第9話 この演目の題名は?

 口をあんぐりと開けているヒロインに向き合う。


「アメリアさん、あなたのお父様、何か犯罪に関わっているのね。あなたがここに来てまだ三ヶ月、私を排除するための策略、貴女が指揮したにしては周到過ぎるわ」


 カール王子がにっこりと微笑む。

「ご名答」

 でも、私の役目は何かを暴く事ではない。

 被害を最小にする事だ。

「アメリアさんの父上は国家転覆を画策する組織の幹部だよ。王家に近づく足がかりを探していたのだろうね」


 カール王子の感情のこもらない解説に、アメリアさんは何か思い当たる事があったのだろう。

 かぶりを振ってそれを払拭しようとする。

「うそよ……父様がそんな……」

 国を御する目的でカール王子を懐柔するのは、仮に成功すれば素晴らしい成果をあげただろう。

 宰相の娘を排除して、自分の娘に鞍替えさせて操るつもりだった、というのもまぁわかる。

 しかし、それにしてはアメリアさんの行動が杜撰すぎる。


「貴女は何も知らされていなかったのでしょう」

 私は強い確信を持って、アメリアさんの肩を掴む。

「父様が、嘘よ……だって……じゃぁ、私は……」

 アメリアさんは彼女の父親の企みのコマにはされていたが、あらゆる事に無知だった。

 とてもではないが何かを成し遂げられる程の力はない。

 彼女の父親の企みは私を害し、亡き者にする所までだったのかもしれない。

 アメリアさんは、恋心を叶えるために少しの悪知恵と悪い薬を託されただけに過ぎないのではないだろうか。


「アメリア君にはこの展開まで少し急がせてしまったようだね。もう八月だったから」


 私にできる事は……私の役割はこれしかない。


「カール、血が流れないように済ませることは出来ないの?」


 いつまで保つかはわからないが、カール王子が私を欲している限り、私にはまだ使える力がある。

「誰の血も?」

 ……全部は無理なのだろうか。

「私の命を狙った辺りなら、私が自ら手を下すわ」

「この腕力で?」

 腕力は確かに足りないことを実感したが。

「鞭くらい持てば少しは乱暴出来るわ」

「それは見てみたかったけど、君を狙った実行犯は既にお仕置き済だから」

 酷いことになっていないといいけれど。

「残念だけど、今回は狙うところが悪過ぎて、首謀者をどうするかは僕の一存では決められないんだ」

 カール王子は軽く首を竦めて見せる。


「そうなのね――じゃあ『とある令嬢』は?」

 私がどうにかするのはこの件だ。

 私は、アメリアさんの命乞いのために、最強のカードを切る。

 王子の望むように結婚の了承をここで発表すれば、この子の命くらいは助かるかもしれない。

「それは確かに、僕の匙加減でどうとでも……」

 この人は、こんな時にこそ私に愛し気な笑いを向けるのだから手がつけられない。


「でも、恋のためにこんなことまでしてしまう子を、君は許すの?」

 腹が立っているが、誰かが死ぬのをただ見ているのは寝覚が悪い。

「お言葉ですが、私を意のままにしたいが為に、森一つ焼き払った方の言うことではありませんね」


 感染すればその年は凶作は免れない穀物の病気を、森の中で見つけたのだ、と宣って、私の服のサイズを手ずから測ったのだ。

 ――思い出すだけで顔から火が出そう。

 穀物の病気だけでなく、外国から侵入していた盗賊団も一網打尽にしたのはおまけのような話だ。

 父はそれ以来、カール王子が私の部屋に自由に出入りする事を許可した。何か裏取引があったのだろう。


「あれは、楽しかったね。テレジアがあんなに恥ずかしがるとは思わなくって……」

 思い出しても赤面できる。

「お黙りになって。それに、一つの命が失われるって、とても色々なエネルギーを消費することよ。毒杯を渡す係の役人だって楽ではないわ。せっかく給金を払うのだから、もっと違う有意義な仕事を任せるべきだわ。実際、私は貴方のおかげで無傷だし。それに、親から唆されたとしても、この令嬢がカール王子に向ける気持ちが偽りであったとは思えないの」


 スッと息を吸う。

 年貢の納め時のようだ……。


「私、テレジア・ローウェルは……」


 私の決死の覚悟の宣言を遮って、肩を掴んだままになっていたアメリアさんが私を拒絶するように突きとばす。

「うるさいのよっ! テレジアさん、あなたの心は偽りと欺瞞に満ちているわ!」

 激昂し、本物の涙で濡れた瞳は、今までのどんな表情より美しく見えた。

「あなたはカールに相応しくなんかない! 私の方がカールを愛しているのに! だいたい、テレジアさんはカール王子のことを政治の道具くらいにしか思っていないのではなくって?」

 何かがおかしい。

 私はギクリと動きを止めた。


「……」

「ほら見なさい、ぐうの音も出ないじゃない」


 ちらりとカール王子を確認する。

 目をキラキラさせて私を見ている。

「カール王子を国に縛り付けておくために偽りの愛で縛っているのだわ!」


「……」

「黙ってないでカールに正直に言いなさいよ!!

