第10話 8月8日(前編)BBQハプニング

 8月8日


「へぇ、羨ましい。今度は私と行きましょうよ」


 人生に確率変動きてませんか? なんて思ってしまう。


 今日も今日とて足繁く喫茶店に通う俺だったが、詩織さんに今日のバーベキューの件を伝えると羨ましがられ、オマケにお誘いまで受けてしまった。


 社交辞令的に言ったのだとしても、俺はいつまでもねちっこく覚えているつもりだ。

 言質は確実に取ったぞ。


「そのサキちゃんって子、どんな女の子なんですか? 私、ああゆう見た目の人とあまり仲良くなった経験がないので」


「いい子だと思います。少なくとも目ため通りって訳じゃなさそう。詩織さんも仲良くなれると思いますよ? 俺でも普通に話できるくらいだし」


 詩織さんとサキちゃんは外観からして正反対だもんな。まるで裏表っていうか。物怖じしちゃうのも納得だ。

 俺も最初はサキちゃんみたいなタイプに苦手意識バリバリ持ってたし。でも、いざ関わってみてら普通の16歳だった。


 あと、プリキュン好きでもある。これは言わないでおこう。バレたら本気でどつかれそうだ。


「仲良くなってみたいなぁ。今度、勇気出して話しかけてみますね!」


 右手をグッと握って、ふん! と鼻息を吐く詩織さんに「頑張って……」と返した。

 後ろに炎のような幻影まで見える。


 詩織さんは思い立ったらすぐ行動を起こすタイプなのかも。意外と猪突猛進?


「それじゃあ私はこれで」


「あ、俺そろそろ帰ります」


「そうですか? それなら、お会計しますね」


 会計を済ませて外に出た。


 ゼミの泣く声が途端に大きくなる。


 元気だなぁ、なんて思う反面、実は暑さにやられて「助けてくれ〜」と弱音を吐いているだけなんじゃないかと思案する。


 是非とも人間にも理解できる言葉で鳴いてほしいもんだ。


「いや〜、やっぱり外は暑いですね」


「詩織さん!?」


 頓狂な声が出てしまった。


 肩にかけられたトートバッグが目に入る。


 なるほど、今日も行くところがあるんだな。

 それにしても、裏通り特有の薄暗さなのに、詩織さんの立っている場所だけはスポットライトを当てられたように白く照らされている。


 というのも、白いノースリーブが似合いすぎて周りが詩織さんを照らしている錯覚に陥っているだけなのだが。


「駅前まで一緒に行きませんか?」


 俺は「ぜひ」と頷く。


 たった数分間だけだったけど、詩織さんの隣を歩いている最中『この時間が永遠に続けばいいのに』って考えてた。


 話をする訳でもなく、ただ歩幅を合わせて歩いているだけなのに、とても尊い時間を過ごせたような満足感があった。


「それではここで」


「また」


 短く別れの挨拶を済ませて、背中を向けた。


 詩織さんの感覚が、周りに溶け込んで分からなくなる瞬間、


「またね、宮田先輩」


 と、囁く声が鼓膜に残った。


 振り返ってみると、詩織さんが優しく微笑みかけながら俺の反応を楽しんでいる様子だった。


 なんだなんだ?

 俺は歳下の女の子に弄ばれるのがマイブームなのか? 俺には佐山さんという心に決めた人がいるんだからねっ! ……最近は歳下もアリかも、なんて思い始めてるけど。




 自宅に戻った俺はシャワーで汗を流し、黒生地のポロシャツに袖を通す。


 佐山さんに肉を焼かせるなんて愚行、必ず阻止しなくては!

