第3話 8月4日(前編) 喫茶店の女の子

 8月4日


 俺って意外にアクティブなのかもしれない。

 興味をそそられたら周りが見えなくなるまで熱中するタイプ。


 昨日、たまたま出会った喫茶店を前にして、自分の性分に気付かされる。


 扉を引くとカランカラン、と如何にも喫茶店の音がする。オシャレというよりも、ほんとに店員が客の入店に気付きたいだけのように思えた。この時代、店に入るだけで何かと騒がしく鳴るものが多いから、逆に安心できる。


「いらっしゃい」


 うわっ、ダンディなおじさん。

 決して汚らしくない口髭と掻き上げた髪。目元はキリッと吊り上がり、2回分ほど織り込んだワイシャツの袖から逞しい腕が見える。


 それにしても、この店……やる気あるのか?


 たった5席のカウンターと4人がけのテーブルが2卓しかない。

 雰囲気は落ち着いているというより冷えきっていて、夏だというのに少し肌寒さすら感じる。外観とはだいぶ違うな……。


「突っ立ってないで、好きなところにどうぞ」


「ああ、はい。すいません」


 人もいないようなので、4人がけのテーブルを贅沢に使わせてもらおう。カウンターで厳ついおじさんと顔をつき合わすのも嫌だし。


「ご注文、お決まりになりましたら呼んで下さい」


 水が運ばれ、テーブルの端に立てかけられたメニュー表を開いた。


 メニューって言ったって、コーヒー数種類に果物系のジュース、それに……炭酸水!? それだけ頼む人がいるのかね? よく分からんな。


 軽食は……まぁそれなりに用意されてる。

 サンドイッチ、ナポリタン、オムライス……。目新しさは微塵もないけど、必要最低限は押さえました、って感じ。


「すいません、注文いいですか?」


 結局、オレンジジュースとナポリタンを注文した。おじさんはコーヒーを頼まなかったのが不服だったのか、眉間にシワを寄せる。


 確かに、俺は何をしに来たんだ。

 ここはメニューの1番上。最も目に付く場所に書かれたコーヒーを頼むべきだった。俺としたことが、痛恨の極み。


 おじさんはカウンターのすぐ裏で調理を始める。


 近くでジュウジュウと野菜を炒める音が聞こえるのは悪くない。ナポリタンを作ってくれている人がカワイイ女の子だったら、もっと良かったのにな。


 ふと目が合うと「こんな昼間に1人ですか? 可哀想に」なんて言われているような気がした。


 やかましい。喫茶店くらい1人で行ったっていいじゃないか。というか、そういう安らぎを提供する場所でしょうがここは。


 時刻も昼の12時を回ったが、客は全く訪れない。この店、どうやって儲けんだろうなと邪推を働かせたところで、ナポリタンとオレンジジュースが運ばれてきた。


 麺は太くて、ケチャップは多め。でも、ピーマンや玉ねぎがしっかり色を出している俺好みの見た目だ。

 湯気に乗って漂うトマトの酸味が食欲を刺激する。


「ごゆっくり」と伝票を伏せて去っていけば、すかさずフォークの先に巻かれた紙を取ってナポリタンに手を伸ばす。


 美味しい!

 やっぱり、料理は見た目から。予想した通りの好みな味だ。


 10分とせずに食べきってしまった。

 もっと味わって食べるべきだったかな。惜しいことをしたけど、また来ればいいさ。

 せっかく見つけた穴場だし。オレンジジュースも氷で水増しされてない親切さ。このおじさん、できるな。


 俺みたいに、口細かく難癖つけるような奴にもちゃんと評価されるタイプだ。

 テレビにはあんまり出ないけど、ネットの上じゃ神様みたいに扱われてる芸人みたい。ま、性格を褒められただけじゃお金は稼げないんですけどね〜。裏路地の冴えない景色を眺めながら、そんなことを思う。


 どこからか足音が聞こえた。そして、その正体はすぐに姿を見せた。


「行ってくるね、お父さん」


 裏方から女の子が颯爽と現れたのだ。


 トートバッグを肩に掛けた凛とした女の子。首にかからないくらいの髪の毛は緩やかな曲線を描き、糸のように優麗で。


 父に似た目元や引き締まった表情の中にある艶やかな桜色の唇は、俺を惹きつけるには十分だった。


 そして何より、デニムに無地の白Tとか、マジでポイント高い! 自分の魅力を分かってらっしゃるねぇ! ほんわか系より、シンプルでメリハリのついた服装が君みたいな女子には似合うと思うよ! うん!


「あんまり遅くならないようにな」


「うん」


 女の子は俺の存在に気付くことなく街へ繰り出していった。


 わたくし、改めて決意しました! ここの常連さんになろうと思います。確かに、好みの女性のタイプは佐山さんのようなTHE・大人の女性。

 しかし、『好き』と『可愛い』は全く別の感情なのである。佐山さんは『好き』、店長(?)の娘さんは『可愛い』この違いは決して浮気なんかじゃない。


 そもそも、佐山さんと付き合ってないけど。


 不埒な決意を固め、お金を払おうとレジへ向かった。


「あんまり、ジロジロ見るんじゃないぞ」


 ば、バレてる……。第一印象として相当怖い系だったのに、やっぱり怖い系じゃん! ワイルドでモテそうなのは何となく察しがつくけど、脅しっぽいですよそれ!


 誤魔化せッ! 誤魔化すんだ!


「いやーなんの事っすか? あっ、店長さんがカッコイイから見惚れてたことっすか? 嫌だなぁ、別にそんな気ないですってー」


 ちょっと、待てぇい!! これじゃあ、店長に気がある男みたいになってるじゃねぇか! 流石のワイルド店長もちょっと引いてるよ!


「そ、そうですか……ごひいきにどうも……」


「ああ……はい……ご馳走様でした……」


 さ、最悪だ……。店を出た時のベルも哀愁だだよってら。


「これじゃあ明日から店来れないよなぁ。ただの店長ストーカーになっちまうよ」


 突発的な嘘だったとしても、もう少しやりようがあっただろう……。


「ま、気にしないのが1番だ! それより、せっかく外に出たんだ。たまには色々巡ってみるのも悪くないかもな」

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