 欠片も愛してなんかいないって!」


「……」

 しまった。

 まだ劇は終わっていなかったのだ。

「黙っていたらわからないわ! あなたがカールにはっきり愛してないって言えば、カールは目が覚めるわ。宰相の娘だからまとわり付いているだけで、愛していないでしょ?」


「……!!!!」


 わたしは気がついた、これはいつものカール王子の手口だ。


「カール王子、まさか……」

 令嬢にあるまじき凶相で王子にふりむく。

「あ、ばれちゃった?」

 私は結婚の意思表示を請われているのだと勘違いしていたのだ。

 国が安定する為には必要なお膳立てかも知れないと、結婚を受け入れることをここで発表するのは致し方ない事だと思っていた。


 違うのだ!


(全然違かったぁぁぁぁ!!!!)


 羞恥で身が焦げるような心地だ。


 王子の婚姻と、そこにある感情は別物なのに。

 これって、完全なる私利私慾じゃない!?


 私ってば、を皆の前で大告白させられる為の舞台に立たされていたのだ。


「どうしてこんな事の為に……小悪党に飽き足らず、国賊を炙り出すような事までなさるの?!」

 ふるふると震える拳にはもう筋力は残っていない。

「こんな、羽虫を潰すのに雷雲を呼ぶようなことを……」


 第二王子の婚姻にまつわる国家的事業を推進する為ではなくて、極々個人的な、なかなか気持ちを聞き出せない幼なじみの婚約者から本当の気持ちを引き出す為……そんな事にどれだけの手間をかけたのか。


「だって、僕にはそれが全てなんだ」


 困ったように笑うその顔は、紛れもなく八歳の誕生日に見たのと同じ表情で。


「くっ、変態……」


 私には暴言を吐くくらいの事しかできなかった。

「ちょっと、聞いてるの?あなたが愛してないって言えば、カールは目が覚めるのよ」


 あー、あー、あー、そうだ、アメリアさんがまだ……


「ええと、そのね……」

 公開処刑は続いていたのね。

「僕もぜひそれが聞きたいね」

 ここで、ここで言うの?

 挙動不審に視線を群衆と王子とヒロインの間で行ったり来たりさせる。

「あなたはいつも黙ってばかり! ひどいわ、カールを弄んでいたのね!」

「これとそれとは、違うというか……」

 オロオロとする姿をカフェテリア中の生徒が生あたたかく見守っている。

 アメリアさんを除いて。

「これとか、それとかなんなのよっ?! あんたも、お父様も、だいっきらい!!」


 焦れに焦れたアメリアさんがついに爆発する。

「わたし……カール、あなたの妻になれるのなら、なんでも良かったの……ずっとカールのことが好きだった。この女が消えればどうとでも出来たのよ。それなのに、邪魔ばかり入って……」

 

 アメリアさんは、伏せていた顔を上げ、私を睨むと、どこに持っていたのか、取り出した小さなナイフを、私に向けて投げつけようとする。

 フォークやスプーンではない紛う事ない凶器だ。

 アメリアさんは、殺したい程に私の事が邪魔だったのだ。

 それ程の熱い情熱。

 私がカール王子の婚約者にならなければアメリアさんの恋心は叶ったかもしれないのに。

 もしかしたら、その殺意は私が受け入れてあげてもいいのではないか、そんな事がふいによぎった。


 カシャン


 カール王子は危なげなくアメリアさんの手首を掴みあげ、武器が床に落ち高い音が響いた。


「カール、そんなにテレジアさんが大事なの?」

 アメリアさんは手を捻りあげられて、悲しみに色を無くす。

「勘違いしないで欲しい、僕はテレジア「しか」大事じゃない。だから、君がいくら僕を陥落させようとしても、権力も国も手に入らない」

「私が欲しいのもカールだけなの」

 ホロホロとこぼす涙は本物にしか見えない。

「もっと手に入らないのは、僕の心だよ。テレジアがいなければ僕は死ぬ。一秒も生きていられない」

「酷いわ……」


 そう言うと、アメリアさんは掴まれた手を利用して、反動でカール王子に身を寄せると、その唇に接吻した。



「ぅわあああああああああああぁっ!!!」



 その瞬間、私の口から、極めてはしたない怒号のような悲鳴が飛び出した。

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