クロ(3)

その日から あたしの居場所が少し変わった


膝の上での毛繕いはなくなった


散歩するとき あたしは2人の後ろ

タツヤの隣はマリーが。

そこは あたしの場所なのに…


撫でてもらうのも短くなった

あたしとマリーで半分こ



1週間は大荒れしたねー

あたしが!


花瓶は割ったし

カーテンはボロボロにしたし

マリーのごはんをばら撒いた。


それが、3ヶ月ぐらい経ったら

あたしもかなり落ち着いた

別に先輩風ふかしてないわよ?

そうじゃなくて オトナの余裕?ってやつ。


…冗談よ


しばらく一緒に生活してると

マリー、意外にいい奴だと気付いたの。

喋らないのはルールがあるみたい

だから仕方ないわね

どんな時でも タツヤのそばにいる

なかなか出来ないわ。

あたしでさえ 1日僅かな時間だけど、ひとりで外出する

少しは認めてあげるわ

あんたのこと。


季節が一巡する頃には

家族になって

いまはとても仲良し




そんな今日はひとりで外出中


近所付き合いあるから大変ね

いつもの井戸端会議よ

その中で、マダムが

最近ここらで 空き巣がでたと。


物騒ね。

ウチも気をつけなきゃ


みんなにバイバイして

帰路につく

ちょっと遅くなったから

走って帰ろう



ウチのクリスマスは23日に行われる。

フライングだって?

そうね、フライングよね。


あたしが拾われた日がそうなの


あたしはこの日が1番好き

そしてとっても幸せ

だって、あたしの為にクリスマスの日にちが変わったのよ? 凄いでしょ!


晩ごはんは水煮のシーチキン 美味しい。

味わって食べてると、マリーがジッと見てた


食べ終わっても あたしを見てるものだから

そんなに欲しかったの? と思って

タツヤにマリーにもちょうだいって、ねだったの 2つ目くれたわ。

あたしはツナ缶くわえて

マリーのところへ行き 前足でずいっと。


どう? 美味しいでしょ



そろそろ来るかなー? と思っていたら

ピンポーンとチャイムが鳴った。

ケーキの配達をタツヤが受け取り

あたしは急かすように タツヤの足元に。


3人でケーキ食べて

3人で祝って

あぁ なんて あたしは幸せにゃんだろうと。


毎年この日は天気悪いのに

月が出ていてキレイ

せっかくのクリスマスだし

嬉しいから、夜更かししても 今日はいいんじゃない?と思うけど

タツヤがちょっと風邪気味なので

早めに寝ることにしたの





それがダメだったのね




タツヤが寝てから しばらくして

玄関が開いたわ

ゆっくりと。


人が入ってきたみたい

サンタクロースってことはないわよね


マリーも警戒してる。

流石ね


あたしはマリーに

様子を見つつ、動かないように目配せしたわ


男は手ばやく室内をあさったが

めぼしい物がなかったのか そのまま出て行こうとしたの


ウチに入って来たのは許せないけど

何も被害がないなら それでよいと思うの


でも、その時タツヤが起きてしまった。


タツヤも男もパニックね



男はカバンから光る物を取り出したの


マリーは気づいてないかもしれない

だけどあたしには見えた

そして それを知っている


男は大きなナイフを振り上げて

タツヤに向かってきた


マリーが庇うように

タツヤの前に出る


マリー それはダメ

護るのは当たり前だけど あんたが1番の戦力なんだから

その行動はベストじゃないわ


あたしは 振り下ろされる前に

飛び付いて 手を噛んでやった。


男はナイフを落としたわ。

あたしの勝ちね



タツヤをトイレに逃そうと マリーが引っ張る

男はカバンやナイフを 拾うの忘れたのか、

怪我を負わされて 慌てたのか

逃げようとした。



あたしは安堵した

これなら大丈夫だと。


気が緩んだのね そのとき。


男は逃げる途中 あたしをおもいきり蹴った。

あたしの体は宙を飛んで 窓のほうへ


男は消えてたわ



察して タツヤとマリーが駆けつけてくれたの。

あたしはタツヤの膝に 乗ろうとしたのだけど

動かなかった  尻尾すらね。


部屋だから

暖かいはずなのに

とても寒い。

あたしの体から どんどん何か大切なものがなくなっていく感じがする。


窓から差し込む 月明かりが眩しくて

あたしは目をあけてられない。


そんないい夜なのに

あたしに あたたかい雨が降る


タツヤもマリーも

いま どんな顔してるのか

見てあげようと 思ったけれど

もう 見ることが出来なかった。


あぁ


あたし 死ぬのね



いままで ありがとう

ほんとうに ありがとう


タツヤと一緒にいられて

マリーと一緒にいられて


あたしは とても幸せでした。

素晴らしい時間ありがとう

あたしと一緒にいてくれて。

ほんとうに ありがとう


お母様

すみません

あたし これ以上は無理みたいです

途中でリタイヤすること

お許しください


マリー

あなたに出会ったとき

あたしはつめたかったでしょ

ごめんなさいね

それから一緒にいて あなたは妹になった

姉より何倍も大きな妹ね おかしいわ

やきもち焼きで ダメな姉だった

そんなあたしを 慕ってくれて ありがとう

マリーへ

そんなあたしからのお願い

タツヤを守ってね あなたに任せるわ

ちゃんとバトン渡したからね

頼んだよ



タツヤ

ごめんね

最後に気を抜いちゃった


覚えてる?

あたしが あなたと初めて会ったときのこと

あたしは覚えてないわ


ふふ…

ごめんなさい


いろいろあったわねー

もう少しで8年って言葉にすると 長く感じるけど

実際は あっという間ね


楽しいこといっぱいくれて ありがとう

嬉しいこといっぱいくれて ありがとう

悲しいことも あったけど

あたしは幸せでした


タツヤ

あたしと出逢ってくれて

ありがとう



あたたかい雨が

さらにたくさん あたしに降ってくる


タツヤ そんなに泣かないの

悲しくなってしまうじゃない


こんなことになったけど

あたしは満足

タツヤが無事で


たったひとつ

心残りがあるなら

タツヤに一目

見てもらいたかった


だけど そうね

それはわがままね



あまりに2人が泣くもんだから


あたしは 

力いっぱい 最期に


「にぁあ」


と泣いた。

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