第1話 クビにしてください

気がついたら私はベットの上にいた。あんな凄まじいことがあって、私は気を失ったようだった。誰が運んできたかは知らないが、すぐ自分の身に危険が及ぶことはないだろう。今私に分かることは、これは夢なんかじゃなく寝ても覚めてもこの状況からは抜け出せないことだった。



(えーっと、ここが日本でないことは確かね‥。さっき悪魔みたいなのがうじゃうじゃいたし、ここは異世界? 最近よく聞く異世界転生とか言うやつかも! えちょっと待って。ということは私は死んだの‥?) 



 漫画やアニメの中だけの世界に自分がいるんだと実感し、好奇心で弾んだ心も、自分が死んだというなら話は別だ。この世の終わりかいうほど絶望に沈んだ。今いるこの世がどの世かも分からないが。

 平凡な生活だったが大好きな家族がいた。高校には会いたい友達もいた。まだ17歳なのだ。人生に未練たらたらである。



 (死んだなんて冗談じゃないわ。私は何をしてたんだっけ‥。あ! そう、高校で化学の授業を受けてて! それで‥化学の授業はつまらなくて、私はいつも通り授業中に居眠りをしたんだ! 

‥‥そこから記憶がない。まさか! 授業中に居眠りをした結果異世界に来たというの!? どこのドアホよそいつは! ‥‥‥この私よ!!!)



 自分のアホさに呆れはしたが、希望は持てた。私は多分死んではいない。授業中にスナイパーに頭を打ち抜かれて死んで転生したのならもう抵抗しようがないが、一般的に考えてそれはないだろう。私の体が向こうでどうなっているのか気になるところだ。



 私はベットの目の前にあった鏡の前まで歩いていった。鏡を見て多少だが驚いた。今の私の容姿は日本での姿とは異なっているようだ。容姿が異なるのは異世界転移の鉄板だから別に驚きはしなかったが、びっくりしたのは私にも角としっぽが生えていたことだった。


 (私はそっち側か~。まさか悪魔になっちゃうなんんてね)


 気を失うまでは目の前のことでいっぱいいっぱいだったが、自分もあの恐ろしい悪魔と同じ格好をしていたなんて驚いた。


 (おまけにこれは‥‥うわ、自分どこからどう見ても美人じゃん‥。我ながら可愛すぎる)


 腰まで伸びたまばゆいほどの金色の髪。モデルみたいなつるつるの色白の肌。長いまつげに、そして、吸い込まれそうなほどの赤い瞳。


 「うわぁぁかーわいー!どこ見ても可愛いわ。こんなポーズしちゃったらまじモデルさんみたいだわ。こんなポーズも。こんなポーズだって」



 ガチャ



 私は固まった。なぜか? それは誰がどう見ても自分に酔っているとしか思えない、自分のモデルショーを繰り広げていたところにドアが開く音がしたからだ。自分の本当の姿ではないとはいえ、これはこの世の終わりだと思った。いや私のこの世、安いな。



 私はおそるおそる扉の方を振り向いた。



 そこにはさきほど見事な殺人劇を繰り広げていた美形の悪魔が立っていた。しかしおかしい。彼はさっき人間を殺す際でさえも冷酷無慈悲、無表情な顔をしていたのに。


 彼は唐揚げにされそうなニワトリを哀れ見るような目をしていた。私は背筋が凍った。



 「あ~! さっきぶりですねイケメンお兄さん! ほんっとうに綺麗なお顔でして‥‥。ほらもう私なんかとは比べものにならないぐらい‥。よ! イケメン!」



 あ。だめなやつだこれは。幼稚園児に潰される寸前のアリを見るような目をしている。



 「エステル。やはり医者に診せた方がいいな。お前は丈夫な奴だから医者になんか診せたことないが‥‥。これは精神科医か?」



 「へー! この世界にも精神科医なんかあるんですね! ‥‥じゃなくて!!」



 (うーん、これって正直に異世界転移のこと話した方がいいのかな、でもそんなこと信じてくれるかどうか‥‥。もしかしたらあの人間たちみたいに丸焦げに!?)



 「あ、あのぅ、ここまで運んできてくださってありがとうございました。それで私‥‥さっきの戦いで頭ぶつけたみたいで、所々記憶がなくなっちゃったかなーっなんて! いやーこんなことってあるんですね!」



 「‥‥それは本当か? いやしかしお前は冗談などぬかさぬな。 自分自身が誰かも‥‥俺が誰かも分からないのか?」



 「あー、ちょっと‥‥わかんないです」



 「―――っっ! なんてことだ」



 悪魔は落胆したような様子を見せた。あんな戦いの姿を見た後だからか意外な人間味に驚いた。



 「あー、またいつか思い出すかもですし! きっと大丈夫ですよ! 見ての通り元気ですし!」



 悪魔は少し黙った後、微笑した。



 「忘れたならまた一から教えれば良いだけだしな」



 悪魔は私のあごを手で自分の方に引いて言った。



 「俺は魔族国第3代王、ゼオライト・ラ・シュミットだ。お前は魔族国始まって以来、希代の剣の天才、エステル・グレーサー。魔王である俺の騎士だ」



 「‥‥‥‥」



 (あっっっあごクイィィィ! な、なんだこの男! 異世界にしてもこの奥義が流行ってんのか!? 恐るべしだなさすが魔王。‥‥え?)



 「魔王!? 私が剣の天才!? 魔王の騎士!? 私ハイスペックすぎじゃ‥‥」



 「まったく。お前があんな剣の腕前じゃなきゃ切り捨ててるぞ。こんなことも忘れてしまったとは。お前は正真正銘俺の右腕だ」



 (これは予定外の展開だ。予定外すぎる。良い感じに適当に付き合って、元の世界に戻る手がかりでも探そうかと思ったらそんなこと気軽にできそうなことじゃなかった! てかエステル・グレーサーって誰だよ!! 私は正真正銘日本人、角川さくらだよ!!)



 自分でも分かるくらい汗でびっしょりだ。転移してきたことを告げるなどこの場で言える雰囲気などではなくなった。



 (これは‥もう‥‥)



 私はうつむきながら言った。



 「――――さい」



 「うん?」



 「クビにしてください!!!!」

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