さて憧れの三階に請じ入れられた子柳ですが、どこに座ればいいのかまるでわかりません。どうも一階とは様子が異なっておるようで、それぞれの座卓には間仕切りが設えられてありました。珍しそうにキョロキョロする子柳でしたが、案内の店員に促されて、ようやく席を決めることができました。


 早速菜譜を開き、ざっと見渡してみたところ、一階の料理や酒とはまるで金額が違います。たちまち顔が青ざめてしまいましたが、なにくそと己を奮い立たせて店員を呼びました。そして酒を三斤と簡単なつまみを注文します。子柳はひとまずそれを口にしながら、周りの常連たちを観察することにしました。


 やや場違いな感が否めないものの、子柳は三斤の酒をあっという間に飲み干してしまいました。緊張が手伝ったせいもあったのでしょう、普段の彼とはまるで違う飲みっぷりです。いい気持ちに酔った子柳は、日頃から愛唱していた詩をそっと吟じました。なにせここは李太白ゆかりの酔仙楼、詩を吟じない方が無粋なのです。


 私に尋ねる者がいる どうしてこんな山奥が過ごしやすいのかと

 ただ静かに微笑むばかり 心は自ずとのびやかなのだから

 桃の花びらを浮かべた川の流れ 遙か彼方まで流れ去る

 そうなのだ ここにこそ俗世間を隔てた別世界があるのさ


 この詩こそ、詩仙と謳われた大詩人、李太白の代表作の一つ、絶唱との呼び声高い「山中問答」なのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る