第3話 天使に会いました

「ふむ。なかなかよいではないか」


悪魔は倒れ込んでいる私の体を右足で踏みつけながら言った。今ちょうど、記憶のなくなった私のための腕前確認という名のいじめをこの男から受けていたところだ。


「まさか魔族剣術でさえも忘れているとは思わなかったが‥‥。その変な正面構えでよく戦えるな? 以前ほどの腕はないが、ブランクがあってもこれなら取り戻せるだろう。」


 この男が言っている正面構えというのは剣道のことだ。高校の体育で習った。もちろん腕前など初心者そのものか、初心者に毛が生えた程度なのだが、不思議なことにありえないほどの剣の腕前になっている。


 (エステルの体だからもともとの才能と筋力、運動神経のおかげね‥! 本当に天才だったみたい。けど私も剣道の授業をまじめにやってて良かった! あの剣道部の子の面本当に痛かったし、夏だったから暑かったし、しかも学校の防具も臭くて、剣道なんかって思ってたけど‥‥ここで役に立つとは! この世に無駄なことなんかないわね!)


 「しかし俺だと今のお前の相手としては少し強すぎるな。俺も暇ではないし。そうだちょうど良い相手がいたな。おい! トリン! 3秒以内にここへ来い!」


 「いやそんな無茶な! この練習場まで10分は歩いてきたじゃないで」

 「ぜおさま~~~~~!」

 「!?」


 「お呼びですかぜおさま! このトリン、3秒以内にちゃんと参りましたですよ! ほめてくださいよー」


 「あーはいはい。よくやったよくやった、トリン」


 「でへへへへへへへっへへ。ぜおさまが! よくやっただって! へへ」



 そう言って突然現れたのは、銀髪を両サイド下で緩く結んだ、赤目の小さな少女だった。膝ぐらいまでの白いワンピースを着ている。12、13歳ぐらいの年頃だろうか、しかし角としっぽはしっかりと生えていた。



 「か、かわわわ! なにこの可愛い生き物! 天使!! めちゃかわ~! トリンちゃんっていうの? 名前まで可愛いね~」


 「ふん! えすてるさんもいらっしゃたんですか。 気づきませんでしたよ! ところでどうしてぜおさまに踏まれていらっしゃるのですか?」


 「あ! そうよゼオ! そろそろその足どかしなさいよね! さすがにこの丈夫な体でも痛いわよ!」


 「あぁ悪いな、すっかり忘れていた」


 そう言ってゼオライトは足をどけた。絶対に忘れてなどいなかったが、私のキッとしたにらみ顔を見て満足そうに笑った。


 「トリンよ、こいつは先の戦いで記憶をなくした。だがやはりこいつの剣の才能は本物だ。次の戦いに向けて本調子に戻ってもらわないと困る。少々妙な技を使うが、お前と良い勝負をするだろう。少し稽古を付けてやってくれ」


 「え!? こんな小さい子と稽古するの!? 確かに今の私は弱いけど、こんなか弱そうな子なんかとやったら‥‥」


 「は!! トリンか弱くなんかないもんね!! めっちゃくちゃ強いんだから! 魔族の中で二番目の剣の才能よ! え、えすてるさんの次に‥‥強いんだから! けど毎日沢山練習してるから今はもうトリンの方が強いし!」


 トリンは頬をふくらませながら地団駄を踏んで怒った。しかし腕もぷにぷにとした年相応のものであり、傷一つなく、とても戦いなどしたことがないような子どもに見える。


 「そうだぞエステル。トリンはこんな見た目だがお前の次に強い。そうだ、今から決闘でもしてみるか。俺が審判をしてやる。お前ら戦え」 


 「できるわけないでしょ!?」

 「わかりましたぜおさま!! じゃあじゃあ、もしトリンが勝ったら、トリンがぜおさまの一番になる!? トリンが最強!?」


 「最強は俺だがな。まあそういうことになるな」


 「やったー! じゃあトリン頑張ってえすてるさんやっつける! 記憶のなくなったえすてるさんなんか敵じゃないし!」


 トリンは剣を抜いてもうやる気満々だ。トリンは以前からエステルをライバル視していたようで、火が付いたみたいだ。


 「え? え? もうーー! 知らない! 戦えば良いんでしょ戦えばー!」


 もうやけくそだ。どうせ勝手に前のエステルが体を動かしてくれるだろう。


 「よし決まりだな。それでは――――始め!!」

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