で、結局背負ってもらうことに。


 人影がちりじりになった頃合を見計らってセンパイの耳元で囁く。


「あたしの気持ち、ちゃんと聞こえてたんでしょ? なんで聞こえてないフリするの? バレバレだよ。掴んでたセンパイの腕、急にあつくなってたんだもん。わかりやすすぎてウケるんだけど」


 手に持っていた下駄の歯同士がカラン、とぶつかる。


 一定のペースを守り続けていたはずなのに、急にリズムが乱れるもんだから、答え合わせしてるみたいで笑っちゃった。


 それでも強情な彼は沈黙を貫く。

 楓さんのマンションが見えてきた。


 このままではうやむやにされてしまう。強行作戦だ。


 センパイのポケットに入っているスマホを盗んで楓さんに電話をかけた。


 ちょっと帰りが遅くなる、と伝えると羽山紗希応援団の楓さんはあっさり了承。


 これで、センパイはあたしから逃げられないってわけ。


 逃げられないと察したセンパイは渋々ながらに騙り始める。


「俺、好きな人がいる」


「……そっか」


 知ってるよ。

 全部理解した上で告白したんだから。


 でも……やっぱりちょっと辛いな。


「その人はとても優しい人なんだ。いつ見てもニコニコ笑ってて、何もしようとしない俺の手を引っ張ってくれる」


「うん」


「オマケに、こっちの気も知らないでグイグイ距離を詰めてくるような悪女だ。心臓が何個あっても足りない。1人になって悶々とする俺の身にもなって欲しい」


 詩織さん、センパイの前ではそんな感じなんだ。人は見た目に寄らないなぁ。


「本当に好きなんだね、その人のこと」


 必死に声を振り絞った。


 フラれるってこんなにキツいんだな。やめときゃよかったよ……あはは……。


「サキちゃん、俺は君が好きだ。……けど、サキちゃんと同じくらい詩織さんも好きなんだ」


 センパイは優しいから、あたしの気持ちを蔑ろにはしない。

 でも、そこから先を聞く気にはなれなくて、自分を納得させる方に精一杯だった。


 ずり落ち始めていた体を背負い直された。


「サキちゃんは俺を好きだと言ってくれた。でも、たぶんそれは錯覚だよ。たまたま君の前に現れたのが俺だったってだけの話で、サキちゃんにはもっと別の──」


 正直、そう言われてしまったのはショックだった。


 本気で好きになったのに、錯覚だなんて言わないでよ。その上、君にはもっと相応しい人がいるよ、だって。


「違う……違うよ宮田センパイ。あたしはアンタに優しくされたから好きになったんじゃない。目の前にいたのが、たまたまアンタだったから好きになったんじゃない……! あたしの隣にいてくれるのがアンタだったから好きになったんだ。未来の話なんてしてない。あたしは、今、宮田センパイの事がこの世で1番好きなんだよ」


 思いっきり否定して、センパイの唇を奪った。


 たぶんこれで最後。

 後腐れないように全力でキスをしてやろうと思ったけど、体制が苦しくて、あっという間に唇は離れてしまった。


「確かに明日になったら、あたしは宮田センパイになんの関心も持たなくなってるかもしんない。けど、紛れもなく今ここにいるあたしは宮田センパイが好き、大好き。それは嘘じゃない。だから、あたしも聞きたい。宮田センパイは今、誰が好きなの?」


 意地悪な質問をした。案の定、センパイはあたしの事を受け止めてくれてオマケにもう一度キスをしてくれた。


 顔がにやけないはずがなかった。


「えへへ」


 あーあ、これじゃあ諦めきれなくなっちゃうなぁ。


 最初からやり直せたら、どうなっちゃうんだろう?


 あたしはもう一度センパイを好きになるのかな?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る