 黒いシャツは飛び跳ねた油を一滴残らずこの身に受けるという覚悟の現れだ!(黒しか持ってないとは口が裂けても言わない所存)


 それらしい言い訳で自分のファッション性のなさを正当化し、美容院に向かう。


『CLOSE』と書かれた看板が扉にぶら下げられている。


 これって入ってもいいんだよな? 不法侵入とかにならない? シースルーになったドアの向こう側は明かりも灯ってないし、超不安なんですが……


 恐る恐るドアレバーを倒してみると、ガチャと音がして扉が引き下がってきた。


 そーっと店内に入る。

 悪いことをしてるわけじゃないのに、盗人みたいに足音を消して歩くのはなんでだろう。と、裏口から賑やかな声が聞こえる。


 開いたままだし、こっちに来いってことだよな?


 導かれるように足を向けると、


「おっ、宮田くん! 待ってたよ!」


「佐山さん……って何やってんスか?」


「何って、バーベキューに行くんでしょうが」


 サキちゃんが軽自動車のトランクに、クーラーボックスを運び込んでいた。


 どうやら、どこか離れた場所でやるらしい。

 確かにこんな密集地帯で肉なんて焼いたら、匂いやら煙やらで大騒ぎななりそうだ。


「俺も手伝いますよ」


「助かるわ。サキちゃん、宮田くんが手伝ってくれるって! 私、お店の戸締りしてくるからお願いね!」


 なぜか他の従業員も引き連れて行ってしまったせいで、俺とサキちゃんが取り残された。


 なんか、今日のサキちゃん雰囲気が違う。


 髪型もフリフリのシュシュで結ったポニーテールにしてるし、服装も薄手のTシャツにホットパンツ。アクセントにリストバンドとスポーティーなコーデだった。


 すらっと伸びた脚に目が向くのはご愛嬌。


「何ジロジロ見てんのよ」


 凄い……犯罪者を見るような目してる。

 最近は見てるだけでセクハラとかになっちゃうんだよな。よくわからんけど、ほどほどにしとこう。


「よー似合ってると思ってね」


「そ、そっか……」


 うん? 急に顔を背けてしまった。しかも、そのまま俺にクーラーボックスを押し付けて車に乗り込んでいく。てか、これ重っ! 中身何入ってんだ?


