第11話

その時、何かが、俺の体を支えた。

「…えっ」

そこには、体を震わせながらも、とても強い目で俺のことをみる姫川朱音の姿あった。

「約束、したじゃないですか」

「えっ?」

「必ず助けるって言ってくれたじゃないですか。そのためにここまで私を探しに来てくれたじゃないですか」

「姫川さん…」

「私は、あなたがどんな秘密を隠してたって、別にどうだっていいです。だって、あなたは、私にとっての、ヒーローなんです。私、ずっとこのままこの地獄が続くと思ってたんです。そんな時、あなたが私を見つけてくれた。たった一人で来てくれた。あなたは、私の、ヒーローです」

「お、俺は…」

その言葉は不思議な力を持っているような気がした。

好きになった人の言葉は、何でも嬉しいなんていうが、あれはあながち間違いではないのかもしれない。

彼女の言葉は、俺に力を与えた。

「まぁ、いきなりピンチになっちゃってますけど」

彼女の笑顔は、俺に元気を与えた。

「そ、それを言わないでくださいよ!」

「でも、ヒーローはピンチになってからですよね?」

「もちろんですよ、任せといてください!」

俺は体勢を立て直し、もう一度犯人たちに向き合った。

「ふっ、佐倉君よ、立ち直ったはいいが、状況は全く変わってないぞ?」

「確かにそうっすね、でも、俺の気持ちはかなり変わりましたよ」

「そんなものでこの場を何とかできると思っているのか?漫画とは違うんだぞ」

確かにそうだ。ピンチになった時に不思議な力が出てその場を何とかしてしまうとか、体が気持ちに連動して強くなるみたいな主人公は漫画の中だけで十分だ。

「ハハハ、ですよねー」

押されてはダメだ。間違いなくこの藤原という男は俺よりも頭がいい。口喧嘩なんてしたら、絶対に勝てないタイプのやつだ。

だが、だからこそ、言葉を受け止めず、受け流すことが、こいつに勝つ、唯一の方法なのだ。

「それじゃあ、質問を続けさしてもらいますよ」

藤原はふっ、と笑った。

「開き直ったか、いいだろう、何が聞きたい?」

「何で俺が来るのが、わかった?」

これも俺にとっては謎だった。俺は確かに彼らが出るのを見たし、しかも今は深夜だ。毎日一度戻ってくるなんて考えにくい。だから、あるはずなのだ。俺がここにくることを確信した、決定的な理由が、そしてそれは俺にも一つだけ心当たりがあった。

