二十七

「子柳どの、今夜も無心かい」


 俯いたまま耳を染める子柳を、翔鷹はさも愉快といわんばかりに見下ろしています。


「友人の頼みだ、もちろん否やはないさ。でも、きっといつか返してくれるんだろうね?」


 子柳は何も言えません。


「やれやれ、それじゃこれ以上用立ててあげることは難しくなるよ。耳を揃えてきっちり返してくれないと。僕の財産も無尽蔵じゃないんだ」


 わかっていたことではありますが、子柳は悲しくもあり、情けなくもあり、思わず床に膝をついてしまいました。


「君にここまで頼りにされて、僕も嬉しいよ。きっとあの子も、今ごろ君に会いたくて首を伸ばしているはずさ。刎頸とまではいかないが、僕らは親友だ。何とか助けてあげたいんだけれど」


 翔鷹はそこで言葉を切ると、少し考え込む仕草をしました。


「そうだ。ならこうしたらいいじゃないか。君の持っている、あの扇子だよ。あれを僕に預けないか? 君のことを疑うわけじゃない。きっと返してくれると信じてるよ。でも、君も借りっぱなしでは申し訳ないと思うだろう? だからだよ。あの宝物を僕に預ければ、君も罪悪感に苛まれずにすむ。もちろん手は触れないし、息も吹きかけない。大事に箱の中にしまっておくよ。ただ置き場が壁を一枚隔てた僕の部屋になるだけさ。何の問題もないじゃないか」


 子柳はがくりとうなだれてしまいました。額からは汗が流れ、膝はガクガクと震えます。黙り込む子柳を翔鷹はただ見下ろすだけで、一切急かすことはありません。


 やがて子柳は絞り出すような声で、翔鷹の申し出を受けたのでした。


 これぞまさに、


 笑顔の裏には大刀を隠し

 友を騙って陥穽に落とす


 といったところでございます。


 さて、かねてよりの望みを果たした翔鷹はすぐさま軍資金を用立ててくれました。子柳は毎晩のように花街へ出かけ、だんだん科挙のことを忘れるようになりました。江南の景色も、母親のことも、これまで積んできた学問も、全て柔肌に溶けてしまったのです。


 酔仙楼三階の集いのことなど、綺麗さっぱり忘れてしまいました。宿の主人のことも邪険に扱うようになりました。寝ても覚めても、あの子の体が頭から離れません。無心することさえ当然のように思え、翔鷹に対する遠慮も影を潜めるようになったのです。

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