 ロックを外して中を覗いてみると、大量の氷と大量の酒。こりゃあ佐山さん、飲む気満々だな。


 戻ってきた佐山さんと従業員2名。たった3人で駅前の美容室を運営していると言うんだからホントに尊敬してしまう。

 その上、揃いも揃って全員美女! これは浮き足立つなと言う方が無理ですわ。


「よし、準備完了! 皆の者、乗り込め〜、出陣じゃあ〜!」


「「おー!」」


 2人は佐山さんの突然すぎる武将の掛け声にも動じることなくテンションを合わせている。

 付き合いが長いせいで、ノリも毒されてしまったのだろうか。順応性が高すぎる────


 って、


「佐山さんが仕切ってた割に運転はしないんですね……」


「何言ってるの、当然でしょ! 飲んだら運転出来ないじゃない!」


 まだ、行きだから大丈夫だと思うんですけどね。それより、俺の心臓の方が持ちそうにない。


 なぜか後部座席に押し込まれてしまったせいで、右にサキちゃん。左に佐山さんという正に両手に花! キャバクラですかここは。


 車を走らせて20分強。いつしか周りから街灯やビルは消え、山道を登り始めた。


 たまに車が跳ねて、その度に「お酒! お酒は無事!?」と狂人のように佐山さんが喚く。


 この車内に香る甘い香りも、帰りはアルコールと炭の匂いになってるんだろうな。


 ようやく平らな道に出ると、目の前にキャンプ場が現れた。

 コテージがポツポツあるだけの、小さな平野に迎えられる。


「よし、着いたぞ〜! 酒だ! 肉だ! 酒だ!」


「酒で肉を挟むんじゃない」


 運転していたお方、ツッコミのキレがいい。

 佐山さんは1人で受付と思わしき事務所に向かって行った。花畑をかける少女のように足取りが軽い。


「宮田センパイ、あたし達は荷物降ろそ?」


 袖を掴まれて、上目遣いをされる。脳に送られる血液の量が尋常じゃないほど早くなる。


 俺はこの時思った。

 気を抜いたら魂ごと持っていかれる、と。


 暫くすると、佐山さんが業務用のカートを押しながら上機嫌に帰ってきた。

 バーベキュー用のグリルや炭、着火剤。バケツからチャッカマンまで、食材以外の必要なものは全て揃っている。


 佐山さんの話によると、このキャンプ場では、バーベキュー用品の貸出もやっているらしい。


 バーベキューなんて昔は河原でやったりしてたけど、今では何かと規制も激しい。

 時代に合わせた柔軟なビジネス、おみそれしました。


「さぁ、お前らぁ! 肉を焼けぇ〜!」


「まだ火付けたところだぞ。て、もう飲んでる……」


「楓ちゃん、お野菜持ってくるの忘れてるよ?」


 最初にツッコミを入れた高身長クールビューティーお姉さんが神田瑞希かんだみずきさん。


 野菜を忘れていることに気づいたタレ目のゆるふわ系のお姉さんが富丘舞とみおかまいさん。


「野菜なんて始めから用意してませーん! 肉よ肉!」


 そしてこの飲んだくれが佐山さん。一応、俺が恋心抱いてる人……のハズ。って野菜用意して無かったんだ。もう色々と尖りすぎだろ。

 しかもそれを「なら仕方ないな」と口を合わせて納得する2人も2人だ。


「センパイ、これ」


「ん? ああ、虫除けスプレー? かけてくれるの?」


「うん」


 シャカシャカとボトルを振って腕やら服に吹きかけてくれた。さすが花の女子高生。そういう所にも気が回るんだな。

 俺も手が回らない場所にしてあげないと。


「次は俺がやる番ね」


「ちょっと多めにしてくれると嬉しい。結構虫が寄ってくるんだよね」


 それはどういう意味だ。俺もその寄ってたかる虫の1人って意味か? このスプレーは俺を遠ざけるアイテムの1つなのか!?


 サキちゃんは「はい」と言って背中を見せた。普段ボリュームのあるパーカー姿ばかり見ているせいで、細い体のラインと誘ってくるような首筋に釘付けになる。


 いかんいかん。不埒な自分を滅せなければ。


 スプレーを吹きかけ終わると「サンキュー」と言い残して佐山さん達の元に駆け寄って行った。

 同じ要領で3人にスプレーを吹いた後、佐山さんに頭を撫でられてくすぐったそうにしている。


 サキちゃんのそういう姿を遠巻きに見ていると、何だか親の気持ちになった気分だ。

 俺もこんなとこで感傷に浸ってないで、向こうに行こう。




「うり」


「冷たっ!」


 肉焼き奉行と化した神田さんのトングさばきを見ていると、右の頬にキーンと冷たい温覚が走った。


 ぶたれた人みたいに頬を押さえながら右を見ると、佐山さんが缶ビールを両手に立っていた。


「瑞希は運転あるなら飲めないし、舞はそもそもお酒あんまし強くない。サキちゃんは未成年でしょ? つまり、私に付き合えるのは宮田くんしかいないのよ!」


「な、なるほど」


 無理やりビールを押し付けられ、強引な乾杯をする。プルタブを開けるとプシュ、と空気が漏れて中から泡が吹き出してきた。


「じゃあ、頂きます」


「おう! 飲め飲め!」


 勢いに任せてビールを体に注ぎ込むと、自然と満足気な吐息が漏れる。


 何だかんだで酒に口をつけるのは久しぶりな気がするな。


 タイミングを見計らったように肉が焼けた。


 紙皿の上に積まれた肉に舌鼓する。

 さすが奉行・神田さんが焼いた肉。焼きすぎず生すぎず、焼き加減が絶妙だ。


 このキャンプ場は標高が高い場所に建てられた為か、夜の街を一望する事が出来た。


 いつもは俺もあの光の中の1つなんだよなぁ。客も俺達だけだし、今ここは貸切状態。幸せ以外の何物でもない。


「ゴボッ、ゴボッ!」


「サキちゃん!? 大丈夫!?」


 突然の佐山さんの大きな声で我が身に返った。


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