レベル0のポーションマスター ~どん底に落ちた没落貴族、レアスキルに目覚めたので自分の領地を手に入れる~

雉子鳥 幸太郎

第一章

第1話 運命の日

 15才の誕生日、僕の世界は終わってしまった。


 エイワス王国を支える四大貴族の一角、リンデルハイム公爵家。

 僕はこの家の末男として生まれた。


 末男とは言え、四大貴族家である。

 どうあがいても、自由に生きることなど許されるわけもない。

 窮屈ではあったが、それも貴族家に生まれた者の務めと思い、幼いなりに勉学や剣術に励んでいた。


 そう、あの日までは……。


 *


 華美な装飾が施された大広間には、たくさんの食事と酒がならび、招かれた大勢の賓客が集まっていた。


 今日、僕は成人を迎え、自らの職能クラスを天より授かる。


「さぁ、クライン。お前もこれで成人、我がリンデルハイム家の一員として一族の繁栄に身を捧げるのだ」


 威厳に満ちた、太く逞しい声。

 還暦を迎えるとは、とても思えないほど若々しく、力強い眼差し。

 さらに驚くべきは、父が未だレベルキャップに到達していないと言うことだ。

 

 四大貴族家の中でも最強と謳われる父、アルン・リンデルハイムが熱く、分厚い手を僕の肩に乗せた。


「はい、父上。必ずやご期待に応えてみせます!」

「うむ、大いに励むのだぞ」


 僕は父の手から、リンデルハイム家の紋章が入った短剣を受け取った。


 ――会場から万雷の拍手が湧き起こる。

 僕は胸に手を当て拍手に応えながら、会場の中心で待つ男の元へ向かった。


 彼は王都の教会から呼ばれた祭司だ。

 人は成人すると自らの職能クラスを天より授かり、その職能を元にスキルが派生する。

 授かった職能により、その後の人生が決まると言っても過言ではない。


 貴族であれば、魔術師、算術士などの領地運営に適した職能。また、剣聖、戦略家などの戦争に役立つ職能が求められる。


 どの分野で家に貢献するか――、それを問われるのだ。


 僕の希望は錬金術師。

 貴族の中ではあまり好まれない職能だが、高位の錬金術師ともなれば、石を黄金に変える事もできるという。


 リンデルハイム家の財政は、お世辞にも良いとは言えない。

 ならば、僕が錬金術師として成功すれば、金銭問題は一気に片付く可能性もあると考えたのだ。


「では、クライン様、御手を……」


 静かに頷き、祭司が差し出す職能の書に手を置いた。


「神が指し示す一条の光、我ら盲目の民、内なる混沌を覗く者、ここに答えを導く」


 祭司の祝詞に、職能の書が呼応するように輝く。

 僕は緊張しながら次の言葉を待った。


「おめでとうございます、クライン様。これより貴殿は、誉れ高きリンデルハイム家の一員として、『錬金術師』の道を歩む資格を得たのです……」

「は、驕ること無く、修練に励む所存です」


 れ、錬金術師……!

 何という幸運、狙い通りの職能が天より授けられるなんて!


 今日という日ほど神の存在を間近に感じたことはなかった。

 喜びを噛みしめていると、割れるような拍手が僕を包んだ。

 嬉しかった、誇らしかった、希望が胸に満ちていくのを実感した。


 ついに今日から……本当の意味で、リンデルハイム家の一員として認められるんだ――。


『スキル、ポーション作成を獲得しました』


 突然、僕の頭の中で無機質な声が響いた。


「え? 今のって?」

「も、もしや……クライン様、スキルを獲得なされたのか?」

 驚いた顔で祭司が訊ねてきた。


「え、ええ、ポーション作成とか……」


「な、なんと⁉ こ、これは素晴らしい……! なんという速さ、神に愛されておる!」

 祭司の言葉に、父や兄達も駆け寄ってきた。


「クライン、やりおったな! わははは! さぁ祝え! 皆の者、今日は帰さぬぞ!」

「良かった、クライン……頑張った甲斐があったな、よくやった!」

「偉いぞ、クライン!」

「兄さん……」


 来客に向かって、上機嫌で大声を張る父上。

 再び、広間は大きな拍手に包まれた。


 照れくさくもあり、誇らしくもあった。

 尊敬する兄達に髪の毛をもみくちゃにされながら、僕はこの幸せな時間を、兄達と手を取り合い守って行くのだと誓った。


 兄弟の仲睦まじい光景を見た客の中に、リンデルハイム家の未来を疑う者は誰も居なかっただろう。


 ――が、その時、再び僕の頭の中に声が響いた。


 

『レベルキャップに到達しました、これ以降の能力上昇はありません』



「……え? 何……いまの……」


 突然、頭の奥に氷を置かれたようだった。

 血の気が引き、背筋に汗が流れ落ちる。身体が震え、呼吸もままならない。


 目の前が、兄達の顔が、ぐにゃぁっと歪んでいく……。


「どうしたクライン……クライン?」

「おい、どうした? クライン? おい!」


 兄達の言葉を最後に、音が消えた――。


 僕の15才の誕生日だった。

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