第5話 おかしい、目の色が黒いですよ


稽古を終え、私達は魔王宮に戻ってきた。さっきの練習場はこの魔王宮の離れにあるようで、10分は歩いた。魔王が住んでいるだけあって、ここはかなりの広さなようだ。


「えすてるさん、記憶がなくなったってほんとなんですね」


今私は、トリンとお風呂帰りに廊下を歩いていた。この魔王宮は、近衛騎士の魔族達が住めるような仕様になっている。食事、お風呂などは共同で、まるで寮のような感じだ。


「えすてるさん、すっごくクールだったのに、なんか今は‥‥ばかっぽい」


「トリンちゃんには言われたくないな!?」


「なんですか、トリンがばかだって言うんですか!? こんなかわいいのに!?」


トリンは顔をしかめて怒った。馬鹿と言われてかわいいのにと返すあたり会話が成立していない。


「でも本当にえすてるさんは、トリンから見ても、冷静沈着、冷酷無慈悲って感じでしたもん。ぜおさまの命令に逆らうなんてことしたことも無かったし!」


今の私は、かなり前のエステルとは相異なっているようだ。私が記憶をなくしたということは、今はゼオライトとトリン以外は知らないらしいが、他の魔族達に知れたら面倒なことになりそうである。



「でも!! 今のえすてるさんの方がトリンは好きです。トリンのこと無視しないし!


 トリンがえすてるさんのスープに激辛の素を入れたとき平気な顔で飲んだあげく、トリンを虫けらを見るような目で見てきたけどそんな顔しないし! 次の日えすてるさんにあっかんべーしようと追いかけてたら蜂の巣を刺激しちゃってほっぺを刺されることもないし! 


トリンに力になれるようなことがあったら‥‥言ってね? お友達になってあげる!!」


(この子‥‥恐ろしい子‥‥!)



 「ありがとう、トリンちゃん。前の私がどうだったかは分からないけど、今私はトリンちゃんと仲良くなりたいと思ってるよ! これから改めてよろしく! それじゃおやすみ!」


「いい夢見てねーー」


根は悪い子ではないみたいだ。少し‥‥天真爛漫なだけで‥。しかしそれも年相応のものなのかもしれない。私もきっとあのぐらいの年のときそんなものだっただろう。‥‥いや絶対あそこまでではなかったな。絶対に。




エステルが使っていた部屋を今も使わせてもらっている。お腹いっぱいになるまでごはんを食べ、湯船に浸かってきた私は眠気を催しベットにダイブした。

あまり気づかなかったがかなりの疲れが溜まっていたようだ。


(あぁ疲れたなぁ。まだこの世界に来て2日目だけど‥‥なかなか居心地が良いとも感じてきたなあ。お友達も出来たし。魔王のお気に入りでさえなかったらなあ‥‥。私はもう元の世界に帰れないのかな‥)



私はそう考えながらゆっくり眠りに落ちた。




********************





 「‥‥‥‥白い」


 (ここは‥‥夢の中? 何にもない、白いだけの空間。それになんか夢の中とは思えないリアルさがあるなぁ)


 本当に見渡す限り真っ白な空間だった。私は何もわからずとりあえず端や壁がないかと歩き出した。




  終わりのない白い空間。夢だと思ったが自分の足で歩いている感覚がある、風も何もないが呼吸している感覚がある、私はまた今度違う異世界に飛ばされてしまったのかと疑った。焦りだしたそのとき、女の人の後ろ姿が見えた。私が歩き始めてから10分後ぐらいだった。


「あ!!! すみませーーん! そこにいるのはどなたですかーー? ここはどこですかーー?」


 どこの誰かは知らないが、何もない世界に人が一人いるだけですごく安心した。その女の人がゆっくりこちらを向く。私もだんだん近づいてきて、その女の人の姿があらわになってきた。



 ‥‥どこか見覚えがある。



その女の人は‥‥角としっぽを生やした金髪に赤目の美少女、そう、さっきまで私がしていたはずの姿だった。


「なんで私が!?!? いや、私ではないんだけど‥‥。エステル!?」


「誰じゃそなたは。なぜわしの姿をしておる!! いや、わしではないが!!」



「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」



10秒ぐらい驚きすぎてフリーズした。それは向こうも同じのようだった。しかしその10秒で冷静になり、状況を呑み込むことが出来た。


 今まで気づかなかったが、今の私の姿は、角川さくら、正真正銘、間違いなく本来の私だ。そして目の前の彼女は、さっきまで私がなっていたはずのエステル、本物のエステルだ。

 なぜだか分からないが、私は今この場所では元の体に戻ることができているのだ。そしておそらくだが‥‥


 「おぬしとわしは体が入れ替わっていたということか?」


 「た、たぶん‥‥」


 そうだ、やはり私は死んでなんかいなかった。エステルという魔族と体が入れ替わっていたのだ。私は安堵で涙を浮かべかけた、その時、


 「おぬし!! あの第二次人間殲滅作戦はどうなったのじゃ! ゼオ様はご無事か!? 人間の王は殺したのか!? まさかおぬし、わしの姿で醜態をさらしたなんてことはあるまいな!?」



 「‥‥‥‥あー、ウン! 醜態をさらすなんてまっさかー! ゼオに、使えなくて蹴飛ばれただけですよー! あとはー、弱すぎて体を踏まれてただけですよー!」


 あ、だめだ。醜態しかさらしてない。


 私はおそるおそるエステルの顔色をうかがった。


 エステルの目に光がともっていなかった。


 なんか‥‥目の中が絶望に染め上げられているかのように‥‥黒かった。

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