「そんなことか、それなら君にも心当たりがあるんじゃないか?」

「いやー、さっぱりっすねー」

軽い挑発のつもりだったが、相手は冷静なままだった。

「ふん、仕方がない。それは、これさ!」

思った通りだった。

その手には、俺が仕掛けておいた盗聴器が握り締められていた。

「なるほど、盗聴器ですか」

「これは君が仕掛けたものだろう?」

「それだけで俺って決めつけるのはどうかと思いますけどねー、他にも可能性はある奴はいるでしょ?」

そうだ、ただ盗聴器を見つけただけなら、それを俺だと特定するにはあまりにも早すぎる。何か、他に理由があるはずだ。

「確かに盗聴器だけならそうだな、だが、君はもっと単純なことに気づけていないのだよ」

「もっと単純?」

「なら逆に聞こう、ここはどこだ?」

「どこって…、そりゃ倉庫…」

その質問で、俺は自分のミスに気づいた。

「あっ……」

「やっと気づいたか」

藤原がニヤリと笑みを浮かべた。

「ここが怪しいと思えるのは君だけなんだよ、佐倉君」

「そっか、そうだよな…」

植田さんに話した、彼女が好きな場所が河原という情報は真っ赤な嘘で、調査のために俺が考えたものだ。

最初からここを犯行現場だと知らなければ、わざわざ調べたりなんてしないはずなのだ。

彼らは俺が普通の高校生では何ことを最初にあった時から気づいていた。それなら、こんなところに盗聴器を仕掛ける人物として、俺が第一候補に上がってくるのは当然だ。

「ここが怪しいと思えるのは俺だけってわけか…」

「まぁ、そういうことだな」

「なら、どうして盗聴器に気づいた?」

俺が仕掛けた盗聴器はかなり小型のものだ。しかも色は白で、目立つといったものでもない。

「毎日、ご丁寧に倉庫の周りをグルグルしているわけでもないんだろ?簡単には見つからないと思うが?」

「さぁ?たまたま目に入ったのさ」

「まぁ、犯罪者ならそれぐらいするのか…」

「聞きたいことは以上か?」

「ああ、残りは警察の取調室でたっぷり聞かせてもらおうか」

「ふふふ、はっはっはっはっは!」

突然、笑い声が倉庫の中に響き渡った。

声の主は、細野だった。

「君は本当にバカだねぇ!事件についてここまで話したんだ。さすがにおかしいと思ったらどうだ?」

「そう言えば、あんたもいたんだったな」

藤原ばかりに気を取られていたせいで、こいつらが三人組だってことを忘れかけていた。

「忘れんじゃねぇ!」

「悪い、悪い、それで、何だよ?」

「この、小僧…」

「おかしいとは思ってるぜ?わざわざ犯人たちが自分たちのやったことを全部語ったんだ。もし俺がテープなんか回していたら、お前ら、人生終わりだもんな、もう終わってるけど」

「そうだ、だからお前にはここで死んでもらう」

ここに来て、さらに恐ろしい言葉が飛び出した。

「いいのか?さらに罪が増えるぜ?女子高生を誘拐したうえに殺人ともなりゃ、もう刑務所から出られねぇぞ?」

事件の結末から言えば、こいつらは彼女を殺すことになるのだが、そんなことは絶対にさせない。

「さっきから言ってんだろ?バレなきゃいいんだよ!」

「へっ!人殺したことねぁだろ?できんのか?」

「あんまり俺たちを舐めんじゃねえぞ?」

細野は完全にキレていた。今にも襲いかかってくるような勢いだ。

ギュッ!

少し強い力で、俺の服が引っ張られた。

「ひ、姫川さん?」

「怖い…です…、本当に大丈夫なんですか?」

「いやー、補償は出来ませんね…」

「そ、そんなぁ…」

「でも、何とかしますよ」

「無茶しないでくださいね?」

「はい!」

嘘だ。大体、ここにのりこんで来た時点で、俺の人生で最大級に無茶をしてきたのだ。そこからの事なんて、無茶でしかない。

「舐めてねぇよ。バカにしてるんだよ」

「何だとぉ!」

「うるせぇな、さっさとかかってこいよ!」

「上等だ、覚悟しやがれこのクソガキが!」

細野がこっちに走ってくる。

俺は細野に向かってカバンから瓶を投げつけた。

パシャッ!

細野に瓶が当たり、なかの液体が、細野の体を濡らしていく。

「うおっ!何だこりゃ?」

「心配すんな!死にはしねぇよ、多分な」

実を言うと、俺もこの液体が何かはわからない。ただ、部屋にあった、謎の液体をそのまま持ってきただけなのだ。

「多分って何だよ!」

だから、もしかしたら、とっても危険なものかもしれない。まぁ、知ったこっちゃないけど。

「熱い!体が熱い!」

どうやら、ちょっとやばいやつだったっぽい。

「熱いー!」

「おい、細野!」

藤原が、急いでこっちに駆けつけてくる。

「俺はいい、早くあいつらを」

まるで、正義のヒーローのようなセリフを言いやがる。ただの犯罪者のくせに…

「わかった」

藤原の視線がこっちに向く。

「佐倉ぁ!」

恐ろしい顔でこっちに突っ込んでくる藤原。

「これでもくらえや!」

藤原顔をめがけて、思いっきり催涙ガスを噴射した。

「ぐわあぁぁぁ!」

その場で目を押さえ、転がりまわる藤原。

催涙ガスを使ったのは初めてだったが、予想よりもうまくいった。

「よっしゃあ!」

思わずガッツポーズをとった。あれだけ舐めるなだの何だの言ってた奴らはわりとあっけなく俺に負けた。


「よし、逃げますよ!姫川さん!」

「は、はい!」

こうなればもうここに用はない。俺が彼女の手をとり、倉庫から出るために階段へ向かおうとした時、

「おい、待て」

大きいわけではないが、なぜかとても響く声を聞いて、俺は足を止めた。

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